第2話 絶対ゆるさん!!

「すまん……。俺はひとつ勘違いをしていたようだ」

「ですよね!? 勘違いっていうかキチ◯イですよね!?」


 言っていることの異常さに、ようやく気がついてくれたかと安心するエマ。

 安心というか、もうとっくにアウトなのだが、それでも改心してくれただけでありがたい。このまま何事もなく救けてくれたら、すべてを水に流して感謝してあげてもいいと思ったところで――――、


「その胸……Cと評価したが、よく見れば蛇の体で絞られて膨らんでしまっているだけだ。実際はよくてBといったところだろう」

「死ねっ!!!!」

「最悪A、いや、AAという可能性もなきにしもあらず」

「ないよっ!? いくらなんでもAAはないよ!??」

「しかし安心しろ」

「?」

「俺は〝貧乳の希少価値〟を理解できる男だ」

「安心できねぇよっ!!!!」


 すでにシスターとはかけ離れた口調になってしまっているが、ここは神様も許してくれるだろう。

 男は少し不機嫌になり、小さく息を吐く。


「……やれやれ、まったく話が進まないな。ならば貴様はそのAの胸以外に何を差し出せるというのだ?」

「な……なにって……」


 エマは足元に落ちている自分の荷物袋に視線を向けた。

 荷物といっても観光旅行をしていたわけではない。

 入っているものと言えば僅かな路銀と教典、そして着替えくらいのものである。


「あるじゃないか」


 男は目ざとく袋を見つけると、中からエマの下着を取り出した。

 上じゃなく下の方のヤツを。


「ぎゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~やめろやめろやめろ!!!! それ私の!! 私の下着パンツ!! やめろ見るな触るな匂いを嗅ぐな~~~~~~~~~~っ!!!!」


 しかし男は躊躇なくクンカクンカ。


「……ほう。一応洗濯はしてあるようだが、ただの湯もみ程度だな? まだまだ手入れ足らずの匂いがするぞ。しかし、そうだな。これならば乳と天秤にかけても惜しくはない物だ……さて、どうしたものかな」


 魔物に襲われ身動きが取れないでいる幼気いたいけな見習いシスターの胸の感触か、それとも残り香がただよう荒洗いの下着(下)か。

 史上最大(低)の葛藤がいま、男の中に渦巻いていた。

 

「揉むは一時の幸福。嗅ぐは常時の甘美……しかしいまこの時を逃すと美少女の胸はすぐに大人のそれとなり、儚き希少の価値は砂塵のごとく流れて消えてしまうだろう……。ここはぁ~~~~!! ここで選ぶべきわぁ~~~~~~~っ!!!!」


 やがてチーーーーンと結論の音がする。

 そしてヨロヨロとエマの上へと倒れ込むと、


「俺はロマンに生きる男。刹那の喜びにこそ、それは存在している」


 そう言ってやたら無意味に美しい笑顔をつくると――――もにゅ。


「――――はぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁっ!!???」


 遠慮なく。

 エマの胸を揉みしだいた。





「では、さらばだ」

「待てやごぉらぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!」


 揉むだけ揉んで、何事もなかったかのように去っていこうとする痴漢男はんざいしゃ

 エマは力の限り叫んで怒りを爆発させた。


「…………なんだ? 蛇は退治してやったろう? これ以上いったい俺に何を求めるつもりだ?」

「謝罪だよっ!!!!!!!!!!!!!!!!」


 大蛇ブラックサーペントは男の魔法によって退治された。

 聞いたこともない闇魔法で一瞬にして灰にしたのだ。


「……謝罪? なぜ俺が謝らねばならないのだ?」

「乙女の胸を!! それも修行中の神聖なるシスターの胸を揉みしだいておいてよくもそんなことが言えますねっ!?? この責任は必ず取ってもらいますっ!!!!」


 至極真っ当な剣幕に、男は深い溜め息で応えた。


「……ピュール教会のシスターは救けてもらった恩人に理不尽な罪を被せるのが教義なのか? 乳を揉むのは契約の上の同意だったと思うが?」

「しとらんわそんな契約っ!!??」

「はて、そうだったか? ……それでもこの場合、俺が救けなければ貴様は今頃、腹の中でドロドロに溶かされていただろうよ? それを思えば乳の一つくらい安いものだろう? どうせ二つあるんだしな」

「ふた……っ!? あ、あなたに無償の善はないのですか!? 人が魔物に襲われていたのです!! 普通なによりもまず救けるでしょう!? そして自分から礼など求めないでしょう!??」

「それは貴様の中だけの〝普通〟だ。俺はそんな常識などしらん」


 ぶっきらぼうに吐き捨てると呆気にとられているエマを無視し、さっさとどこかに歩いていく男。

 ハッと気がつき、慌てて荷物を拾い上げるとエマは男の後を追いかけた。


「ちゃんと下着も拾ってきたか?」

「余計なお世話です!! あ、あ、あなたどこの誰ですか!? 名前はっ!?」

「フッ……名乗るほどの者ではないさ」

「感謝で聞いてんじゃないよ!? 怒りで聞いてんだよっ!!」

「…………聞いてどうするつもりだ?」

「このことは教会に報告させてもらいます!! そして上級司祭様たちにご判断願って然るべき処置を行使していただきますっ!!」


 たしかピュール教会には神使を名乗る騎士団があったはずだ。

 名前はたしか『エグリズ騎士団』

 神の名のもと、悪と定めた者に容赦のない鉄槌を食らわす自称正義の味方。

 その戦闘力は一国の近衛騎士団に匹敵するとかしないとか。


 それを聞いた男は、


「おい、向こうから子供の悲鳴が聞こえたぞ?」

「え!?」


 と古典的な引っ掛けをかまし、すぐさまBダッシュ!!

 怒り狂うエマの怒声を背中に受けながら、深淵の森に消えたのであった。

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