第73話 辺境伯に売り込みます


 昼食はショッピングモールで購入してきたラーメンを皆で食べた。

 インスタントではなく、有名なラーメン屋が監修した、ちょっとお高めの生麺タイプのラーメンだ。

 半熟の煮卵とたっぷりのネギを添え、メインは料理長の手作りチャーシュー。

 これが不味いはずもなく。

 

「オーク肉のチャーシューも絶品でしたね。さすが料理長……」


 思い出すだけでも、頬が緩んでしまう。

 角煮とは味も食感もまったく違ったけれど、チャーシューも程よくやわらかで、ジューシーなお肉だった。

 

「角煮よりも、しっかりと引き締まった肉で、噛み応えがあって旨かったな」

『表面を炙ってあるのが香ばしくって、すごく気に入ったよ!』


 ルーファスもナイトも納得の完成度だったようだ。


「ラーメンのスープとの相性も良かったですよね。脂がとけこんで、とろっとろのお肉と一緒にすする麺が絶品でした」


 これはベーコンも期待が持てそうだ。

 料理長はせっかくの良い肉なので、とじっくり時間をかけてベーコンを仕込んでくれている。

 

「角煮は食べきってしまったけれど、チャーシューはまだたくさんあるから、色々アレンジして食べましょう」

『アレンジ?』

「ラーメンのトッピング以外でも、角煮丼のようにご飯に載せて食べるのもいいし、サラダの具材にしたり、サンドイッチにするのもいいと思います」

「うむ。それは旨そうだ」

『楽しみだねぇ』


 クロエやネージュ、セオの三人もラーメンに舌鼓を打って、夢見心地でお店に戻った。

 皆、すっかり料理長の料理のとりこだ。

 おかげで、仕事終わりにふらっと出掛けては、オークやコッコ鳥を獲ってきてくれるのでとても助かっている。

 バーベキューを楽しみにしていたことだし、この週末はダンジョンか『聖域』へとキャンプに連れていってあげたい。


 昼食の片付けを終えると、リリは寝室で服を着替えた。

 屋根裏部屋のクローゼットに吊るされていたワンピースのうちの一着だ。

 シオンが曾孫であるリリのために用意してくれていた、薄水色のクラシカルなワンピースを、リリは一目で気に入った。

 レースで編まれた白の付け襟がセーラーカラーで愛らしい。胸元のリボンと真珠のボタンが目を惹く。ボリュームのある白のパニエと重ねて着ると、シンプルなデザインながらも、途端に華やかに映えるのだ。

 絹の靴下とストラップ付きの革のローファーに履き替えて鏡の前でくるり、とターンしてみる。


(うん、いい感じ)


 軽くメイクをして、髪型はハーフアップにした。ワンピースと似た色のリボンを飾る。

 あとはシオンから受け継いだショルダータイプのマジックバッグを斜め掛けすれば完成だ。

 階段を降りると、既に玄関前でルーファスとナイトが待機してくれている。


「では、行こうか。我が姫君」


 いつもの傭兵風の服装から、きちんとしたスーツに着替えたルーファスが笑顔で片手を差し出してくる。

 洗いざらしの赤毛が、きっちりと撫でつけられており、同じ人物かと驚くほどに艶っぽく仕上がっていた。

 足元に座る黒猫が疲れたようにため息をついていたので、きっと彼の功績なのだろう。


「ふふ。ありがとうございます。では、エスコートをお願いします」

「任せてくれ」

『リリ、その服、似合っているよ』

「ナイトも新しいリボンがとても素敵ですよ」


 漆黒の艶やかな毛並みを彩るのは、リリとお揃いの水色の幅広リボンだ。

 今日はリリとルーファスだけでなく、ナイトも気合いを入れてお洒落を頑張っている。

 リリは表情をあらためて、高台になっている立派なお屋敷を見据えた。

 

「では、気張って行きましょうね。辺境伯邸へ」



◆◇◆



 アポイントは使い魔である黒猫のナイトにお願いして、しっかり取り付けてある。

 ちゃんと本人に手紙を渡してきたから大丈夫だよ、と言われた通り、その日の夕方にはルチアからの手紙が届いた。

 これが招待状となるので、ショルダーバッグに入れて、辺境伯邸へ向かった。

 貴族の屋敷を訪ねるのには、馬車が一般的だ。

 あいにく、我が家にはないのでルーファスが運転するキャンピングカーで向かう。

 大魔女シオンが施した魔法のおかげで、普通の馬車に見えているはずだが、リリの目にはキャンピングカーにしか見えないので、少しばかり緊張してしまった。


「日本のワイン、ルチアさまは気に入ってくださるかしら……?」


 後部座席に座るリリが、ふと不安を口にしてしまうと、ルーファスに笑い飛ばされた。


「当然だ! こちらの世界のワインと飲み比べれば一目瞭然だ。にほんは食い物も旨いが、酒もまた格別」

「そうなのです……?」


 あいにく、リリはまだ二十歳未満なため、アルコールを口にしたことはない。

 虚弱体質だったこともあり、大人になれたとしてもお酒なんてとんでもない、と主治医にも言われていたので、ずっと諦めていたのだが──


(もしかして、元気になった今の私なら、お酒も飲めるのでは?)


 我が家の親族は皆、お酒好きだ。

 父親に伯父、祖父に曾祖父母。従兄も二十歳になるや、酒豪と化した。

 幼心にも楽しそうにお酒を飲む大人がとても羨ましかったので、二十歳の誕生日が今から楽しみだ。


 ともあれ、大きな契約が取れるかどうかの大事な会合なので、気を引き締めなければ。


 日本から取り寄せた各種ワインと果実酒。

 辺境伯であるルチアを介して、それらを富裕層に売りつけるために、頑張ってプレゼンをしなければならない。


『まぁ、一口飲ませれば、すぐに契約が結ばれると思うけどね』


 リリの膝の上で丸くなった黒猫がぼそりと呟いたが、頭の中で売り文句の練習を繰り返していたリリは気付かなかった。



 舗装された道路をキャンピングカーはスムーズに走り抜ける。

 ルーファスは運転が得意なため、リリは車酔いに悩まされることなく、街外れの高台にあるお屋敷に到着した。

 正門に車を停めると、門番らしき兵士が寄ってくる。

 窓を開けて、リリがルチアからの手紙を見せると、封蝋を確認された。


「お待ちしておりました。どうぞ、中へ。馬車は車止めへお願いします」


 丁重に一礼され、無事に敷地内へと案内される。

 ルーファスはリリを玄関前に下ろすと、キャンピングカーを誘導された場所へと運転していった。

 屋敷の厩番が代わりに馬車を回すと言うのを断るのが大変そうで、少しだけ笑ってしまう。


(ふふ。馬車じゃないから、運転は任せられないものね)


 シオンの魔法は強力で、それこそ彼女の使い魔たちやエルフでないと目眩しを突破できないらしい。

 が、さすがに車の中に入って触れれば、馬車ではないとバレてしまう。


 リリは大人しく、黒猫を抱いてルーファスを待った。

 全員が揃ったところで、商談だ。



◆◆◆


ギフトありがとうございます!

『召喚勇者の餌』の完結お祝いも嬉しいです。

第二部再開まで、少しだけお時間をいただけると幸いです。


◆◆◆

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る