第72話 美味しい生活


 本日は、シャインマスカットのワインを飲みたがったルーファスのためにネットでまとめて注文した品が到着する日だ。

 ワインだけでなく、他に注文した品も大量に届く予定なので、午前中のうちに日本へ戻ることにした。

 魔法のトランクのお家にドアを呼び出して、リリはルーファスとナイトを手招きする。


「定期報告の連絡をするので、ルーファスは届いた荷物を回収してください」

「ああ、分かった。ついでに箱も開封しておくか?」

「そうですね。中身の確認もお願いします」


 黒猫のナイトとルーファスとは使い魔の契約を交わしたので、異世界に繋がるドアを自由に行き来ができるようになった。

 おかげで、荷物の回収やちょっとした雑用を片付けるのも、かなり楽になったと思う。


『ボクは何をしたらいい?』

「ナイトにはお家の周辺のパトロールをお願いします」

『分かった。任せて!』


 元気よく返事をすると、黒猫はルーファスの後を追って玄関に向かった。

 こぢんまりとした愛らしい外観をした『魔女の家』だが、意外と敷地は広いのだ。

 なにせキャンピングカーと軽ワゴンの他にも二台は駐車できるスペースがあり、さらに庭園まである。

 庭の片隅には温室もあった。

 曾祖母の趣味でハーブを育てていたと聞いていたけれど、ナイト曰く薬草園になっていたようだ。

 どうやら、異世界からこっそり薬草を持ち込んで増やしていたらしい。


(熱がひどい時におばあさまが飲ませてくれた、苦いお茶……あれはきっと異世界のお薬だったのね)


 涙が滲むほどに不味かったけれど、あれを飲むと不思議と熱は下がったので、我慢して飲んでいた。

 飲み干すと、頑張ったわねと甘い蜜を舐めさせてくれたので、それがささやかな楽しみだった。


(あれもおそらくは『聖域』産のハチミツね)


 薬草もハチミツも魔力を含んでいたので、口にすると楽になったのだろう。

 もっとも、ハチミツはすぐに舐めつくしてしまったようで、途中から貰えなくなってしまったけれど。


 ナイトはシオンの温室を見事に復活させてくれた。雑草を駆逐し、萎れた薬草に魔素たっぷりのお水と栄養を与えて、土を蘇らせてくれたのだ。

 リリの言う『お庭のパトロール』には温室のお世話と、庭にやってくる害獣の駆除、シオンの施した結界の確認作業が含まれている。

 重大任務だが、大魔女の筆頭使い魔だった彼は見事にこなしてくれていた。

 おかげでリリの負担も減って、とても助かっている。


 ルーファスは届いた荷物の開封と中身の確認に仕分けを手伝ってくれた。

 異世界にビニール袋や段ボール箱を大量に持ち込むわけにはいかないので、そういったゴミはまとめて日本で捨てることにしている。

 潰した段ボール箱を重ねて紐で結び、別荘地の共同ゴミ捨て場まで運ぶのがルーファスの任務だ。


 リリは二人が雑用を片付けてくれている間、『紫苑シオン』で扱う商品の仕入れや自分たち用の買い物をネットで済ませ、ついでに伯父一家への定期報告をこなす。

 今日は平日の午前中なので、通話はなし。

 メッセージアプリのグループを作っているので、そこに報告する。


「ええと、今日も問題なし。元気です……っと」


 すぐに既読がついて、返信がある。

 伯父と玲王レオは仕事、瑠海ルカは大学なので、伯母だろう。

 予想通りの相手から、相変わらずのテンションでの返信だった。

 まずはポーションのお礼、そしてオーク肉への感謝の言葉がつらつらと並べられている。

 その熱量が凄まじい。


「伯母さま、そんなにお肉料理が好物というわけではなかったはずなのに……」


 言葉を尽くしての大絶賛だ。

 なんと、従兄たちは残った角煮の取り合いにまで発展したらしい。大人げがない。

 海堂家第一次角煮戦争と名付けられた事態に陥ったようで、呆れてしまった。


(でも、それほど美味しかったから……仕方ないのかな)


 こってりとした肉料理が受け付けなかったはずのリリでさえ魅了されたのだ。

 角煮が大好物な従兄たちなら、それも納得か。


「料理長からの伝言もあるのですね。あの豚肉を定期的に購入したい、と。……ふむふむ」


 オーク肉と、それとコッコ鳥の肉と卵も所望されてしまった。

 魔獣肉は冒険者ギルドに依頼を出せば定期的に入手が可能なので、問題はないだろう。

 

(それに、料理長の肉料理に魅了された皆がダンジョンアタックに積極的なようだし……)


 多分、リリが頼んだら大喜びでお肉を狩ってきてくれると思う。

 対価は料理長が作った料理とすれば、絶対に断ることはないはず。

 リリにとっても美味しい展開なので、快諾しておいた。

 オークやコッコ鳥以外にも、美味しい肉が手に入ったら、お裾分けしよう。


「リリィ、片付けたぞ。数もあっていた」

「ありがとうございます」


 意外と律儀なドラゴンはきっちりゴミも出してきてくれたようだ。

 

『リリ、パトロール終わったよ!』

「ナイトもありがとうございます。では、ご褒美を買いに行きましょうか」

『やったー!』


 お仕事を手伝ってくれたお礼に、リリは二人をショッピングモールに誘った。

 自分たち用のパンとお菓子を仕入れる必要もあるので、昨日のうちに店には注文してある。

 六人の一週間分なので、かなりの量になるので事前連絡は必須なのだ。

 リリのストレージバングルだけでなく、ルーファスとナイトの【アイテムボックス】があるので、生クリームたっぷりのケーキを購入しても腐ることはない。安心して大人買いができるというもの。


「包んでもらっている間にカフェスペースでお茶を楽しみましょうね」

『ボク、あの黄色いクリームのがいいな』

「ナイトはカスタードクリームが好きなのね」

「俺はいちごのスイーツがいい」


 海堂邸で口にしてから、ルーファスはいちごも好物になったようだ。

 本日のルーファスは日本で手に入れた服を着ているため、このまま店に行っても悪目立ちはしないだろう。

 リリは赤毛の大男と黒猫をお供に、颯爽と軽ワゴンに乗り込んだ。



◆◇◆



 食パンを十斤、バターロールにクロワッサン、ベーグルを各五十個ずつ。フランスパンにバゲットも各十本ずつ、追加で菓子パンも購入した。

 メロンパンにチョココロネ、クリームパンにあんパンだ。

 目を輝かせてパンを眺めているルーファスに店員さんが試食用の菓子パンを食べさせてくれて、すっかり気に入ってしまったのだ。


(まぁ、おやつになるし、いいでしょう)


 他のお客さんのために買い占めないよう注意しつつ、相当な量を買い上げた。

 支払いはカードで一括。ポーションを伯父に買ってもらったので、資金には余裕がある。

 パン屋の次はケーキショップだ。

 前回と同じく、全種類のケーキを人数分注文してある。

 用意してもらっている間、リリとルーファスはカフェでパフェを堪能した。

 もちろん、姿を消した黒猫ナイトもしっかり味わったのは言うまでもない。


「この、パフェという菓子は素晴らしいな、リリィ! いちごの断面がとても美しい」


 笑顔でいちごパフェを頬張るイケメンの外国人はとても人目を引く。

 リリはモンブランパフェ、ナイトはチョコレートがたっぷりのエクレアを食べている。

 カスタードクリームがたっぷりのエクレアをナイトはとても気に入ったようで、追加でお土産に加えることになった。

 

 パンとケーキの大荷物は人目のない場所でルーファスが【アイテムボックス】に収納してくれたので、あとは気兼ねなくモール内でのショッピングを楽しむことにした。



◆◆◆


ギフトありがとうございます!


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