013 ヒトは皆役者

 やはりクールは伝説の存在らしい。これで確証を得られた。これで、契約金とやらにありつける。


「そうです。いっしょに写っている写真でも見せましょうか?」

「いや、良い……。アンタ、名前は?」

「ルーシ・レイノルズです」

「私はメリット。これでも、MIH学園じゃそれなりに有名人──」


 そんな話をしている最中、


「おぉ!! 根暗!!」


 と、割れんばかりの大声を張り上げる女が現れた。

 髪は緑色。この国ではありふれた色だ。目は三白眼。すこし強面な印象を持つ。身体は筋肉質で、身長は170センチを越しているように見える。


「ここで会ったが運の尽きだな! この前は変な魔術で負けたけど、ランクCの落ちこぼれに負けっぱなしじゃ終われないよなぁ!!」


 ルーシは首を横に振り、その場から立ち去ろうとする。面倒事はゴメンだし、なんとなく、キャメルの前では猫を被っているほうが良さそうな気がするからだった。


「はあ……。アンタ、サシでやるって言って負けて泣きじゃくったの、もう忘れたの?」

「おま、それだけは言うなよ!! だ、だいたい、泣いてなんかいないし」

「誰がどう見ても泣いてたでしょ。おかげで停学くらいそうになったんだから」


 ルーシはタバコを吸い終わり、いよいよ立ち上がり、クールとキャメルの元へ向かおうとした。

 そのとき、


「……あァ?」


 シュー……と、借り物の学生服の袖が抉れた。メリットがやったわけではなさそうだ。やったのは、目の前にいる緑髪だろう。


「うるせえ!! もう一回タイマン張れよ!! 張るって言わないと、喫煙バラすぞ──!?」


 瞬間、ルーシは彼女との間合いを狭めた。緑髪の少女はそもそも反応しきれていないが、もはや関係ない。


「てめェ、借りている学生服に穴空けるんじゃねェよ!!」


 冷淡な口調でそう言い放ち、ルーシは緑髪の少女にデコピンをくらわす。それだけの動作で、彼女は遠く離れたエレベーター方面まで吹き飛ばされた。

 ヒトが降りてきて、騒ぎになり始めた頃、ルーシは深い溜め息をつき、メリットへ一言告げる。


「では、MIH学園で会おう」


 これに驚くのは、当然メリットだ。


「あ、アンタ。なんの魔術で……」

「愛と平和の魔法だよ。ああ、クソ。これ買うしかないじゃないか」

「いや、そんなことよりも──」

「そんなことのほうが大事だ。メリット、あまり敵を作らないほうが良いぞ」


 そう忠告し、ルーシはピヨピヨしている緑髪の少女を尻目にエレベーターへ乗った。


 *


「遅かったわね。なにかあったの?」

「いや、不良? に絡まれまして」

「えっ!? 大丈夫だったの!?」

「大丈夫じゃないですよ。借りていた制服が破けちゃって」

「あ、いや、そういう話じゃないのよね……」


 制服売り場に戻ってきたルーシは、適当にキャメルと話す。どうせクールは、キャメルと1対1でいるのが嫌になってどこかへ逃げたのだろう。ルーシは仕方なく、クールへ電話する。


「もしもし、お父さん? 不良に絡まれて制服破けちゃった。店員さんに申し訳ない、というか、倫理的な意味でこの服買いたいな」

『ちょっと待ってろ。このレースゲームが意外と面白ェんだ……うおッ!! パーラちゃん強いなぁ!』

「パーラちゃん?」

『やー。キャメルの知り合いだって言うからさ~、ちょっと大人の意地見せようと思ったけど負けちまった!!』

「話の流れがさっぱり分からないんだけど」

「パーラ?」


 その言葉に反応したのは、隣にいるキャメルだった。


「知り合いですか? お姉ちゃん」

「友だちだわ。ゲームとアニメが大好きな、獣娘けものむすめよ」

「獣娘」ポカンと口を開けるが、「ああ、いや。ロスト・エンジェルスじゃありふれた存在ですもんね」咄嗟に知りもしないことを口走る。


 当たり前だが、獣娘なんて空想の存在だと思っていた。しかしここは異世界。そういうのがいてもおかしくない。それに、キャメルの態度的に特段珍しくないのも分かる。


「で、お父さん。いつまでそこにいるつもり? 私、お金持っていないんだけど」

『ああ、すぐ向かう。パーラちゃん、また今度な!』


 電話は切られた。ルーシはキャメルに、なんとなく訊いてみる。


「キャメルお姉ちゃんって、ゲームとか好きなんですか?」

「ゲームはそんなにしないわ。でも……」

「でも?」

「……早朝の女児向けアニメが好きなのよ、私」


 恥ずかしそうな表情で、そんなことをのたまう。


(は? ガキ向けのアニメが好き?)と思いつつ、「なるほど。それでパーラちゃんと話が合うと」

「それもあるけれど、パーラは放っておけないのよ。放っておくと、誰かの食べ物にされてしまう」

「いじめられているってことですか? それをキャメルお姉ちゃんが守っていると」

「まあ、そういうことになるわね」キャメルは一旦言葉を区切り、「でも、あの子がひとりで外出するなんて珍しいわ。メントでもいるのかしら」

「メント?」


 先ほど吹き飛ばした緑髪の少女が、脳裏をよぎったのは気の所為だろうか。


「緑髪で筋肉質の体育会系の子よ。MIH学園ではそれなりに強いほうだけども、いつも格上に挑んで泣きじゃくるの。私も3回くらい模擬戦したのよね」

(やはり、あのガキか。こりゃあ、クールがパーラを連れてきたら面倒になりそうだな……)

「だけど、全部勝ったんでしょ? キャメルお姉ちゃんは強そうだし」

「……。まあ、お兄様がいなければ、そう言われて鼻の下を伸ばしていたかもね」


 キャメルの根底に潜む、兄への劣等感。なぜそれが禁断の恋につながるのかは分からない。分からないが、愛憎半ばと言ったところなのか。


「キャメルお姉ちゃん」

「なにかしら?」


 苦虫を噛みつぶしたような表情だったキャメルへ、ルーシは言う。


「私のお父さんに憧れるのを、やめたほうが良いのでは?」

「え?」

「クール・レイノルズという男は強すぎる。きっと、この国どころか世界でも有数なほどに。だから、憧れるのも無理はない。だけど、焦がれるだけじゃ越すことはできないですよ」ルーシは火がついたように、「キャメルお姉ちゃんには、キャメル・レイノルズという役がある。それを演じきることが、お父さんを越える方法だと思います」

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