第67話 商談です


 食後のデザートを堪能した後で、ふたたびリビングに集まった。

 念入りに人払いをしてあるので、今ここにいるのは伯父一家とリリ、ルーファスとナイトだけである。

 瑠海るかがドアに鍵を掛けたところで、商談は開始した。

 リリはストレージバングルから、ポーションを取り出して並べていく。


「これがダンジョンで手に入れた下級と中級のポーションです」

「うん、たしかに。先日、売ってくれた物と同じ色だな。容器も同じ」


 異世界の薬屋で手に入れたポーションは下級が十本、中級が一本。これらは以前に伯父に渡して、買い取ってもらっている。

 今日持ち込んだのは、どれもダンジョンでドロップした分だ。

 

「等級によってポーションは色が違うのか」

「そうなのです。下級ポーションは緑色、中級ポーションは青色。そして上級ポーションは……」


 もったいぶって、そっと取り出したポーションをことんとテーブルに置いた。

 無色透明の上級ポーションは虹色に輝く瓶に詰められている。


「まぁ。とっても綺麗ね。香水みたいだわ」

「香水の瓶というより、アンプルじゃないか?」


 感心したように呟く瑠夏るかの言う通り、ポーションの外観はアンプルの薬液にそっくりだ。

 密閉されたガラス製の小瓶バイアルで、先端に近い場所にある細くなった箇所を折って中身を飲み干すようになっている。

 不思議なことに、飲み干すと容れ物は空気に溶けるように消えてしまう。


「魔法のお薬ですよね……」

「素晴らしいわ」

「そんな素晴らしい魔法の薬だが、リリはどれほどの量を融通してくれるんだい?」


 伯父に尋ねられて、リリは笑顔で指を二本立てて見せた。ピースサイン。

 ぱあっと伯父の端正なおもてに喜色が浮かぶ。


「上級ポーションが二本⁉︎ さすが、リリだね。とてもありがたいよ」


 今にも両手ごと握手をされそうになるが、リリは微笑をたたえたまま首を振った。


「違いますわよ、伯父さま」

「うむ、そうだぞ。リリィの伯父上殿。俺とナイトが揃って、たったそれだけしか手に入れないなど、あるわけがない」


 腕組みをして、どっしりとソファに腰掛けたルーファスが自信満々に言い放つ。

 黒猫のナイトはリリの膝の上で丸まったまま、片目だけを開いてルーファスを一瞥する。


「まさか……」

「その、まさかですわ伯父さま。今回用意した上級ポーションは二十本です」

「二十本……!」


 いつもは鷹揚とした伯母もさすがに驚いたようで、ぽかりと口を開いている。


「シオンおばあさまからいただいたスキル【鑑定】で確認しましたが、本物です」

「下級のポーションはもう実際に使って試してみたのだろう?」


 ルーファスに尋ねられて、伯父は慌てて頷いた。品質はしっかりと確認したらしい。

 さすが海堂グループのトップである。

 可愛い姪の言葉だから、と。すんなり信じる愚かさはないようだ。


「研究所内のマウスで試用済みだ。リリの申告通りに切り傷、刺し傷に軽度の火傷にも効果があった」

「あれで下級とは驚いたぞ。一瞬で傷が癒えたからな。傷痕も残らなかった」


 伯父と一緒に玲王れおも目にしたようだ。


「中級ポーションもマウスに試したのですか?」

「一本しかない中級ポーションだからな、さすがにマウスに使うのはもったいなく思ってだな……」

「ちょうど、うちの持ち馬が怪我しちまったから、使ってみたんだ」

「持ち馬?」

「この人、馬主なのよ。その愛馬が転んで骨折してしまったと聞いたわ」

「それは大変です!」


 馬という生き物は骨折すると安楽死を選ぶしかないと聞いた覚えがある。

 歩けなくなると、血液が全身に回らなくなって心不全で苦しむのだとか。

 

「リリから中級ポーションを預かった翌日に、その報告があってね。すぐに駆け付けてポーションを飲ませたら……」

「骨折した足が元どおり! 内臓もついでに元気になったみたいで、けろっと起き上がって駆け回り始めたもんだから、皆驚いていたよ」

「骨折、治ったのですね。良かったです」


 中級ポーションは火傷や骨折、内臓の損傷も治せるというのは本当だったのだ。


「リリが買ってきてくれた中級ポーションのおかげで、助かったんだ。ありがとう」

「ふふ。どういたしまして。これで効能も確認できたというわけですね?」

「ああ、自信を持って人に勧めることができる」


 ちなみに上級ポーションは二十本あるが、途中の階層で手に入れた中級ポーションも十二本あった。


「どれも責任を持って私が引き取ろう」

「ありがとうございます」


 伯父が提示した買取り金額は、下級ポーションが一本十万円。中級ポーションが一本五十万円。

 そして、上級ポーションはなんと──


「一本、一千万。それでどうだろうか?」

「いっせんまん……」


 箱入りのお嬢さま育ちのリリにとっても、その金額は破格の高値だと思う。


「そんな金額でもいいのです?」

「当然だ。上級ポーションは欠損した四肢さえ生やすのだろう?」

「そうね、本当はもっと高くてもいいくらいだわ。失明した目も見えるようになるのでしょう?」

「……シオンおばあさまの手帳には、そう書いていました。外傷以外の、命に関わる病にも効果があると」

「日本……いえ、世界中を探しても、そんな薬はないわ。本当は億単位で取り引きしたいくらいよ」

「億単位……」


 こくり、と喉が鳴る。

 異世界に移住して、雑貨店『紫苑シオン』を経営し、それなりに稼ぐようにはなったが、さすがにそんな金額の取り引きは手に負えそうにない。


(でも、この上級ポーションがあれば、癌も治せる可能性が高い……)


 心臓の疾患はもちろん、脳梗塞などで麻痺した半身もどうにかなるかもしれないのだ。


「政財界を牛耳るご年配の方々は、地位も名誉も金銭も手に入れたけど。唯一、健康や寿命だけはどうにもならないものだから」


 ほほ、と優雅に伯母が笑う。


「高く売りつけてやるのも良し、恩を売るのもありなのよ。どちらにしろ、それだけのお金を払ったとしても、海堂家にとっては益になるの」

「もしかして、ポーションで認知症も治るんじゃないか?」

「ルカ兄、さすがにそれは……ある、のでしょうか……?」


 笑い飛ばそうとしたリリだが、ふと真顔になった。潰れた目や失った手足がにょきっと生えてくる魔法の薬なら、もしかするかもしれない。


「まぁ、そこらへんは濁しておきましょう」

「そうだな。持病を抱えたお偉いさんには何人か心当たりがある。せいぜい、いちばん高く『買って』くれる相手を探そうとしよう」


 楽しそうな伯父の様子にちょっとだけ引いてしまったのは内緒だ。

 家族や親類には優しい海堂家当主はパワーゲームが大好きらしい。


 くあっ、と欠伸をしたナイトがリリの膝の上でころりと横たわった。


『結局、どうなったの? いっぱい売れた?』

「おかげさまで、すべて引き取ってもらえました」


 大満足の商談結果に、自然と口元が綻んでしまう。

 下級ポーションが三十本、三百万円。中級ポーション十二本、六百万円。上級ポーションが二十本で、二億円。

 しめて、二億とんで九百万円の儲けだった。


 説明してみたが、日本円の価値を理解していない二人が首を傾げていたので、異世界金貨で計算してあげた。

 

「金貨二千九十枚分ですね。あ、大金貨の方が分かりやすいでしょうか」


 金貨は一枚十万円。滅多に市場には出回らないが、高額な取引の際に使用されるという大金貨は一枚が百万円相当とのこと。


「大金貨二百九枚か。たしかに、大金だな」

『ダンジョンで一週間こもっただけなのに、そんなにくれるの?』

「異世界ではともかく、魔法のない日本ではポーションはとても貴重で価値あるお薬なのですよ」


 一気に日本円が稼げたリリは上機嫌だ。

 さすがに金額が大きすぎるので、二億は伯母に管理してもらい、日本での商品購入資金に充ててもらうことにした。

 

(九百万円は山分けして、日本で散財しちゃいましょう!)


 料理長に任せたオーク肉の調理に時間が掛かるため、この日は伯父宅に泊まることにした。

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