第68話 お土産


 その夜は久しぶりの自室で休むことにした。

 幼い頃から病弱でよく寝込んでいたために、リリのベッドは大きい。

 なので、黒猫と手乗りドラゴンと一緒に眠っても余裕である。

 そう、今夜は何とルーファスも同衾していた。人型から小さなドラゴンの姿に変化した状態で。

 異世界ではキャンピングカーや店舗二階の自室で眠っているルーファスと、初めて一緒に寝ることになったのだ。


『リリに引っ付きすぎだよ、トカゲもどき』


 横たわるリリの枕に同じように小さな頭を乗せて悠々としている手乗りドラゴンを、黒猫の尻尾がぺちりとはたいた。

 ふわふわの攻撃は何のダメージも与えられなかったようで、チビドラゴンはふすんと鼻を鳴らす。


『ふふん。俺がこうしてやらなければ、リリィの魔力が枯渇して、苦しむことになるからな。これは言うなれば医療行為のようなものだ』

『むぅ……!』


 ぱさぱさ、と少し膨らんだ状態の尻尾がシーツを叩く。

 ルーファスのことを怒りたいけれど、リリのことが心配なので、あまり文句を言えないのだろう。

 リリはふふ、と小さく笑うと、二匹をそれぞれ撫でてあげた。


「二人とも私の里帰りに付き合ってくれてありがとうございます。この家にいて、こんなに気分がいいのは初めて」

『……そうなの?』

「ええ。抵抗力が弱いから、すぐに風邪を引いて寝込んでいたもの」


 平熱が微熱状態だったので、学校もよく休んだ。与えられた自室は屋敷の庭がよく見える大窓があって、それがリリを慰めてくれた。

 ずっと、ベッドに横たわったまま眺めるしかなかった庭園をのんびりと散歩できたことが嬉しくて仕方ない。


 異世界から持ち込んだオーク肉料理もとても美味しかった。

 旺盛な食欲を見せるリリを目の当たりにして、伯父は涙ぐんでいた。伯父一家だけでなく、料理長もお手伝いの女性も涙目で喜んでくれた。

 食が細く、脂質を多く含む料理を受け付けなかったリリが笑顔で肉料理を口にして、おかわりまでしたのだ。

 それはもうすごい喜びようだった。

 良かったですねぇ、お嬢さま! 何度もそう繰り返して、ハンカチで目元を拭っていた。

 こんなに大切にされていたのだ、と再確認できて、今回の帰省は嬉しいことばかり。

 ポーションや素材などの戦利品も渡せたし、活動資金もたくさん手に入った。

 

「貴方たちがそばにいてくれたおかげです。ありがとう」


 両脇に陣取る二匹の額にそれぞれキスしてお礼を言う。

 ふわふわの毛皮の持ち主である黒猫のナイトはもちろん、ドラゴンのウロコもひんやりして意外と触り心地がいい。


(これはクセになりそう……)


 オーク肉の味見をして、すっかりその味の虜になった料理長が張り切って夜通し調理をしてくれるようなので、明日には完成品を引き取れるだろう。


(せっかくだから、お留守番をしている皆へのお土産を買って帰りましょう。それから、シオンおばあさまのお墓参りに)


 曾祖母の大好きだったユリの花をたくさん買っていこう。大切な相棒たちを連れていってあげれば、きっと喜んでくれるはず。

 

(私も、おばあさまにお礼を伝えたい)


 こんなに元気になったのよ、と笑顔で墓前に報告するのだ。

 心地よい魔力に包まれて、リリはうっとりと眠りについた。



◆◇◆



 朝食は焼き立てのクロワッサンとチーズオムレツ。滋味豊かな野菜スープにフルーツが添えられた。

 食卓には家族全員が揃っている。そこにゲストとしてルーファスと、黒猫ナイトの席があった。

 二人とも、ちゃんと同じメニューが並んでいる。

 伯父は最初、黒猫に人間の食事をなんて、とショックを受けていたが、彼が猫の妖精ケットシーという種族の使い魔であり、食事に関しては問題ないと説明すると、きちんと席を用意してくれた。

 おかげでナイトは空色の瞳を細めながら、幸せそうにオムレツを頬張っている。


「このオムレツ、とっても美味しいわね」

「ああ、いつもの卵よりも濃厚な気がするな」


 伯母と伯父が上機嫌で食べているのは、コッコ鳥の卵で作ったチーズオムレツだ。

 早朝、料理長に託しておいたものを使ってくれたのだろう。

 ダチョウサイズの卵に驚いていたが、料理長はこころよく受け取ってくれた。

 さすがに朝から豚肉料理は厳しいので、オーク肉はなかったけれど、コッコ鳥と持参した『聖域』産のベリージャムのおかげで、心もお腹も満たされている。

 めざとい従兄たちは何事かを悟ったようで、神妙な面持ちでオムレツを味わっている。


「うまい」

「なんの卵だろう……」


 ふふふ、内緒です。

 素知らぬ表情で、リリはフルーツに手を伸ばした。ぴかぴかに輝いている、黄緑色の宝石のようなマスカットをつまんで、ぱくり。

 甘くて美味しい。手が止まらない。

 『聖域』の魔素がたっぷり含まれたベリーは絶品だったが、日本産の高級果実はヘタなスイーツよりも美味しい。

 リリに釣られて、マスカットを口にしたルーファスが黄金色の瞳をかっと見開いた。


「なんだ、このぶどうは! 素晴らしく美味だな⁉︎」

「お、気に入ったか。なら、これも食うといいぞ、ルーファス」


 玲王レオが笑顔ですすめるのは、いちごだ。粒が大きくて、艶々のルビーのようなそれを差し出され、ルーファスはぱくりと口に含む。


「こんなに甘いベリーは初めて食ったぞ!」

「異世界にいちごはないのか?」

「いちごと言うのか、このベリーは」


 目を輝かせているルーファスをよそに、ナイトはクロワッサンを無心でかじっている。

 彼は果実よりも香ばしいパンがお気に召したようだ。

 面白がった従兄たちが、次々とルーファスに高級果実を与えていく横で、伯母はとろけそうな顔で黒猫を見守っている。


「ナイトちゃんはパンが好きなのね」

「ナイトはお菓子も好きですよ。クッキーやマフィンなどの焼き菓子に目がないのです」

「まぁ、じゃあお土産に持って帰るといいわ。うちにたくさんあるから」

「ありがとうございます。きっと、皆喜ぶわ」


 海堂家には大量のギフトが届くのだ。

 毎年、その消費に困って、まとめて近くの児童施設などに寄付していると聞く。

 施設には別のものを寄付しておくわ、と伯母がフォローしてくれたので、ありがたく頂戴することにした。



◆◇◆



 伯母から託されたギフト類は多岐にわたった。

 大量のクッキー缶にチョコレート、マドレーヌやフィナンシェなどの焼き菓子の詰め合わせだけでなく、高級茶葉にジュース、缶詰、高級ワインなど。

 これにはルーファスやナイトが大喜び。

 ストレージバングルの容量を心配するリリを見かねて、さっさと【アイテムボックス】に収納してくれた。

 もちろん、お土産はそれだけではない。

 料理長が一晩かけて作り上げてくれた、大量のオーク肉料理がある。

 寸胴鍋にたっぷり詰まった角煮。

 紐で縛られたままの自家製チャーシューはなんと五本もある。大きな塊肉のままなので、長い間楽しめそうだ。

 ベーコンは残念ながら燻製が間に合わなかったので、後日送ってくれるそう。その代わり、自家製のソーセージをたっぷり作ってもらえた。

 秘伝のレシピで作られたオーク肉ソーセージは味見した料理長があまりの美味しさに意識が遠のきそうになった、と冗談めかしていた逸品だ。


(たぶん、冗談じゃないですね……)


 こっそり【鑑定】したところ、超絶美味と褒め称えられていた。鑑定スキルさん大絶賛である。

 楽しみすぎるソーセージだ。


 料理長にはこの素晴らしい豚肉を定期的に注文したいと頼まれたので、手に入れば送ることを約束した。対価は調理した肉料理、ということで。

 料理長の腕前を知っているナイトとルーファスも大乗り気で「任せろ」と張り切っているので、今後も定期的に美味しいオーク肉料理が食べられそうだ。



 伯父一家に手を振ると、リリは晴れやかな気持ちで屋敷を後にした。

 

「シオンの子孫たち、面白い者たちだったな」

『そうだね。子はもう亡くなったようだけど、孫や曾孫は興味深かったよ』

「私の両親も紹介できると良かったのですが」

『海外にいるんだっけ?』

「ええ。シオンおばあさまの孫である父は、なんというか……少し変わっているのですが」

「そうなのか?」

「うーん……もしかして、シオンおばあさまと少し似た性格かもしれません。破天荒なところとか」

「ほう。それは興味深い」

『冒険者向きな性格なのかな』


 のんびりとした会話を楽しみながら、我が家を目指してドライブする。

 途中、日本産のフルーツを気に入ったルーファスのためにいくつか購入して、次に向かったのは曾祖母の眠る墓地だった。

 


◆◆◆


ギフトいつもありがとうございます!


◆◆◆

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