011 ちょろいヤツ

 泣きじゃくるヘーラーだったが、その言葉にすこしばかり勇気をもらったようだった。


「……、本当ですか?」

「嘘つける脳みそはついてねェんで。つか、ルーシに魔力の開発でもしてやれ。アイツ、おれの妹と買い物行くつもりらしいし、魔力がねェと色々不便だ」

「はいっ!」


 なんてちょろい女だろう、と内心思いつつ、ルーシに魔力を生じさせられるのはヘーラーしかいないので、彼女はやはり重要だ。


「ほら、ルーシのところ行くぞ」


 ヘーラーとクールはルーシとキャメルの待つガレージへと向かっていく。

 そこへは、笑顔を引きつらせながら低身長の美少女と話し込む銀髪幼女がいた。


「──やっぱり私とお兄様は運命に導かれて繋がってるのよ。ルーシちゃんもそう思うでしょ?」

「え、ええ。そうかもしれないですね」

「そうよね! よし、お兄様にこの想いを伝えるべき──お兄様っ!?」


 開口して目を細める兄クールを眼前に捉えたキャメルは、借りてきた猫のごとく静まり返った。


「よう、キャメル。きのうぶりだな」

「お、お兄様……。さっきの話、訊いてましたか?」

「いや? なんの話だ?」

「あ、や。たいした話ではないです。そ、そ、それよりもお買い物、早く行きましょう!」


 実際、窓を閉めていた車の中の会話など聞こえているはずもないのだが、どうせ愛やら恋の話、しかも実の兄に向けた惚気話をルーシへぶつけていたのだろう。

 そんな有りもしない妄想を聞かされまくったルーシがいい加減怒りだしそうなので、クールはキャメルの隣に座る。そして彼はヘーラーへ手招きした。


「魔力を開発してやれ」

「はいっ! 集中しますっ!」

「良い心がけだ」

「魔力を開発……?」

「キャメル、この子は生まれつき魔力を持ってないんだよ。そしてコイツは天使族。授業で習っただろ? 天使族はヒトの身体に魔力を埋め込めるってさ」


 クールの適当な言い訳にもキャメルは頷く。よほどクールという兄を慕っているのであろう。もう何年と会っていないのならば恋しく感じるのもオカシクない。

 ただ、距離感は際どい。キャメルは車の動きに合わせる振りをして、クールへ何度も寄りかかろうとしている。あわよくばキスでもできると考えているのか。


「そうですか……。まあ、お兄様の娘で私の姪っ子……姪っ子……」

「年齢そんなに変わらないので、姉妹みたいなものでは?」

「そ、そうよね! 私たちはちょっと歳の離れた姉妹よね!」


 そんな蜜月時。失言製造機のヘーラーは、トイレを我慢しているかのような表情でルーシへ手のひらをかざし続けている。邪魔が入らないという意味でありがたい話だ。


「ところでさ、キャメル。MIH学園のほうは順調なのか?」

「え、ええ! 2学年にして首席になりました! お兄様は1学年から首席だったと訊いているので、遠く及びませんが」

「それはなによりだ。んで、うちの娘もMIH学園に入学してもらいたいわけなんだわ」

「えっ……?」

「別に驚くことはないだろう。キャメルがいるMIH学園に入ってもらったほうが、後々やりやすいと思うし」


 キャメルはこちらを覗き込んでくる。


「顔になにかついていますか? キャメルお姉ちゃん」


 そんな少女の態度に、ルーシは笑顔を交え、飄々とした態度で返す。


「あ、いや。別になにもついてないけれど……、ルーシちゃんはそれで良いの?」

「なにか問題でも?」

「MIH学園は、お兄様、いやお父様からも聞いてると思うけれど、かなりの無法地帯よ? 暴力沙汰は当たり前だし、薬物取引してるって噂がある生徒もいるくらいだし」


 緊迫した表情で、キャメルは忠告してくるかのような態度でルーシに向き合う。されども、ルーシはまるで怯むことなく、


「楽しそうな学校じゃないですか」


 と、10歳低度の幼女が口にして良いとは思えないことを口走る。


「た、楽しそう?」


 これにはキャメルも口をあんぐり開けるしかなかった。それでも、ルーシは得意の口八丁で続ける。


「お父様からはなにも伺っていませんでしたが、その話を訊いて余計に興味が湧きました。悪者を退治して、学校に平和をもたらしたいです」


 にっこり笑い、ルーシは全く邪気がないように振る舞う。ここまで演技されると、クール・レイノルズも思わず吹き出しそうになる始末だった。


「な! やっぱりおれの娘はすげェんだよ!!」

「え、ええ。凄まじい子ですね……」


 満面の笑みのクールと、なにかを勘ぐっているようなキャメル。とはいえ、禁断の恋愛感情すら抱いている兄の態度に、キャメルは追従せざるを得ない。


「さて、MIH学園の学生服でも見ていくかぁ~」


 クールは部下たちに車を出すよう指を鳴らす。キャメルは未だ訝っているようだが、そんなことルーシやクールが気にするはずもない。

 そして、クールとキャメルが車に向かったとき、


「ヘーラー、オマエは着いてこなくて良いぞ」

「え? 私、一人ぼっちは寂しいんですけれど」

「姉貴分や親と家族だけで過ごしたいんだ。というか、そんなに一人ぼっちが寂しいかい?」

「寂しいに決まっています!!」

「なら、オマエもMIH学園に入るか?」

「え?」

「聞くところによれば、学校ってところは良い場所らしい。私は小学校も通っていない、卑しい身分なので詳しく知らないけどな」

「ルーシさん、珍しく上機嫌ですね……」

「そうかい? ああ。魔力とやらが開発されて、すこしばかり身体が楽だからかね」ルーシはヘーラーの目を見上げて、「ともかく、考えておけ。別に強制はしない。ただ、私が学校に行き始めたら、オマエに構える時間もだいぶ減るからな」


 ヘーラーはしばし考え込む様子を見せた。彼女の人間換算での年齢なんて知らないが、ほぼ確実に高校生低度の年齢は越えているだろう。

 とはいえ、それはルーシもいっしょだ。25歳の小学校中退。そもそも学生のノリについていけるのか、という話にもなるかもしれない。


「まあ、オマエに託すよ。私は行くからな」

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