008 幼女の身体を受け入れ始めてる?
クール・レイノルズは脳裏に金髪で髭面のサングラスをかけた男を浮かべ、首をひねりながら隠れ家であるクラブの中へ入っていくのだった。
*
「まずシャワーを浴びたい」
「奥のほうにあるぜ。着替えはどうするんだ?」
「私がつくりますっ!! ルーシさんにピッタリな可愛らしいお洋服を──」
「私と同じくらいの背丈の部下いないか? ソイツの服を借りたい」
「あー、探せばいると思うわ。つか、おれの妹が同じくらいの身長なんだよね」
「え、私完全無視されているのですか……?」
クールは、おそらく妹へ電話をかけ始めた。
「おっす、お兄様だよ。久しぶり。なに? 親父が帰ってこいって言ってる? ンな話知らんよ。ブチギレて暴れてるっていうんなら向かうけどさー。私も会いたい? おれも会いたいよ。なんならいますぐな。あー、ちょっと服を借りたくてな。そのー」
ルーシを一瞥してきた。彼女は「娘だと言っておけ」と伝える。
「あー、そう。着払いで娘が送られてきてさー。ソイツの着替えが欲しいわけよ。ちょっと待ち合わせるべ。ンじゃ、セブン・スターズ・ストリートで待ち合わせな。適当に着られる服の中から要らなそうもの持ってきてくれ。おう、ありがとうな」
クールは電話を切り、ルーシに一声かける。
「妹から服借りてくるわ。さすがに、血とか砂埃ついたままの服なんて着替えたいだろ?」
「おお、ありがとう」
「気にするな。おれたちァ兄弟だ」
クールはクラブの裏側の居住スペースからガレージへと向かっていった。場にはルーシと過集中しているヘーラー、そしてポールモールなる男だ。
「……。妹様に会うとは。アニキが心配だ」
「なんで? 妹と会うだけじゃないの……か?」
「妹様はアニキの悪いところを凝縮させて、煮込んだような恐ろしさがあるんだよ」
「クールの悪いところ……。まあ、部下のオマエらになんの了承も得ずに組織を売り飛ばしたのは、悪癖のひとつか」
「それに、アニキは夜もお盛んだからな。妹様はまだ遊ぶことを知らないらしいが、アニキの悪い部分を抜き取って強めているのなら……それは恐ろしいことになる」
「なんだよ、変なエピソードでもあったのか?」
ルーシとポールモールはいつの間にか談笑し合う仲になっていた。ふたりともクールのことが好きなのは共通しているので、良きボスと部下になれそうだ。
「アニキがまだ実家でお暮らしになられてた頃、まだ10歳にもなってない妹様がどこで買ったんだよってくらいスケスケのネグリジェ羽織って横に寝転がり、ただアニキの目を見つめていたらしい。アニキはいまだにそのときの妹様の目つきが悪夢に出てくるとぼやいてた」
「性知識もない年齢だろうに。本能が疼いたんだろうな……」
「そのあと道徳的な絵本を読み聞かせ、2時間経ってようやく妹様はご就寝なさったらしい。しかしこれもまた本能なのか、彼女は身体をひとりでに動かしアニキの股間の上にまたがろうと……」
どうやら本当に変人らしい。クール・レイノルズも変わり者だが、その妹もまた傾奇者というわけか。
「アニキも罪な男だぜ。実の妹すらも惚れさせちまうんだから」
「褒め言葉には聞こえないな……」
そんなわけでルーシは喫煙したりポールモールと喋り込んだりしながら、クールの帰還を待つのだった。
*
「持ってきたぜよ」
「おお、ありがとう」
本日30本目のタバコの火を消したところでクールが現れた。怪訝そうな顔をされるが、知ったことではない。
「妹さんの年齢は?」
「高校2年生だから17歳かね」
「17歳の私服に見えないなぁ」
意味の薄いラテン語がプリントされた白く長めのTシャツ。値段は高そうではあるがこの寒い国には似合わないホットパンツ。寝巻きも用意してくれたようだが、ウサギ耳付きでモコモコしたピンク色のパジャマを着ることになるとは思ってもなかった。
「色気つく年頃なんだけどな」
「まあ、あしたにでも追加で買いに行けば良い。血まみれの薄いワンピースじゃ不便過ぎる」
17歳の女子高生が着るにしては子どもじみているが、10歳くらいの幼女ルーシが羽織るにはお誂え向きだろう。
そう思ったとき、男性としてのルーシがひとつ否定されたような気になる。
(いや、25歳の野郎が幼女の皮を被っているだけなんだぞ? 別に子どもっぽい格好でも良いじゃないか。なんで垢抜けないとか思っちまったんだ?)
ルーシの幼女生活の1日目。締めは自身の裸体と対峙することだ。
*
「青アザだらけだなぁ」
クールとの激闘で傷ついた身体は、湯を浴びるだけでもきしむ。それでも身体に染み付いた汗や返り血、自分自身の血液を拭き取らないと眠る気にもなれない。
「ただまあ、良くも悪くも華奢な身体つきだ」
脂肪はまったくついていないようで、しかし筋力が多いわけでもない。年齢相応といえばそこまでだが、前世のガタイの良さをほんのすこしでも思い出すとなんとも切ない気持ちにつままれる。
「男用のシャンプーしかないのか? 日本のシャンプーとトリートメントが欲しい……」
サラサラした髪質を保つのならば、せめてコンディショナーくらいはしておきたい。
と自動的にそんな思考へ至ったルーシは、思わず口をポカンと開け湯を呑み込んでしまう。
「おれ、幼女の身体受け入れ始めていないか?」
どうせだったら美意識は高いほうが良い。どうせだったら服装にもこだわりたい。どうせだったら男物のシャンプーでなく女用の高めの洗髪剤を使いたい……そういうちょっとしたこだわりが重なって、やがてルーシは本物の幼女になってしまうと懸念したのだ。
「いや、こんな姿なのはいまだけだ。ヘーラーが前世の姿のデータを消したとか抜かしていたが、だったら再構築すれば良いだけさ。そうだ。……。一週間後くらいにやろうか」
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