007 傾奇者たちの国、ロスト・エンジェルス

「さてと、飛ぶべ」

「あのピンク髪も連れて行ってやれ」

「え? あれも?」


 何気なく全員ヘーラーを無視していたので、一応ルーシは声をかけてみた。そうしたらこの反応だ。頭になかった発想なのかもしれない。


「だいたい、あれって何者だ?」

「天使とは名乗られたが」

「天使? や、まあ転生者のお付きとしちゃお誂え向きか」

「その辺のルールがいまひとつ分からないけどな。……おい、ヘーラー! 早くこちらへ来い!」


 いつまで経ってもその場から動かずなにかを考えている様子のヘーラーは、その怒号のような大声を聞き慌ててルーシの元へ向かう。


「はい! なんでしょうか?」

「ズラがろうとしているんだよ。分かったら乗れ」

「はい。……これ、自動車ですか?」

「そのようだが」

「なんで、18世紀末期に普通自動車があるのですか?」

「オマエ、寝ぼけているのか? この世界へおれ……私をいざなったのはオマエだろ?」

「いや、ルーシさん。よくよく考えてみたら、キャラメイクに時間かけすぎて転生先の世界をまったく調べていなかったです! ごめんなさい!」


 清々しい笑顔で謝罪されては、ルーシも呆れるほかない。


「まあ、元から期待していないしな……。つか、早く乗れ」


 ヘーラーはニコニコしながらリムジンの後部座席へ座った。


 ルーシ、ヘーラー、クールの3人が特等席に座り、挨拶代わりにシャンパンを開けた。


「どうせ実年齢は18歳越えてるんだろ? 飲むべや」

「駄目ですよ、ルーシさん! 飲酒は大罪です!」

「人殺しよりも?」

「あ、ちょっと調べますね」

「クール、乾杯!」

「おう!」


 口酸っぱいヘーラーを適当に交わし、ルーシたちは限りなく透明に近いイエローの美酒を流し込む。


「うお。もうクラクラするな」

「そりゃ、10歳くらいの女の子がシャンパン飲んで酔わないわけもねェ。さて、色々教えてくれよ。その度に教え返すからさ」

「ああ。まず、私はこんな成りだが実年齢は25歳だ。それにオマエが言った通り転生者でもある。21世紀ウクライナの複雑な地域に生まれた。国境線はロシアやベラルーシと接し、親はロシア語とベラルーシ語を話し、学校ではウクライナ語を使った」

「3カ国喋れるってことかよ。すげェな」

「いや、英語と日本語もいける、スペイン語とフランス語、ドイツ語も口語だったら使える。読み書きできるのが5カ国で、話せるのが8カ国だな」


 クール・レイノルズは興味津々といった態度でルーシを覗き込む。


「その英語ってのは、転生者からよく聞くな。こっちにも同じような言語がある。我が国の公用語のひとつでもあるな」

「この国の名前は……ロスト・エンジェルス連邦共和国か。現地人に言うのも恐縮だが、奇妙な国名だな」

「天使を失った国ってな。着飾らないところが良いじゃねェか」

「着飾るもなにも、天使っていう概念が良く分からなくてな。このポンコツも天使なんだろ?」

「魔力の流れ的にそうだろーな。んで、天使っていう概念は掻い摘んで言うと……」

「私たちは崇高な存在です! 元々人間だった者が神に選ばれ、人類の審判などを行います!!」


 黙り込んでいたヘーラーがここで乱入してきた。ルーシは彼女の声がうるさすぎて耳を塞ぐ。

 そんなルーシを見てすこし反省したのか、今度は密やかに言う。


「えーと、つまり私は人間の進化形態ということになります。上位個体なのですよ?」

「うるせェ、ポンコツ」ルーシは辛辣だ。

「ひっ、ひどいっ。私はルーシさんのために頑張っているのに……」

「頑張っているのなら結果で示してくれ。上位存在なんだろ?」

「もちろん! ルーシさんのために善悪のリストをまとめることは忘れていません!」


 そしてヘーラーは自分だけの世界へ帰った。黙ってうつむく姿だけ見れば美人なのに、とか思いながらルーシはクールと目線を合わす。


「オマエ、操縦がうまいな」

「なんの操縦だよ?」

「天使族の手綱握りだよ。アイツら融通が利かねェからな。もう知ってるとは思うけどさ」

「アイツら? あんなのが、うようよいるってことか?」


 背筋がゾッと凍るような感覚に襲われたのは、気の所為だろうか。


「ロスト・エンジェルス連邦共和国にはごく少数しか残ってないさ。そこにいるのも含めて50人もいないくらいだったはず。国名どおり天使をつくらず持たず持ち込ませずの原則があるんだよ」

「まあ、こんな真面目過ぎるヤツがたくさんいたら国も回らないだろうしな」

「ところが海外じゃ天使族ってのはありふれてる。みんな神という“権威”に逆らえないんだな」

「じゃあロスト・エンジェルスは、信教を放棄した反権威主義者の集まりなのか?」

「大正解ッ! 権威と宗教を嫌った傾奇者どもが島流しに遭い、やがて独立と主権を承認された200年先の魔術と技術を持つのが我が国だぜぃ!」


 色々合点が合った。確かに宗教を否定した連中が街をつくればこうなるよな、と言いたくなるほど無機質なビル群。住宅街も徹底的に計画化されていて、至るところにヒトも入っていない家が建っている。どこかで聞きかじったことのある、『サイバーパンク』的な要素がこの国には含まれているようだ。


「人間の心はどこかに捨てちまったようだが……」

「そんなに前世暮らしてた街と違うか?」

「大違いだ。こんなに計画都市じゃなかったし、ひどいことにここにはろくな自然がない。食料自給率とかどうなっているんだ?」

「30パーセントくらいだった気がするな」

「完全に輸入に頼っているわけだ。18世紀末期……フランス革命が起きているはずだな。ならロシアや大英帝国から輸入すれば良いのか」

「あー、なんとなく意味分かるぜ。ガリアで絶対王政をぶっ倒すべく市民が立ち上がったのと、ロスト・エンジェルスの輸出入事情だろ?」

「ああ、まあ……。気になるが、もう隠れ家につくだろ?」

「あと数分だ」

「シャワー浴びて横になりたい。クール、オマエ馬鹿力過ぎるだろ。魔力まとわせたんだかなんだか知らないけど、まだ顎がヒリヒリする」


 クールはポカンと口を開け、怪訝そうな表情になった。


(あれ食らって顎がちょっと痛むだけで済むヤツなんて、ジョン以外に見たことなかったぜ)

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