四人目 ある風の姫君 刹那の存在感

 もちろん、姫君は花、木だけに留まらない。風の姫君もいらっしゃる。風、と一言にいっても多くの種類がある。台風のぐっと全てを払いのける風、川のさざめきを立たせる爽やかな風、夏の雨上がりのぬるい風、冬のきんと冷たい人間を震わせる風。あまりにも種類が多い。今回は、そんな風の姫君の中から、一瞬しか姿を見せぬ風の姫君のおひとりをご紹介する。花風や青嵐などの名を持たぬ、風。晩夏と初秋の間を駆け抜ける風である。


 この姫君は、夏の終わりを告げるぬるい風、そして秋の訪れを感じさせる淋しげな空気を操る姫君である。百日紅を揺らし、アキアカネの羽に乗るこの風は数多の人々を狂わせる。

 夏が終わる。あんなに青々と茂っていた木はいずれ葉を落とす。あんなに暑かったのに何故か淋しい夏の名残である。そして、実りの秋であり、黄金の稲穂を揺らす秋の到来を告げる。人間は夏祭りが終わってその片付けをするような郷愁と、秋の淋しくも鮮やかに景色を彩る嬉しさ、暑すぎず寒すぎない心地よい風に身を委ねるのである。その両方の性質をもったこの姫は、晩夏と初秋のそのまにまを駆けてゆく。


わたしは吹きさすらう。それが結果的に、夏の盛りを超え秋の気配を人々に告げることになるのです。わたしは人々の間をすり抜ける。ひとというものは、天女の羽衣のようです。そう、羽衣なのです。


 刹那の姫君は人間の心を大いに乱す。たった一瞬、駆けただけで。その存在感にひれ伏さずにはいられない。今日もどこかで、水干に縹の単をさらりと羽織ってその黒髪を玉結びに結わえ紅の半帯でしっかり縛る。その夏と秋を象徴するかのような鮮やかさで迸るからこそ、その残像がふわりと人間に漂ってくる。そして足袋をすり、ただ四季に従って思うままにさらさら滑ってゆくことだろう。

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