4・お約束しちゃった!
「そんなに緊張しないでちょうだいな」
オルタンヌ様がふわりと笑う。
でも無理!
だってソニエール公爵邸に招かれて、豪華な応接間で彼女とさし向かいでお茶をするだなんて!
オルタンヌ様は美しいし可愛いしなんか良い匂いがするしで、女の私だってみとれてしまう。でも実は男で、胸はぺったりのつるつる……。
思い出しただけでも顔が赤くなってしまう。コホンと咳払いをして、破廉恥な記憶を消し去る。
上裸の彼女に『私はれっきとした男です』と言われたあとすぐに、保健医が戻ってきた。おかげでなぜ彼女が男なのか、理由は聞きそびれてしまった。
しかもルルカもやってきて、泣きながら詫び始めた。どうやら彼女はコンラートに池から無理やり連れ去られたらしいのだけど、それで彼に愛想が尽きたみたい。一方で、オルタンヌ様が彼女を助けてくれたことにいたく感激していた。
それはそうよね。普段あれだけルルカに厳しく当たっていたのに、身を挺して助けたのだもの。それで心が動かされなかったら、人の心がないのだと思う。
で。
慌ただしい中で秘密は守るという約束だけして別れたのだけど、城に戻ってしばらくしたらソニエール公爵家から迎えがやってきた。なんと、オルタンヌ様をお助けしたお礼として、晩餐に招待されたのよ。仰天したわ。
私なんて子爵令嬢になりそこねた一般庶民に過ぎないのよ。公爵家の晩餐だなんて恐れ多すぎる! かといってお断りをするのも失礼だから、こうしてソニエール邸にやってきた。
「あの。秘密は守りますから、ご心配なさらないでください」
そう伝えると、彼女――いや、彼?はにっこりとした。どこからどう見ても、麗しき令嬢だわ。
「心配などしていないわ。ステラを信用してるもの」
「っ!」
なんて嬉しいお言葉! ありがたすぎて、オルタンヌ様を拝んでしまいそう。
「招いたのは、ステラとゆっくりお話をしたかったからよ。前からずっと、そう願っていたの。今回ちょうどよい機会ができて、嬉しいわ」
「えええ、そんな、恐れ多い!」
「ふふっ」
オルタンヌ様が立ち上がる。と思ったら、長椅子にすわる私のとなりに腰かけた。ぴったりと隙間なく。
すかさず部屋の隅に控えていた執事が、
「お戯れはなりません」と注意する。
うんうん、そうよ。公爵令嬢様の距離感ではないもの。
「男装騎士としても素敵だけれど」とオルタンヌ様は執事を無視して、私の手を取った。「お優しくて、勇気があって、素晴らしい方だと常々思っていたの」
「わ、私などそんなたいした人間ではございません」
「謙遜はダメよ。でも、そのような方だから、深く知り合いたいと思ったのも事実」
オルタンヌ様が手を離してくれる。
安堵したところで気づく。彼女の手は細いけれど、女性らしくはなかった。
「お菓子はなにが好きかしら。教えていただきたいわ」
彼女は自ら取るつもりなのか、お皿を手にする。
「ご令嬢にそんなことをさせるわけには」
「それなら問題ないでしょう。私は令嬢ではないもの」
オルタンヌ様、にっこり。
ええと……。
ちらりと執事を見る。彼の表情は変わっていない(見事なまでの無表情!)。
どうしてとか、なぜとかの質問を投げかけてもいいのかしら。
「そういえば、きちんと自己紹介をしたことがなかったわね。私はソニエール公爵家長女オルタンヌ」と彼女はまたしてもにっこりとする。「――のフリをした、長男のエヴラルよ。よろしくね」
え?
「オルタンヌ様ではないのですか?」
「本人は本物の女性よ。子の産めない男を王太子の妻にするはずがないでしょう」
となると……どういうこと?
なんで弟が姉のフリをしているの?
確か、ソニエール家の長男は来年入学予定の十五歳だったはず。
「このとおり」と微笑むオルタンヌ様――ではなくエヴラル様。「私は普通の女の子より可愛いの」
「それはもう」私、力強くうなずく。
「女の子のお洋服は大好きだし、可愛い自分も大好き。だからこのような格好をしているのよ」
「なるほど」
つまり男の娘というわけね。この世界にもいたんだ。公爵家の嫡男が、というのはびっくりだけど。ものすごくよく似合っている。というか正真正銘、令嬢にしか見えない。
「おまけに私と姉はよく似ているの」とエヴラル様。「だから、この外見を利用してコンラート殿下の浮気をやめさせようと考えたのよ。姉が立派な王妃になるために努力を積み重ねているすきに浮気だなんて、ひどすぎるもの」
私、またしても強くうなずく。
「幸い陛下も、周囲の苦言に耳を貸さない殿下に頭を痛めているから、私の提案にのってくださったのよ」
「陛下公認なのですか……!」
そういえば保健室でそんなことを言っていたような気がする。
「ええ。まさか殿下が、オルタンヌが現れても浮気をやめないとは思わなかったわ。姉は本気で彼に恋しているから、どうしても許せなくて。ついつい言葉が過ぎてしまうの。いつもステラが止めに入ってくれて、助かっているわ」
「ではずっとお姉君様のために……! なんてお優しい!」
「私が女子の制服で通いたかった、という欲もあるの」
オルタンヌ様は悲し気な表情になる。
「ソニエールの男はみな、体躯ががっしりしているのよ。いずれ私もそうなるわ。もう声に、その傾向がでているでしょう?」
確かに。
「私は、素敵なハスキーボイスだと思います!」
「ふふ。ありがとう」
オルタンヌ様――ではなかったエヴラル様が、適当にお皿に菓子をとりわける。優雅な手つきで、どこからどう見ても、麗しき令嬢だ。すごい。
思い返してみれば、背負ったときに身体が骨ばっていたような気はする。でもあの胸を見た今だって、彼女が男だとは信じられない。
ん?
というか、それだったらマンガのオルタンヌ様もエヴラル様だったのかしら。結末はどうなったの?
「さあどうぞ」差し出されたお皿には、美味しそうな菓子がズラリ。「ステラはどれが好きかしら?」
「どれも好きですけど、あえて言うのならフィナンシェです」
「そう。覚えたわ」
なぜ、エヴラル様が覚える必要が?
「これからはお休みの日に、遊びに来てね」
「なぜですか」
「あら、おイヤ?」
「違います、私なんてただの庶民だからです」
エヴラル様が淋しそうなお顔になる。
「学校のお友達はステラしかいないのに、そんなことで諦めなければならないの?」
「ま、毎休み、来ます!」
つい条件反射で答えてしまった。
すぐに嬉しそうに微笑むエヴラル様。
「そう。お約束よ。あと、私がオルタンヌではないということも、秘密にしてね。こちらもお約束」
「では、エヴラル様も私とお約束をしていただけますか」
「なにかしら」
「あまりコンラート殿下とルルカ様に関わらないでいただきたいのです。姉君様のためとはいえ。うまく説明できませんが、エヴラル様のよりよい未来を考えてのことでございます」
彼女だろうが彼だろが男の娘だろうが、健気なこのひとを守りたい。
庶民風情が、過ぎた願いかしら。
けれど、エヴラル様はしっかりと、
「わかりました。お約束しましょう」
と答えてくれたのだった。
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