012 クール・レイノルズの娘

「ちょ、ちょっと待ってください──!!」


 意図的にヘーラーを無視し、ルーシはクールとキャメルの待つ車へ向かっていく。


(というか、学校の授業についていけるのか? おれ。小学校の算数すら怪しいのに)


 なにせ10歳低度の幼女の見た目をしている以上、小学生からリスタートと考えるのが妥当だろう。しかし、ルーシは所詮、本で得られる偏った知識しか持っていない。そんなヤツが、上流階級の通う学校の授業についていけるのかは、甚だ疑問である。


(ま、やっていくうちに分かることもあるだろ。ポジティブに生きなきゃなぁ)


 そんなわけで、ルーシはリムジンの後部座席に座る。


「待ってたぜ、ルーシ」

「うん、待たせてごめん」


 キャメルの顔はとろけきっていた。よほど兄と会話できたことが嬉しいらしい。兄思いの良き妹、といえば聴こえは良いが、ポールモールの言うことが正しければ、彼女の悦びは少々ずれているに違いない。


「さーて、やることいっぱいだな。MIH学園の制服も見なきゃだし、ルーシの私服も買わなきゃいけねェ」

「あの、お兄様」

「なんだ?」

「ルーシちゃんは幼稚舎に編入させるおつもりですか?」

「あー、考えてなかったわ。ルーシくれーの実力ありゃ、飛び級が使えるのか」

「飛び級?」ルーシは怪訝な顔になる。

「ああ。実力次第で小学生も高等部まで飛べる。もちろん勉強は難しくなるけど、まあ、キャメルが教えてくれるから大丈夫だろ」


 どこがどう大丈夫なのか。そう文句をつけたくなるが、どうやらクールとキャメルの間では、ルーシの高等部進学は確定事項のようだ。

 ただ、勉学の難しさは一旦置いても、最前キャメルが話していた〝薬物取引〟に興味があるのも事実だった。ルーシやクールは無法者。それらを乗っ取らない手はない。


「そうだね。入れるのなら、高等部からにしようか」


 ルーシは父ということになっているクールへ、ニヤリと笑って返事した。彼もそれの意味を理解したのか、


「ああ、悪者退治頑張れよ」


 と、言った。


 *


 ルーシとクール、キャメルはMIH学園の学生服売り場にたどり着いた。

 青い制服だ。男子用のものはスーツのようで、女子もまたスカートこそ短めだが、やはりスーツのようなデザインになっている。


「創設以来変わらないって言うけど、やー、おれもこれ着てたのか」

「今の格好とそんな変わらないね」

「お兄様はなにを着ても似合いますから」


 そんな他愛もない会話を交わしつつ、


「ルーシ、試着してみろよ」


 と、クールに言われる。


「そうするよ」


 ルーシは、なんら迷いなく女子用の制服を持って試着室へ入る。かつて21世紀最大の怪物と呼ばれた男は、もはや自分の性別に悩みすらなくなりつつあった。


(そうさ……。クールやキャメルの前で男子用の制服なんて持っていたら、なにか疑われそうだしな。そうさ、おれは断じて女子用の学生服なんて着たくない。そうに決まっている)


 されど、心の中では葛藤でいっぱいだ。

 ルーシは着替え終わり、いよいよ骨格が女児らしくなっていることを知る。一番小さいサイズの制服を持ったのは間違いでなかったようだ。


(鏡に銃弾撃ちてェくらい似合っているな……。なんで私、いや、おれはこうなっちまったんだ?)


 文句のひとつや100個つけたくなるが、もう愚痴る相手もいない。ここは異世界であり、前世の盟友は誰ひとりいないからだ。


「着替えたよ~」

「おう、見せてくれ~」


 ルーシはカーテンを開ける。

 ふたりは驚愕したかのように、口を開けていた。

 クール。彼はロリコンの気はないようだが、ここまで似合うとも思っていなかったのだろう。しばし言葉を失っていた。

 そして、キャメル。


「か、可愛い……」


 口を手で塞ぎ、まさしく驚嘆したかのような態度だった。キャメルも美人だが、その分余計にルーシの美しさに息を呑むしかない。


「可愛いなんて……、とんでもないです」


 ルーシは照れているような態度を醸し出す。

 ただ、腹の中は煮えくり返りそうだった。可愛いと言われて喜ぶ25歳男性なんて、そうはいない。確かにルーシは大罪人かもしれないが、それにしたってこの仕打ちはないだろうと。


「ま、合うサイズがあって良かったです。私はちょっとお手洗いに行ってきます」


 そんな苛立ちを消火させる方法、そんなのは決まっている。タバコだ。もう匂いでキャメルに勘づかれても良い。タバコが吸いたい。それだけだ。


「あ、うん。いってらっしゃい──って、もういなくなっちゃった……」

「アイツ、足速いんだな」


 全力疾走で、屋上にある喫煙所へ向かっていく。


 *


「誰もいないのか」


 なお、ルーシは試着したままここに来た。さすがに、この見た目と学生服で喫煙は如何なものだが、誰もいないのなら気にすることもない。


「はあ」


 慣れた手つきでタバコをくわえ、ルーシはライターを探す。

 が、どこにもない。どうやら試着室に置いてきてしまったようだ。

 仕方ないので、誰かいないか探してみる。

 そうすると、


(あァ? なんでMIH学園の制服着た女子がいるんだよ?)


 黒いショートヘア、大きめの丸メガネ、陰気な雰囲気、猫背、物憂げな表情、至って普通の顔立ち、160センチくらいの身長。

 そんな少女が、タバコを堂々とふかしていた。

 ルーシはその少女に近づき、「火、ください」と言ってみる。


「は?」

「は、じゃないでしょ。ライター持っていますか、って意味ですよ」

「アンタ、自分の顔と身長と服装見たことある?」

「ありますよ。嫌なくらいに」

「……、はい」

「どうも」


 露骨に怪訝そうな顔をされながら、ライターは貸してもらえた。


「メイド・イン・ヘブン学園の生徒さんですか?」

「まあ」

「キャメル・レイノルズって生徒をご存知で?」

「ウチの首席でしょ?」

「私が、そのキャメルお姉ちゃんの親戚だと言ったら?」

「はあ? キャメルに妹はいないって訊いたけど」

「いや、キャメルお姉ちゃんは叔母です。私の父は、クール・レイノルズですから」


 その少女は、タバコを落とした。


「く、クールさんの娘? いまや伝説になってる、クールさんの?」

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