三人目 針山の姫 地獄の中の慈悲の姫君

 このお方は地獄の姫君のうちのひとりである。衆合地獄にてそのうつくしい容姿を存分に活かして今日もしっかり仕事をしているようだ。

 今回はそんな地獄の姫のひとり、特に珍しい姫君を紹介しよう。


  天女のような羽衣をストールのように羽織るこの姫君の仕事は、淫らな行為をした者が落ちる地獄にて、その者たちを苦しめることである。

 切っ先がひとりでに煌めくような鋭い剣が虫の卵のようにびっしりと生えた山で、頂上には美しい女がいる。その女を目指して地獄に落ちた者どもは山を登る。もちろん頂上に辿り着いた頃には、その身も切り刻まれずたずた、辛うじて人間の形を保っている、そんな様相である。しかし見ると女はいない。見渡すと、別の剣山にいる。そして罪人たちはその山を苦しみ尽くして降り別の剣山にてその身をざくざくやるのであった。


 この地獄では、多くの姫君が罪人を苦しめている。苦しみの権化。地獄姫たち。

その多くは、江戸時代の大奥にて絢爛な世界を彩ってきた和装の姿を選んでいるが、今回の姫君はその中でも一際珍しい格好をしている。

天女のような羽衣をストールのように羽織り、日本髪ではなく、金の冠を付けて長い髪を高い位置でポニーテールにしている。いわゆる中華風の姫であった。


 その存在は異質で、金魚のようにひらひらしていて、桃色の体のラインが出るような着物を着て、白魚の手で髪を耳にかける。慈悲の笑みを浮かべ優しくひとに手を差し伸べながら、その手を取ろうとしたら、悲しげな表情をして霞のように消えてしまう。氷のように見下す正統派姫君とは異なり、ひとが登りきると嬉しそうに微笑んで手を取ろうとするのである。しかし別の山へ移るときにはその者に向かって寂しげな表情をする。


 わたくしは、あなたがたの苦しみをみておりまする。わたくしの存在が少しでもあなたがたを癒すことができるのであれば、この山のうえでもてなしたい。しかしああ悲しい身の上。わたくしの意志とは関係なく、消えて別の山にとばされてしまうのでございまする。またお側に...。


 そんな声が罪人に囁かれることもあった。苦しみに苦しんだ罪人たちにとって、自分たちを優しく扱ってくれる唯一無二の存在。少しでも彼女の笑顔が見たくて見たくて見たくて見たくて今日も山を登っていく。


 しかし、その姫の意志とは関係なく、地獄での罪人を苦しめ、誘惑した営業成績はトップクラス。それがより、彼女を悲しく締め付けていった。憂いを帯びた彼女の姿はまさに天女。


「さすがだな、この調子でどんどんやっちゃって」


 上司の褒め言葉に愛想笑いをしながら、哀しみつつ、それでもひとを癒したい。その思いで今日も剣山へ。日に日につよくなる哀しみを帯びた彼女はますますうつくしく、罪人を誘惑するのであった。


 ちなみに、本当の腹の中はわからない。なんせ地獄ですから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る