3・悪役令嬢は男の娘
オルタンヌ様が悪役令嬢として断罪されないよう、手助けするのはそれほど難しくなかった。彼女がルルカに意地悪をするのは、コンラートと一緒にいるときだけだったから。
そしてオルタンヌ様とコンラート、私は三年生で、ルルカは一年生。非常識なふたりではあるけど、授業をさぼって会うことはない。
だから、逢瀬の時間は限られているし、私は常にコンラートのそばにいる。当然オルタンヌ様がルルカに悪役令嬢のふるまいをしようとするとき、その場に居合わせる。
ルルカを毛嫌いしているオルタンヌ様ではあったけれど、決して言葉でいびること以外の意地悪はしない。嫉妬で醜い行動をとってしまっているけれど、根は聡明なひとなのよね。
彼女の言葉が過激になりすぎないように、ルルカが怯えすぎないように、私がそれとなく立ち回ると、オルタンヌ様は察して言葉を控えてくれた。
それでもコンラートはオルタンヌ様への嫌悪を募らせ、そのせいで幻影でも見えるのか、彼女をひどい悪女だと思い込み、また周囲に言いふらしていた。
最低だわ。
それにこのままでは、悪役令嬢の道をまっしぐら。
オルタンヌ様ははやく目を覚まして、もっと彼女にふさわしい青年をみつけるべきだと思う。一度だけこっそりとそうお伝えしたけれど、彼女は困ったような顔をして黙り込んでしまったのよね。そう簡単に恋心を捨てることはできないみたい。
私は一瞬だったけどなあ。
ただ、オルタンヌ様は私には心を許してくれているようなのよね。私に向ける顔だけは優しい表情だし、何度か『気遣ってくれありがとう』とこっそり声をかけてもらったこともある。
こんな素敵な令嬢なのに、そのことに気づかず彼女を般若のようにしてしまうコンラートは、男としても王子としても、未来の王としてもダメすぎる。
◇◇
放課後。用もないのに居残って、コンラートとルルカは校内の庭園を散策している。いつもどおりに密着して、ふたりきりの世界に浸っている。そんなふたりからやや離れて、ついていく私。
庭園は学校の敷地内とは思えない立派なもので、低木が幾何学的に配置された庭や、噴水がメインに配置された庭、季節の花々の庭など、様々なものがある。そんななかでふたりのお気に入りは池だった。なぜなら、校舎から一番離れているから!
人工的に作られた池は瓢箪のような形で魚が住み、蓮の花が咲いている。そこに石造りの小さな橋がいくつかかかっている。ひとが二人並んだらいっぱいになるほどの狭さで、欄干もない。だというのに阿呆どもは密着したまま並んで渡る。
いつか落ちる、いや落ちてほしい。
そしてその衝撃で、昔のコンラートに戻ってくれないかしら。
そんなことを考えていると、前からオルタンヌ様がやってきた。ひどく怒っている。これはまずい気がする。
コンラートもさっさと渡り切ってしまえばいいのに、足を止めて彼女が橋にさしかかるのを待っている。なにを考えているのだか――
「そこをどけ、オルタンヌ」コンラートが居丈高に命じる。
それを言いたいがために待ち構えていたのかもしれない。ずいぶんと性格が悪くなってしまったわ……。
「イヤですわ。大切なお話がありますの」
「王太子の命令をきけないのか」
ふたりの口論が始まった。止めたいけれど、狭い橋の上。割り込むことはできないから、コンラートの背後から仲裁するしかないのだけれど、ふたりとも聞いてくれない。
いったん戻って、向こう側から橋を渡りオルタンヌ様を落ち着かせよう。
そう考えて踵を返しかけたとき、ルルカが、
「そんなに怒らなくても……」と言って、なぜかコンラートから離れて後ずさった。その身体が傾く。
足を踏み外したんだ!
「危ない!」
慌てて手を伸ばしたけれど、オルタンヌ様のほうが、早かった。
彼女がルルカの腕を引っ張る。その勢いのままコンラートに投げ渡し、反動でバランスを崩したオルタンヌ様は派手な水音をたてて池に落ちた。
「オルタンヌ様!!」
池は足がつく深さのはず。けれど彼女はバシャバシャと手で水を打っているし、顔が水面から出ていない。
私もすぐさま池に飛び込む。胸あたりまで水につかった。ならば私より頭一つ分小さいオルタンヌ様は……。
彼女を助けようとして、水中で頭がなにかにひっかかっていることにきづいた。水にもぐる。蓮のせいで視界が悪い。だけどその茎に髪飾りが引っかかっているようだった。懐から短剣を取り出し、周囲の茎を切る。
そうしてようやくオルタンヌ様を池の端に引き上げたとき、彼女は意識を失っていた。コンラートとルルカの姿もない。
ひどすぎる。
彼女の襟元を緩め水を吐かせる。呼吸があるのを確認すると、安堵で涙がにじんだ。こんな展開はマンガになかった。私が余計なことをしたせいで彼女は池に落ちたのかもしれない。もし死んでしまうようなことになったら……。
そんなことは考えたくない。なんとか背に担ぐと、保健室に向かった。
◇◇
保健室に先生はいなかった。迷ったもののびしょぬれのオルタンヌ様をベッドに寝かせると、制服を脱がせることにした。風邪でもひいて肺炎にでもなったら大変だし、下着にまで手を出さなければ大丈夫よね。たぶん……。
ありったけのタオルを用意して、お顔と髪を拭く。次は脱衣。同じ女同士だけど、オルタンヌ様はとてつもなく美しい令嬢だから、ドキドキしてしまう。
ブラウスの前のボタンを全部外す。
……あれ?
気のせいかしら。下着の下、胸のあたりにたくさんタオルが詰め込まれているような気がする。
もしかしてお胸にコンプレックスがおありなの?
だとしたら、どうしよう。
絶対に見られたくないわよね。
風邪をひく可能性と天秤にかける。
それから、ボタンを留めることにした。うん、私はなにも見なかった。なにもしていない。
下から順に留めていく。
「う……ん」
オルタンヌ様が声を漏らし、みじろぎをした!
手を止め、そっとお顔を見る。と、ばっちり目があった。起きている!
「私……」とオルタンヌ様。「そうだわ池に落ちたのだわ。でも髪が引っかかって……。ステラが助けてくれたのね?」
いつものハスキーボイスが更にかすれて、色っぽい声になっている。
「はい、あの、濡れたお洋服を、あの」
焦ってしまい、うまく説明できない。
オルタンヌ様は視線を私から胸元にやった。
「あら。ご覧になったのね」
「いえ、なにも見ておりません。目が悪くてですね、よくわかりません」
「まあ」オルタンヌ様はおかしそうにコロコロと笑った。「本当にステラは心優しいひとね。コンラートとは大違い」
「すみません……」
「いいのよ」オルタンヌ様が半身を起こす。「身体を拭いてくれようとしたのでしょう。タオルを貸してくださいな」
「はいっ!」
持てる限りを掴んで渡す。
「驚いたでしょう」
そう言いながら上着とブラウスを脱ぐオルタンヌ様。どこを見ていいのかわからないわっ。
あ、目をそらせばいいのだわ。
視界の隅で、オルタンヌ様が下着に手をかけたのがわかった。
「私、部屋を出ております!」
「あら、別によくてよ。もう知られてしまったのだし、気にしないで。だけれど秘密は守ってね。陛下もご存じだから」
「陛下……?」
貧乳をわざわざ知らせているの?
驚いた私は、ついオルタンヌ様に顔を向けてしまった。
彼女は下着を脱いでいた。
上半身裸。
つるんとした胸。
……貧乳にしても、なさすぎる。
急いで目をそらす。
「き、きっと、まだまだこれからなんです。世の中には胸を大きくする体操とかもあるようで!」
いや待って、これってかなり失礼よね。
「胸を大きくする体操?」
「あ、いえ、もちろんオルタンヌ様はそのままでも大変にお美しくて素晴らしいご令嬢です!」
「ステラ。私を見てくださる?」
「いえ、そんな。私ごときの身分の者がご令嬢のお体など……」
「見て」
「……失礼します」
これ以上無礼にならないよう気を付けて、顔を向ける。
どうしても胸が目に入る。やっぱりつるんとしている。
けど、これって……?
「わかったかしら、ステラ。それとも胸を触って確かめてみる?」
「いえ、そんな滅相もない。もしやオルタンヌ様は」
「ええ」可憐に微笑むオルタンヌ様。「私はれっきとした男です」
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