第4話

 太鼓と笛の音色が周囲に響き渡る。練習で流したスピーカーの音に比べて生の音は迫力が違う。目の前で奏でられる楽器音の振動が直に伝わる。振動に合わせるように舞う神楽はまるで楽器と一体になった感覚だった。


 前回までなかった禎嘉王と福智王の視線に緊張が走る。場内には間違えてはいけないという雰囲気が漂っていた。私の勘違いだろうが、祭りの主である二人の存在はそれだけ場内に緊張感をもたらしていたのだ。


 神楽鈴を高鳴らせ、一挙手一投足に集中して神楽を舞う。一緒に踊る暦はこの場の緊張感を全く感じていないようで向かい合うと笑みを含んだ目元で私を見る。彼女の心境が移ったのか緊張によって固まった体が緩まった気がした。


 最後までうまく踊り切り、私たちの役目は無事終了。終わったことに安堵の息を漏らす。

二人の王に視線を向けると彼らは拍手を送ってくれていた。何だか照れ臭く感じた。


「案外、いい神楽だったじゃん」


 暦と静かに感想を言い合っていると隣から見知った声が聞こえた。見ると幼馴染の栄治の姿があった。彼もまた私と同じように比木神社の後継としてこの祭りに参加していた。出番は明日に行われる夜神楽のため、今日は背中に『祭』と書かれた白い法被を着ていた。


「褒めるなら、ちゃんと褒めなさい。福智王は笑顔で拍手をくれたよ」


「メインと同じ扱いにしないでくれよ。それにしても本当によくできたアバターだよな」


「アバター?」


「化身って意味。ゲームとは違ってプレイヤーというわけではないけど、関連情報をデータとして取り込んで現実にいた姿を模倣するようにAIアバターを作ったんだろうな」


「じゃあ、実際の福智王もあんな感じなのかな?」


「さあ。でも、多少はずれていると思う。今の時代とは違って、昔は細部までデータを残せるようになっていたわけじゃないからな。不足している部分は理想の人物像のデータを反映させているんじゃないか」


「栄治って意外とそういうの詳しいんだね」


「まあな。それよりもさ、これすごくね?」


 栄治はそう言って自分のMRゴーグルのアームを手に取る。栄治は中学時代に眼鏡をかけはじめていたので、ゴーグル姿は違和感がなかった。


「すごいよね。私、さっきこうやってゴーグルを上下させて『いるいない』遊びしていた」


 私たちの会話に暦が茶々を入れる。ゴーグルのアームに取り付けられた骨伝導イヤホンを外すと両手で上下させる。その姿がおかしくて私たちは息を殺しながら笑った。笑わせたことに満足したのか暦は胸を張る。


「それとは毛色が違うけど、MRゴーグルってさ、今見ている景色を一気に変えられるんだよ。一つ試したいことがあってさ。俺にとっての今回の楽しみは明朝なんだよ」


 軽い雑談を交わしているうちに野に火が放たれる。この場所を出発する際の決まり事だ。昔、敵軍の目を晦ますために野に火を放ったという故事に則り行われている。冬の時期には焚き火代わりの寒さ対策にもなる。


「はあー、次はみそぎか」


「頑張れよ。少年!」


 ため息をつく栄治に対して、私は彼の背中を力一杯叩いて励ましてあげた。

 みそぎは旅で取り付いた悪霊を落として身を清める行事だ。極寒の中、湖に入る勇士の姿を私は毎年哀れな目で見ている。あの姿を見ると女に生まれて良かったと思う。


「女子はやらないから良いよな」


 栄治は不貞腐れながら自分の列へと戻っていった。私は彼の背中を見つめながら福智王の姿を見る。ちょうどそのタイミングで彼も私を見た。微笑む彼に思わず視線を背けてしまった。体の暑さは野に放った日の影響だけではないだろう。


 私たちは塚の原古墳を出て、みそぎをした後、神門神社で迎い火を行った。そうして一日目が無事に終了したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る