006 審判の時間
「でもまあ、結局のところ──」
「──この場を終わらせないと前へは進めない。だろ? クール」
「良く分かってるじゃねェか……。そうさ。ここだ。ここだけ勝ち取れば良い」
ルーシにはまだ切り札が残っている。使うとすれば、それはいましかない。
当然クールにも最適な方法を考えているだろう。だが、それすらも凌駕してみせる。絶対に、この男を倒す。
「行くぞォ!」
“カイザ・マギア”で半ば強引に身体を動かし、クールは瞬間的に消え去った。やはり接近戦で勝敗をつける魂胆なのだ。当然といえば当然。あんな馬鹿げた破壊力の拳をもう一度食らったら、さしものルーシも立ち上がれない。
そして、音を解析して改ざんしてしまうこともできない。それを行っている間に、クールが距離を詰めて渾身の一撃を叩き込んでくるだろう。そのため、ルーシは残り5秒もない時間でなにかしらの対策──クールという男を確実に沈める必要がある。
だからこそ、ルーシは惜しげもなく切り札を切った。
(すげェ量の触手……? が発生したな。なんの狙いだ?)
とにかく、急いで勝負を決めなければならない。そう判断したクールは、最大出力ではない状態でルーシの斜め上から特攻した。
「──急ぎすぎだ、バカ」
右往左往へ派手に展開された黒い触手らしきなにかは、実のところただの囮だった。これだけ分かりやすくなにかをしようと能力を使っていたら、クールは警戒して即座に攻撃してくると踏んだわけだ。
「デコイってわけか! まあ、この威力でもオマエ潰すにァ充分だ!!」
「どんな威力だろうと関係ない。この世界の法をつくり操る者に、馬鹿力だけで勝てると思っているのか?」
「あァ!? 吠え面かくのは、負けてからでも良いんじゃねェの!?」
ルーシの頬に、クールの殺意が込められた拳がにじりこむ寸前、銀髪の幼女は邪気のない笑顔を浮かべた。
「法による支配からは誰も逃げられない。さあ、審判の時間だ」
ルーシの超能力は〝既存の理論ではあり得ない現象・法則を生み出し操る〟。そしてここは既存の、前世での物理法則とはやや違う働きをしている。そもそも、この世界そのものが“既存の理論”から程遠いのだ。また、この世界には魔術はあっても超能力はない。
つまり、こういった公式が出来上がる。
〝存在しない超能力が作動する限り、ルーシは無敵〟だと。
わざわざ新理論をねじ込ませる必要もない。粛々と、この世界の条理の柱を一本抜いてやれば良い。最前クールに一時期だけ膝をつかせたときのような攻撃がノーリスクで放ててしまうのだ。
ルーシの頬に拳が触れた瞬間、クールは反射されたように天井高く舞い上がり、またもや工場に大穴を空けた。
「あ、アニキ……!?」
「すー。すー。あ、寝ていました」
狼狽えるクールの部下と眠りこけていた天使のヘーラー。付き人たちの反応を見ても、決着は明らかだった。
「はあ、はあ……」
けれども大幅に体力を消耗したルーシは、その場にへたり込む。
やがてクールが力なく、と思いきや冷静に着地してきた。
「オマエの勝ちだ、ルーシ」
「ああ……。五分の兄弟分で良い。きょうからよろしく」
すっかり破壊し尽くされた廃工場で、後に大暴れすることとなるふたりの無法者が結託した。
一応勝者になったはずのルーシだが、高熱にうなされるようにへたり込んでその場から動けない。対するクールはすでにピンピンしている。これではどちらが勝ったのか分からず仕舞いだ。
「ああ……。さすがに無茶し過ぎたな。この世界の法則をすべて操れると分かれば、大暴れしたくなるものだとは思うけど」
「誰に向かって喋ってるんだ? ルーシ」
「見えないファンに向けてサービスしていただけだ。さて、ズラがるぞ」
「お、おう。言わなくとも。ポーちゃん」
「御意。すぐ迎えの車を呼びます」
黒髪の高身長で男前なクールの部下は有能のようだ。現に近隣住民からの通報がない。市民たちの耳が皆遠いのか、それともなければ辺り一面をクラッキングしていたのかもしれない。いずれにせよ、心地良くタイマンできたのは彼のおかげでもある。
それに対し、ルーシについてきたピンク髪の天使はどうだろうか。
「ルーシさん、先ほどはなにされていたのですか?」
「殺し合い」
「そんなことしちゃ駄目ですっ!! 貴方が裁かれないためには善行を積むほかないのですから!! 殺し合いは善行じゃないですよね!?」
「分かったよ。分かったから声をひそめろ」
ルーシは手を動かし声を下げろというジェスチャーをする。そこまで近距離で会話しているわけでもないのに、この女は随分声が通りやすい。
「しかし善なる行動っていうのが抽象的だ。雨に濡れている子犬に傘差したら5ポイントとか、犯罪者を捕らえたら100ポイントプレゼントとかやってくれないと、分からず仕舞いだよ」
「うーん……一理あるかも」
「具体的かつ、根拠のある功徳の積み方をまとめてくれたら教えてくれ。それに則りプラスへ傾くよう努力する」
「……。ちゃんと守ってくださいよ? 私は曲りなりにもルーシさんの弁護を行う者です。信頼関係を築き上げたいと思っています」
「ああ、善処する」
車の停車する音が聞こえた。どうやら廃工場の中まで入ってきたらしい。入り口が戦闘の余波で消し飛んでいて、普通自動車くらいなら入ることができてしまう。
「アニキ、詳細はポールモールさんから聞きました」
「おーう。紹介するぜよ。コイツが五分の飲み分けした兄弟のルーシだ」
「兄弟?」
「ああ、性別はこんなだが便宜上兄弟ってことになった。どちらが上なのか分からないし、ちょうど良いだろ」
ルーシはクールの真横からひょっと現れ、大人びた口調とは裏腹に甘ったるく愛らしい声で、ガラの悪い男へ伝える。
「こんな可愛い子なのに、アニキとサシで勝ったンすか?」
「可愛いのは顔と声だけだ。中身は修羅みたいなヤツだよ。なあ」
「違いない」
様々な疑念はあるだろうが、クールや彼の一番弟子らしきポールモールが否定しないので、彼も納得せざるを得ない。
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