第71話 マスカットとソーセージ


 料理長渾身の角煮を堪能した後は、ルーファスが絶賛した日本産のフルーツを提供した。

 マスカットの王様、とリリが個人的に考えているシャインマスカットだ。

 一房が五千円以上はする。贈答品ギフトとして、海堂家にもよく送られてきていたので、リリの好物でもあった。

 熱にうなされていても、フルーツなら食べやすかったので、よく食べていたのだ。

 丁寧に水洗いしたマスカットを贅沢に一人、一房ずつ出してあげた。


「これ、ぶどう? こんなに大きなぶどうは初めて見た!」


 角煮フィーバーが落ち着いたセオはキツネの姿から獣人姿に戻っている。

 シャインマスカットを目にして、ぱっと顔を輝かせた。


「マスカットっていう種類のぶどうですよ。ルーファスもお気に入りなの」

「へぇ、ルーファスさまが!」

『うむ! これはとてもいいものだ』


 理性を取り戻したセオは恥ずかしそうに獣人へと変化したが、ルーファスは手乗りドラゴンのままである。


「ルーファスはそのままなのですか?」

『ああ、この姿の方が食べ応えがあるからな!』

「そう……」


 手乗りドラゴンよりもシャインマスカットの方が大きい。それはさぞ食べ応えがあるだろう。

 ほんの少しだけ羨ましいと思ってしまったけれど、等身大のマスカットを食べ切れる自信はリリにはない。


「まるで宝石みたいなぶどうですわね」

「ん、とっても綺麗」

「皮ごと食べられるのですよ」

「まぁ、そうなのですね」

「食べる」


 クロエとネージュはさっそくマスカットを頬張ってくれた。


「美味しいですわ!」

「あまい……」


 一口で気に入ってくれたようで、次々と口に放り込んでいく。


「瑞々しいのに、きちんと甘いなんて」

「とっても贅沢な味がします、リリさま」

「うふふ。美味しいでしょう?」


 リリも指先でつまんだ粒をぱくりと口にする。果実というよりジュースに近い。

 爽やかな酸味も感じるが、濃厚な甘さがとても強くて満足感がすごい。


『ふぅん。こっちにあるぶどうと同じ種類だと思えないくらいに美味しいんだねぇ』


 黒猫ナイトも気に入ってはくれたようだが、まだ冷静だ。肉食である猫の本能が強いのか、果物よりは肉が好きなようだ。

 マスカットの粒をボールのようにちょいちょい、と弾いて遊んでいる。


「ナイト。食べ物で遊んだらダメですよ?」

『はーい』


 リリが注意すると、尻尾をぴんと立てて、素直に謝ってきた。

 大粒のマスカットに小さな牙で齧り付く。

 もっちゃもっちゃと咀嚼して、『甘いねぇ』と瞳を細めている。


『このぶどうで作ったワインが飲んでみたいな』

『それは興味深い。果実の状態でこれだけ美味いのだ。素晴らしい酒に仕上がるに違いない』


 ナイトの思い付きにルーファスが反応する。さすが、お酒好きドラゴン。食い付きが早い。


「日本でもたしか、作っていたと思います。取り寄せてみます?」

『ぜひ!』

『このぶどうのワインなら、ボクも飲んでみたい』


 日本の酒は絶品だ、とルーファスも大絶賛していたが。

 

(これはひょっとして、お金儲けに繋がるのでは……?)


 女性客のみ受け入れている雑貨店『紫苑しおん』では売りにくいが、注文制で食堂や居酒屋のようなお店に売るという手もある。


(それか、ルチアさまに仲介してもらって、上流階級の方に売ってもらうのもいいわね……)


 辺境伯である彼女なら、シオンの曾孫であるリリを守ってくれながらも、上手にワインを捌いてくれそうだ。


 ちなみにセオはせっかく変化した姿がまたキツネに逆戻りしており、マスカットを抱え込んで食べていた。

 気に入ってくれたようで何よりだ。



◆◇◆



 いつもより早めに就寝したため、すっきりと目覚めることができた。

 ベッドには黒猫と、なぜか手乗りドラゴンが大の字になって眠っている。


「今までは店舗二階の自室かキャンピングカーで眠っていたのに……」


 日本で一緒に眠りについたことで、味を占めたのかもしれない。

 乙女の寝室に忍び込むなんて、これはお仕置きが必要だ。


「えいっ」


 呑気に仰向けになって熟睡している小さなドラゴンの頬を指先で突いてみた。


「起きない……」


 むにゃむにゃ、と口元を動かすけれど、眠ったままだ。

 ふむ、とリリは腕組みする。ならば、ずっとやってみたかったことにチャレンジしてみよう。

 急所のはずの、ぷっくり膨れたまん丸いお腹にリリは思い切って顔を埋めてみた。

 

(わぁ……! すべすべです)


 てっきり、ウロコが引っ掛かってゴツゴツした触り心地かと思いきや、意外なほどにつるつるしていた。ひんやりしており、触れた頬が気持ちいい。


「ワニ皮バッグよりも触り心地が抜群ですね」

『ワニと同列にされたら、さすがに泣くと思うよ、ドラゴン』


 呆れたような念話が送られてきて、リリは肩を揺らした。

 そうっと身を起こすと、先ほどまで丸まって眠っていたはずの黒猫が瞳を細めてこちらを見つめている。


「おはよう、ナイト。いい朝ですね?」


 何事もなかったかのように、リリは爽やかな笑顔を浮かべる。

 黒猫は空色の瞳を眇めたままだ。


「……オーク肉のソーセージを一本追加で」

『二本』

「くっ……! 分かりました、ナイトには特別に二本を追加しましょう」

「ニャア」


 商談は成立だ。

 黒猫はベッドの上で伸びをすると、ふさふさの尻尾の先で手乗りドラゴンの顔をはたいた。


『ほら、さっさと起きる! レディの身支度の邪魔をするんじゃないぞ!』


 きゅうう、と何やら不機嫌そうに鳴きながらも、手乗りドラゴンは起き上がった。


『おはよう、リリィ』

「おはようございます、ルーファス。ところで、どうしてここで眠っているのですか?」

『む……どうやら寝惚けたようだ、すまない』


 しおらしく頭を下げているが、目を合わせようとしない。これは怪しい。


『着替えだな、すぐに部屋を出よう』


 しゅばっと翼を広げると、ちびドラゴンは素早く飛んでいった。

 ルーファスの分のソーセージは一本減らしておくことにした。



◆◇◆



 オーク肉のソーセージは絶品だった。

 料理長のオリジナル配合のハーブとスパイスが良い仕事をしており、オーク肉の美味しさを上手に引き立ててくれている。

 リリはこのソーセージを水を少量入れたフライパンでボイルして、そのままパリッと焼き上げた。

 日本で買っておいたコッペパンにキャベツの千切りとオーク肉ソーセージを挟んだホットドッグを朝食に。

 ケチャップとマスタードは好みでかけてもらうことにして、美味しく平らげた。


「このソーセージ最高ですわー!」


 クロエが絶叫する。

 ネージュもこくこくと頷きながら、ホットドッグを頬張った。


「ボイルして焼いたから、皮の焦げ目が良い具合ですね。パリッとしていて、でも中身はとってもジューシーです」


 一口噛み締めるこどに、活力が溢れてきそうなほどに美味しい。

 角煮も素晴らしかったが、それとはまた違う味わいに感動する。


「このソーセージはバーベキューにして食べても絶品だと思います」

「バーベキューってなんですか、リリさま!」


 ぺろりとホットドッグを完食したセオが尻尾をぶんぶん振りながら尋ねてくる。

 好奇心ではち切れそうなほど、目がきらきらと輝いていた。


「野外でお肉や野菜を焼いて食べる料理、ですかね……?」


 実はインドアな箱入りお嬢さまなリリはバーベキューをしたことがない。


(あら? 私、バーベキューどころか、焼肉もしたことがないかも……?)


 ルーファスが懐かしそうに瞳を細める。


「野外料理か。シオンとよく食ったな。懐かしい」

「おばあさまと? もしかして、ダンジョンでキャンプ飯というやつでしょうか」


 それはとても楽しそう。

 わくわくしながら尋ねると、ルーファスではなくナイトがげんなりと肩を落とした。


『野外料理っていうか、焚き火で焦がした苦い肉を齧った思い出しかないよ、ボク』

「ああ……」


 そういえば、曾祖母は料理だけは苦手にしていたのだったか。


「直火で焼くのは大変そうなので、ちゃんと調理用の器具を用意していけば大丈夫ですよ」


 たぶん。自信がないので断言はできないが。

 バーベキュー用のグリルがあれば、庭でも楽しめるので、業務用の良さそうなものを注文しておこう。


「狩ったお肉をバーベキューで味わう。とても楽しそうです」


 ざわり、と使い魔たちが顔色を変えた。


「ダンジョンでリリさまと野外料理……」

「おいしいソーセージ……」

「ずるい。僕たちも一緒に行きたい!」

「え……?」


 戸惑うリリに黒白カラスとキツネたちが泣きついて、週末に『聖域』でバーベキューをすることになった。



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