010 ルーシ・レイノルズ
困惑した様子のポールモールが目に入り、ルーシは我に戻る。
「ごほん。我が美しさを示威するのはあとでもできるよな。さて、いま何時だ?」
「開け方の6時だよ」
「まだデパートもやっていないな。良い暇つぶしとかないの?」
「この時間は普通寝てるからな。おれら」
「そりゃ夜にしか生きられない連中の集まりだしなぁ……。そうだ、ゲームだ。FPSがやりたい」
「FPS?」
「さすがにFPSゲームなんてジャンルはない?」
最前まですこし眠たげだったポールモールは、目つきを変える。目覚めたかのように。
「いや、あるぞ。経費でゲーミングパソコン2台買ってある。いますぐできるタイトルが10個はあるな」
「オマエ、ゲーム好きなの?」
「やー、大人になってやってみたらドハマリしちまってさ。アニキにも面白さを伝えたんだけど、あのヒト画面酔いするって言うんだよ」
冷静沈着な印象だったポールモールは豪快に笑いながら、ルーシをゲーム部屋へ案内するのだった。
*
「あー。もうキチイ」
「まだ2時間くらいしかやってないが?」
「幼女の身体じゃFPSも満足に楽しめねェってことさ……」
青いゲーミングチェアにもたれ、柔らかく甘ったるいうめき声をあげながら、ルーシはタバコを咥える。
「禁煙だ。外で吸ってくれ」
「あいよ……」
まさか部下から禁煙だと咎められるとは思ってもなかった。けれどタバコの匂いや副流煙が不愉快なのも事実。ルーシは外へ出て、即座に火をつけた。
「もう8時回ったな。デパートが開店するまで1時間くらいか」
スマートフォンで調べた通りに進めば、ルーシたちはそろそろ車を走らせても良い。
適当に部下を捕まえて、運転させようとガレージの方向へ向かう。
(……誰だ?)
そこには小柄な少女がいた。明らかにカタギであり、それなのに階段に座る彼女を誰も追い出そうとしない。
となれば、話しかけてみるしかないだろう。敵性であれば闘えば良いだけだし、味方ならばそれこそなんの問題もない。
そんなわけで、茶髪な小柄の美人系の少女に近づいていくルーシだったが、彼女の服から発せられているのであろう柔軟剤の匂いに違和感を覚えた。
(……。まさか、クールの妹?)
当然、少女のほうもルーシへの疑問を覚えていた。
「……貴方がお兄様の娘さん?」
ぼーっと空でもながめているような佇まいだった少女は、現実へ戻ってきたかのごとく目に光を灯す。
「ええ。ルーシ・レイノルズです。よろしくお願いいたします」
幼女は微笑む。柔和で穏健な表情だ。
これには少女キャメル・レイノルズも、溜まり切っていた様々な不満を一旦捨てざるを得なかった。
「あっ……キャメル・レイノルズよ。いきなりだけれど、お兄様、いや、お父様はいらっしゃるかしら?」
(どうせ他の連中にも訊いているだろうな。ただ要領の得ない答えしか返ってこなかったと)
そう理解したルーシは、天邪鬼な性格を抑えきれず、混乱を招きかねない提案に走る。
「いると思います。なんなら電話かけますよ」
『アニキ』と表記された者へ電話をかけた。
「もしもし、お父さん?」
普段のあえて低く発音している声色を変え、年齢に見合った明るい美声を発した。クール・レイノルズはしばし黙り込み、やがてなぜルーシがこんな態度なのかを察する。
『……。キャメルがいるのか』
「うん。キャメルお姉ちゃんが待っているよ」
『そこまで押しかけてきたんならしゃーねェ。たまにァ兄妹でお出かけと洒落込むか』
「お買い物? 良いね。私もついていって良い?」
『そういえば服欲しいとか言ってたな。キャメルに代わってくれ』
「うん」
地獄耳でもあるルーシは、通話状態のクールとキャメルの言葉を耳で拾う。
『よう、押しかけてきちまったモンはしゃーない。そんなに兄妹デートってのしたいんなら付き合うよ。ただまあ、娘の服も買わないとならないんだ。分かってくれるよな?』
「はいっ! すこし話してみましたが、とても良い子だと感じました! お兄様の令嬢となれば私とも密接な親戚になるので友好を深めたいです!」
『そりゃ良い心がけだ。さて、車出すのでルーシといっしょにリムジン乗っててくれ』
「はいっ!」
(ずいぶん気遣った言い草だな。あの男がここまで優しくする理由……。禁断の恋愛感情が爆発しないように腐心しているのかね)
闇の深そうな兄妹だが、クールとの関係性を深めていくのであればキャメルを邪険にも扱えない。ルーシは溜め息もつけず、目がキラキラ輝いているキャメルを一瞥する。
「ルーシちゃんっ! よろしくねっ!」
「ええ、よろしくお願いします」
キャメルは自然と手を差し出してきた。ルーシはそれに応え握手するのだった
*
「あれ……。ルーシさんは?」
ピンク髪の天使ヘーラーは、癒やされるために銀髪の幼女ルーシの隣で眠っていたはずだった。だが隣にルーシはいない。すでに起床してどこかへ行ってしまったのであろうか。
「ひとりぼっちは寂しいですよ~……。ルーシさん~……」
それでもルーシは現れない。
「やっぱり私がポンコツで独善的だから? うう……」
まったく見知らぬ土地で心細いというのに、同じ立場の人間はもう適用しつつある。ヘーラーは、暴言や暴論に圧されまくり、メンタルはボロボロだった。
そんな天使ヘーラーの元に、ラフな格好のクール・レイノルズが現れた。彼はヘーラー自体には興味がないのか、仮眠室にルーシがいないと分かるやいなや、すぐ部屋から出ていこうとした。
「待ってくださいっ!」
「なんだよ」
「私って要らないのですか? ルーシさんも私がいないほうが楽なのですか?」
「泣きじゃくるな。面倒臭せェ。しかもおれはルーシじゃないんで、オマエが必要かどうかなんて分からん」
「……。そうですよね。ごめんなさい」
クールはいきなり泣き始めた(しかもかなりの大泣きだ)ヘーラーに辟易しながら、されど彼女を慰める言葉をかける。
「まあ、なんつーか。経験上オマエくらい真面目で勤勉な天使は見たことねェし、いつかルーシもそれを認めてくれるんじゃねェの?」
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