第1話 なにを言っているんだ????

「ち……乳??」

「そうだ。蛇の胴体の間からはみ出している貴様の乳を軽く揉ませてもらいたい。それを報酬として救けてやろう」


 大真面目に見下ろしてくるダークエルフ。

 彼は特に装飾のない、むしろボロボロといっていい黒いローブをまとっていて、背中には旅人がよく使う荷物袋、手には質素な木の杖が握られていた。

 かろうじて魔法石らしきものが埋まっているそれから察するに、やはり魔法を使うようだが、身なりの悪さからどこかに仕えている魔法使いというわけでもなさそう。

 年齢は二十代そこそこに見えるが……?


「な……何をおっしゃっているのか……わ、わかりません」


 蛇はエマを締め付けながら男を『シャーーーーッ!!』と威嚇する。

 男は気だるそうに何か呪文を唱えると、


怠惰の渦パレス


 そう力言葉を結んだ。

 すると杖から灰色の霧が出て大蛇を包んだ。

 その霧を吸った大蛇はすぐに威嚇を止めて動かなくなった。


「わからない? ……なぜだ? そんなに難しいことを言っているか?」

「…………言ってますよ??」


 言葉は簡単である。主張は理解した。

 だが意味がさっぱりわからない。


「どうしてこの場面で私がアナタに……そ、その……自分の胸を触らさなければいけないんでしょうか?」


 すると男は『お前はアホか?』と、馬鹿にするような目線で眉を寄せる。


「……年の頃は15ほど。輝く金色の長髪、白い肌、器量良し、スタイル良し。服装とペンダントから察するにピュール教会の見習いシスターらしいが、それだけに金は持っていなさそう。そんな状況で貴様が俺に提供できる最大の報酬は、そのCカップの乳だけだろう?」


 デデン(効果音)

 信じられないほど低俗な論理を至極堂々と言い切られる。

 エマはいよいよ混乱して、


「いやいやいやいや、ますます、ますます意味がわかりませんっ!! だってそんな……私はいま捕食されかけているんですよ!? だったら普通救けませんか!? 報酬とかいう以前に、とりあえずっ!!」

「……だから救けただろう

「え?」


 そういえば大蛇の締め付けが止まっている。

 しかし緩くなっているわけではなく、締めたまま固まっている感じ。


「俺の魔法だ。動物の怠惰な欲求を膨らませ、動きを止める。まぁ、この程度の魔物なら問題なく無力化できる」


 大蛇は『ブラックサーペント』と呼ばれる魔物で、体長は約5メートル。

 大きくはないモンスターだが、戦斧をも通さぬ硬いウロコ、大木をもへし折る強い筋力、そして並の攻撃魔法程度なら簡単に弾き返してしまう高い魔法抵抗力で中級魔物とされている。

 ベテラン冒険者でも5、6人のパーティーで倒せるか倒せないか。

 そんなレベルの魔物をいとも簡単に無力化するとは、やはりダークエルフ、並の魔法使いではなさそうだ。


「あ、ありがとうございます。な、なんだ、やっぱりちゃんと救けてくれたんですね。お礼は後で必ずさせてもらいますので、とりあえず――――えっと……ぬ、ぬ、抜けない~~~~……!!??」


 締め付けこそはなくなったものの、食い込んだ大蛇の胴体はそのまま。

 依然エマの身動きはとれないままでいた。


「あ……あの~~~~……できれば蛇を緩めていただければ……ありがたいんですけど……??」

「うん。なら先に報酬だな」

「いや、ですから……」

「払えないならべつに構わない。このまま黙って去るまでだ。なに、半日は効き続けてくれるだろうさ。その間に貴様はゆっくり辞世の句でも考えることだな。……ああ、あとこの辺りには人喰い虫も多くてな、そうやって小一時間も地面に転がっていれば途端に人気者になるだろうよ」

「ぎゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~待って~~~~~~~待って~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ちょっとお願い行かないで~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!」


 手を上げて去っていく男に足をバタつかせるエマ。

 男は振り返り、また意味不明なことを言い出した。


「……お前……まさか俺がイヤラシイ気持ちで乳を求めていると思っていないか?」

「思ってるよ!? だってそれ以外ないじゃない!???」


 自分は神聖なるピュール教会の見習いシスター。

 人は生まれながらに善であり。その心を疑ってはならない。

 しかしモノには限度がある。


「……やはりか。まったく俺も見くびられたものだな」


 男は心外そうに額を押さえて戻ってくると、またエマの前にしゃがみこんだ。

 そして彼女を諭すように自分の真意を説明した。


「俺は、純粋に、自分の、興味に、従った、までだ。大人に、なりかけた、清純な、乙女の、神秘の、膨らみの、感触を、知りたかった、だけだ」


「それをイヤラシイって言うんですがっ!!??」 

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