第66話 オーク肉料理
伯父が帰宅するまでの二時間は、リリの異世界生活話で大いに盛り上がった。
雑貨店『
「まぁ! こんなに盛況なのね。素晴らしいわ。可愛らしいお嬢さんが喜んでくれている姿は眼福ものね」
「伯母さまチョイスのお洋服、とっても人気なのですよ」
「うふふ。店長もたくさん売れて喜んでくれているのよ」
ちなみに伯母のお気に入りのショップの店長には、サイズ別に大量購入される衣服はとある異国で委託販売をしていると説明していた。
(嘘ではないですね。異世界は異国ですし)
ワンピースだけでなく、最近はブラウスとスカート、コートにカーディガンなどのコーディネートを楽しめる服も売りに出す予定だ。
「……ところで、伯母さま。ルチアさまに贈るドレススーツはどのように?」
「うふふ。あと一週間ほどで仕上がりそうよ。本当はオーダーのお洋服だもの、仕上げ前に試着していただきたかったのだけど……」
「異世界から連れて来られませんから」
「残念だわ」
女辺境伯であるエルフの麗人のファンである伯母は心の底から残念そうに嘆息した。
「試着してくださったら、写真を送りますから」
「絶対よ、リリちゃん?」
「もちろん!」
動きやすく、見栄えのいいドレススーツを身に纏ったルチアはきっととんでもなく麗しいに違いない。
彼女が広告塔になれば、異世界の社交界であっという間に流行が広がるのは確実だ。
パンツスーツ姿でも華やかで女性らしい美しいラインは出せる。
美しく、気品のある、我が領自慢の辺境伯をリリも飾り立てたくて仕方ないのだ。
ひとしきりルチアの武勇伝を語ったところで、次は従兄たちにねだられてダンジョンについての質問タイムだ。
これは面倒だったので、ルーファスにお願いした。リリはこっそり撮影しておいたダンジョンの動画を再生する。
「これが異世界のダンジョンか!」
「あれはもしや、魔獣なのか?」
「ああ。ホーンラビットだ。リリィが毛皮を欲しがったから、たくさん狩ってきた」
「まぁ……。リリが欲しがるということは、質がかなり良いのかしら?」
伯母に尋ねられて、お土産として持参していたことを思い出した。
「ええ、素敵な触り心地なのです。家族でお揃いのマフラーや手袋に仕立てたくて持って帰ってきました」
魔法のショルダーバッグからホーンラビットの毛皮を取り出した。
色は白、黒、茶に灰色、白黒ブチ柄だ。
ダンジョンで倒した魔獣からドロップされる毛皮は肉や血なども排除され、綺麗に
目利きの伯母が手に取って、じっくりと観察した後、笑みを浮かべた。
「素晴らしいわね。仕立てるのは私に任せてもらっても?」
「お願いします。あ、家族の分以外にも、お店を手伝ってくれている三人の分もお願いしたいのですが……」
「ああ、クロエちゃんとネージュちゃんね?」
「それとキツネ耳の、セオだったか」
「ああ、セオだ」
従業員の三人は動画で撮影して、すでに皆に紹介してあるのだ。
背に翼のある白黒姉妹と尻尾つきのキツネ獣人である彼らのために、制服として送ってくれる服はすべて着やすいように穴を開けてもらっている。
「もちろん皆の分もお揃いで作りましょうね」
「ありがとうございます、伯母さま」
「それにしても異世界の動物の毛皮はとても上質なのね」
「リリィの伯母上が気に入ったのなら、俺がまたダンジョンで狩ってきてやろう。下層にいる真っ白の猫科魔獣の毛皮は人族の貴族の間で大流行していると聞く」
ルーファスの言葉に、リリも興味を持った。
毛皮のコートなどに興味はないが、ラグとして使うには良さそうだ。
「ユキヒョウみたいな魔獣なのでしょうか。気になります」
『なら、またダンジョンに挑戦すればいいよ! 気に入った階層に、魔法のドアを登録しておけば、いつでも来られるんだよね?』
ナイトも乗り気なようだ。
好戦的に尻尾をぱたんぱたんと左右に揺らして、うずうずしている。
「そうですね。そのうちに」
今のところ、伯父に頼まれたポーションも手に入れたことだし、しばらくはのんびりしたい。
「俺も行きたいぞ、ダンジョン」
「魔力がないから無理だな」
「俺も曾孫なのに……」
従兄たちが肩を落とすのを、ルーファスが気の毒そうに見遣っている。
ちなみに最初はルーファスのことを目の敵にしていた二人だが、本来の姿がドラゴンであることを教えてあげると、途端に態度が変わった。
さすが男子というべきか。ドラゴンに憧れが強いようだ。
長兄の
(ルカ兄、クールが売りだったから意外です)
ちなみに人の姿から、手乗りドラゴンに変化した際には従兄たちだけでなく、伯母も大喜びで抱き上げていた。
「兄上殿たち、向こうの世界では俺が命をかけてリリィを守るから安心してくれ」
「おお……! 我が同志よ!」
「そういうことなら、休戦だな。仲良くやろうじゃないか」
何故だか、そこで握手を交わし始めてしまった。意味が分からない。
首を傾げるリリを手招きして、伯母が苦笑する。
「おバカさんたちは放っておきましょう。それより、先ほど厨房に持ち込んだのは……」
「オーク肉です」
「ああ、やっぱり! とっても美味しかった、あのお肉なのね」
「料理長に託してきましたから、夕食が楽しみです」
「ええ、ええ。本当に」
魔獣肉の美味しさについてリリが熱弁しているうちに、伯父が帰宅したようだ。
忙しない足音と共に、リビングのドアが勢いよく開け放たれた。
「おかえり、リリ!」
「まぁ、伯父さま。逆ですよ? おかえりなさい。あと、ただいま帰りました」
「ははは、そうだな。元気そうで良かった」
ひとしきりリリを抱き締めて満足した伯父が、ふと傍らに座るルーファスに気付いた。
「君は、たしか異世界の……」
「シオンの盟友で、今はリリィの使い魔、ルーファスだ。よろしく頼む」
「こちらこそ、リリがいつも世話になっているね」
穏やかに笑みを交わしながら、握手する二人。
なぜか、あからさまに警戒していた従兄たちよりも微笑を浮かべた伯父の方が迫力がある。
呆れたように伯母が手を叩いた。
「さ、牽制はそのくらいにして。リリちゃんのお土産のお肉を味わいましょう」
「リリの土産?」
「それって、もしかして」
「オーク肉です!」
ドヤ顔のリリが宣言すると、わっと歓声が上がった。
◆◇◆
「コート・ド・ポール・シャルキュティエールです」
料理長、自らに給仕された一皿に、リリはほうっとため息を吐いて見惚れた。
それほどまでに美しく整えられた料理だった。
料理長には特別に手に入ったブランド豚肉だと誤魔化して渡しておいたのだが、フランス料理の一品として調理してくれたようだ。
オーク肉のソテー料理だが、味付けは繊細だ。
玉ねぎの甘味とピクルスの酸味、なめらかなジャガイモのピュレが肉の旨味を引き立てている。
コート・ド・ポールとは本来は骨付きの豚ロース肉を使うのだが、今夜のメインにはオーク肉の肩ロースを使ったようだ。
リリがそっとナイフを肉に当てると、バターのように滑らかに切れた。
ソースを絡めて、肉を口に運ぶ。絶品だ。
リリが作ったソテー料理とは比べようもない。
皆、うっとりと瞳を細めてオーク肉のソテーを味わっている。
「これは素晴らしいな。さすがだね、料理長」
「いえ。お嬢さまが持ち込まれた肉の品質が素晴らしかったのですよ」
「これは毎日でも味わいたくなるな」
「ああ。さすが、オー…んんっ、豚肉の差し入れをありがとう、リリ」
美食に慣れきった伯父一家が手放しで褒めてくれたオーク肉。
お土産に渡したブロック肉はまだたくさんある、と伝えると大喜びされた。
「リリ、ポーションだけでなく、この肉も定期的に買い取りたいのだが」
「ダンジョンで手に入ったら、また持ってきますね。値段の交渉はナイトとルーファスにお願いします」
「二人にかい?」
「はい。狩猟が得意なのはこの二人なので」
「分かった。後でじっくり語り合おう」
伯父の目が本気だ。それほどに気に入ったのだろう。ならば、交渉はしやすそうだ。
「実は、手持ちのオーク肉を料理長に調理して欲しいのです」
「ほう……? ちなみに何を頼むつもりなんだい?」
「オーク肉のチャーシューが食べたくて」
「オーク肉のチャーシュー!」
「あと、オーク肉の角煮も味わってみたいです」
「オーク肉の角煮!」
「それ絶対に旨いやつじゃないか……」
「ついでにベーコンやソーセージに加工してもらえたらな、と」
にこり、とリリが微笑むと、伯母も艶然と笑い、さっそく料理長を呼んでくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。