烏化少女

@shinshindo1991

第1話

 私は空を飛んでいた。翼を羽撃かせ、広い世界を見渡していた。何にも染まることのない黒い翼を大きく広げて誰にも縛られずに自由に世界を飛び回る。

 

私は烏になっていた。


 夢を見ていた。部屋のカーテンを開けて日差しを浴びて一息つく。最近はいつもこんな夢を見る。特に烏なんかに思い入れはなかった。でもこの夢を見るたびに少し烏のことを羨ましく思う。いつかこんな風に何もかも忘れて空に飛び立ちたい、と。


 いつも通り学校に行く。高ニに進級してから一週間経ち、クラスの雰囲気にも慣れてきた。私は勉強はそこそこできるくらいで、部活も特に入っているわけでもない。友達はいるけど中心的位置ではなく、周りに合わせている感じだった。特にそこに不満を感じているわけではない。誰もが思い描くであろうごく普通の生活であった。


 何事もなく授業を終えて家に帰る。夕飯を食べ、

出された宿題をぱっと終わらせて直ぐに寝る。


 こんな生活が数日続く。


 しばらく経ったある日、相変わらずの夢を見て目を覚ます。支度をして学校へ向かう。最近は友達といる頻度も少なくなっていっていた。多分私の優柔不断な性格に嫌気がさして見放されたからだと思う。元々高校に入学する前から一人でいることが多かったから慣れっこではあった。ただ集団でいないことに不安感を覚えることも多く、できれば他の誰かと一緒にいたいと思うのが本音である。私は一度嫌いになった人とはできる限り関わりを避けるようにする。それが互いのためだと思っているし、互いに睨み合うくらいなら関わらないほうがマシだと思うからだ。私は相手を見て人一倍その人の気持ちを探れるから、相手のことを察してトラブルを避けようとすることは多い。


 そんなこんなで自分の集団の中にいたいとは裏腹に独りな時間が増えていく。


 休み時間は図書室で本を読むことが多くなった。

ふと夢の烏について思い出す。何度も何度も同じ夢を見るので、烏の習性について気になっていた。私は図書室の本棚の中から烏についての本を一通り取り出して目を通した。


 「烏は社会性を持つ。鳴き声を使って意思の疎通をし、協力をする。縄張りの意識が強く、不用意に巣に近づく生物を記憶し威嚇や攻撃を行う。

 また、神話や伝承によると、烏の視力や知能の高さから、炯眼(鋭い目つき、また、物の本質を見抜く鋭い眼力)とされ密偵や偵察の役目を持つ位置付けとして描かれることが多い。」


 烏って人間の行動と似てるんだな、となんとなく思う。集団行動を行うというのがまさに人間のそれだ。自分と照らし合わせてみても、人を観察することでその人の感情を察せる私にとって炯眼というのが重なっているように感じる。


 こんなふうに私は本を読み進めていく。




 気がつくと空は微かに赤みがかっていた。寝落ちしてしまっていたんだな、と身を起こす。一通り本を読み終えた後、私は眠りに落ちてしまっていたのだろう。


 最終下校の時間も近づいているため下校の身支度を進めようとする。このとき私は体に異様な違和感を感じた。体がすごく軽く感じる。それだけではない。全身が黒い。手というものはなく、手であったであろう場所には翼が生えている。気が動転しつつも周囲を見渡し部屋にあった近くの鏡へ飛び立つ。


 ...飛び立つ?


 鏡を見る前に私は確信した。私は烏になっている。案の定鏡を見てみてもやっぱりその容姿は鋭い嘴に漆黒の翼、誰が見ても烏と言うに違いない体であった。


 現実を受け入れられぬまま、私はただ茫然とする。しばらくして最終下校のチャイムがなった。

このままではいけないと、私は助けを求めに校内を巡る。しばらく進むと人影が見えた。クラスの担任である。私は教室へ入る。担任の顔を見上げると、驚きと恐怖が見えた。


 そうか、私は今烏の姿であって私が私だと示す手段は何もない。担任には何故か校内に入り込んだ不審な烏に見えていたことだろう。私は直ぐに飛び去り、少し空いた窓を見つける。嘴で通れるくらいに開き、学校を後にした。


 人間と関わりを持つことはできない、と私は理解した。人間にとって烏は、ゴミ捨て場を荒らしたり電線に群がり鳴き声をあげる害獣と考えられることも多い。私は夕焼け空を飛びながら身を潜められる場所を探す。しばらく進むと静かな森が見えてきた。私はそこで一息つく。長時間の飛行と現実とは思えない状況による疲労で私は直ぐに眠りに落ちた。


 次の日、私は木々の隙間から差し込む木漏れ日で目を覚ました。寝起きの頭でまだ慣れない烏の姿を見て少しビクッとした後、直ぐに昨日の出来事を思い出した。少しばかり飛んで辺りを見渡してみようと思う。


 家や学校の付近に向かったところで何やら騒がしい声がする。どうやらいつまでも帰らない私を両親が心配して探しているようだ。直ぐにでも会いに行きたかったが、この姿であり人語を発することもできないため諦めた。


 どうにかして人に戻る方法を探さなければならない。しばらく考え、とりあえず心当たりがある場所へ手当たり次第に向かおうと考えた。まず初めに学校。私が実際に烏に変わった場所だから、何かあるなら恐らくそこであろうと思う。後は家だ。烏になって空を飛ぶ夢を見てから私の生活は変化していったと考えられる。


 やることが決まったので直ぐ行動に移る。私は学校へ向かった。今日は休日らしく、ほとんど人はいない。空いている窓を見つけ校舎の中へと入った。図書室へ向かう。中には私の荷物と床に落ちた図鑑数冊があった。特にこれと言って不審な点は無かった。


 いくらか手掛かりを探したが見つからなかったため私は家に向かう。その途中、私の目の前の視界がぼやけ始めた。次第に意識も遠のいていく。地面付近まで降下した後、完全に意識がなくなった。




 男性は地面に横たわる烏を見つけた。苦しそうに倒れ込んでいる姿を見るとどうにも可哀想に思えてくる。彼はその烏を自分の家へ連れて行った。


 目を覚ました烏は辺りを見渡す。見覚えのない白い壁を見て烏は体を起こした。


「目が覚めたかい? 道路に横になっていた君を連れて帰ったんだよ。ご飯を置いておいたからよかったら食べてね。」

 

 男性は言った。


 烏は飲まず食わずで動き続けたため倒れてしまっていたらしい。渡された餌を食べて烏は落ち着きを取り戻し、再び眠りについた。


 数日が経ち、男性と烏の絆は深まっていった。朝起きると彼らは散歩に出かける。男性が歩いている上空を烏が飛ぶというのが日課となっている。毎日町を歩いているととある話を耳にするようになっていった。それは行方不明の高校生についての話だ。烏は微かに気持ちが揺れるがそれが何のことかわからなかった。


 次第に烏は男性のために身を尽くすようになっていった。自分の命を救った男性に恩返しがしたかった。彼の言葉はわからないが、烏特有の洞察力で男性の気持ちを汲み取り、時には楽しみ、時には寄り添い合って日々を過ごしていった。


 こうして月日が流れていく。


 数年が経った。烏の寿命は10〜20年。男性と烏は変わらない生活を続けていたが、しばらくして烏は自身の寿命を悟った。いつまでも男性の下で暮らしていたい烏であったが、彼に自分が息絶える姿を見せたくなかったため彼の下を去った。


 烏は夕焼け空を飛んでいた。翼を羽撃かせ、世界を見渡す。景色に既視感を覚えた。いつか同じ夕焼け空を飛んだ記憶が蘇った。


 そうか、そうだ、私は人間だったんだ。夢と同じ空を飛び私は自分を取り戻した。行方不明の高校生も私だ。かつての森へ私は飛び立ち、地面に座り込む。


 寿命も近い今、今さらどうすることもできない。私は人間であった頃の記憶を思い出す。数々の思いが私の中を巡る。思えば烏になっても自由に空を飛ぶことはできなかったな、と。私は想いに浸りながらゆっくりと目を閉じた。




 森の中から一人の少女が発見された。既に息を引き取っている。周りには黒い羽がいくつか落ちていた。その少女はかつて行方不明であった高校生と一致していた。

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