第61話 転移先に登録しました


 目的の上級ポーションを手に入れたので、二人と一匹はダンジョンを出ることにした。

 ダンジョンからの帰還は一瞬で済む。

 階層を繋ぐ転移扉に触れて、外に出たいと願えば、ダンジョンの入り口前に転移できるのだ。

 

「ダンジョンで大怪我を負っても、転移扉まで辿り着けたら助かる可能性は高い」

『そうそう。わざわざ来た道を戻る必要がないのはいいよね』

「収納スキルや魔法の収納鞄がない連中は、ドロップアイテムが溜まるたびに帰還しているようだぞ」


 ルーファスとナイトの説明に、リリは感心した。とても便利だ。

 ダンジョンは資源を提供してくれる、神の恵みだと本に書かれていたが、そんなシステムがあるならば、それも納得だ。


『二十階層では、ダンジョン内で好きなフィールドに転移ができる魔道具がドロップするらしいよ?』

「それはいいな。どうせなら、二十階層まで潜るか、リリィ?」


 せっかくのお誘いだが、遠慮した。

 ちょうど当初の予定通りの七日目でもあるし、帰りを待ち侘びている三人のことが心配だったので。

 それに──


「転移なら、もう出来ますよ?」

「そういえば、シオンの魔法の扉があったか」


 そう、レベルが上がったリリは魔法の扉に登録できる転移場所の件数が無事に増えたのだ。


「レベル15で、五箇所登録できるようになりました!」


 指を広げて、胸を張る。

 リリに際限なく甘い黒猫は「えらいよ、リリ」と鼻ちゅーで褒めてくれた。えへん。


「そうか。頑張ったな、リリィ」


 こちらも同じく激甘なルーファスがそっと頭を撫でてくれる。

 リリは上機嫌で指折り数えた。


「まずは『聖域』。二箇所目は雑貨屋『紫苑シオン』の二階を登録しています」

『じゃあ三箇所目は……』

「ふふ。ダンジョンの中、十階層を登録しました!」

「だから、ダンジョン内転移の魔道具が不要なのか」


 ルーファスが感心したような眼差しを向けてくるのに、笑顔で応えた。


「これでいつでもフロアボスに挑めますね」


 最初はダンジョンのそばを転移先に登録しようと考えていたのだ。

 だが、張り切ったルーファスとナイトがフロアボスの間へ周回を始めた際に、ふと思い付いたのだ。


(また上級ポーションが欲しくなった時に、ここまで通うのは大変ですよね……?)


 リリが低レベルの初心者ルーキーだったこともあり、ここまで辿り着くのに一週間もかかったのだ。

 レベルが上がった今、もう少し早く移動ができるようになったはずだが、それでも片道だけで数日は要するだろう。


(なら、フロアボス部屋の手前を転移先に登録すればいいのでは?)


 そう思い至ったリリはさっそく、転移扉の登録を試してみた。

 ボス部屋のすぐ前の場所は登録できなかった。

 何度か試してみると、セーフティエリア内だと登録することができた。


(たぶん、この魔法の扉は安全な場所にしか設置できないのね)


 転移した先にオークがいたら大変だ。

 ドアを開けるなり、攻撃されてしまえば、リリなどひとたまりもない。

 だが、セーフティエリア内だと、少なくとも魔獣に囲まれる心配はないのだ。


『すごいね、リリ! ダンジョン内に転移扉を設置するなんて考えもしなかったよ』

「ああ、すばらしい機転だ。さすがだな、リリィ。これでオーク肉が狩り放題だ」


 二人とも大喜びだ。

 扉を開ければ、すぐに美味しい肉が手に入る、と上機嫌。


「上級ポーションも忘れないでくださいね?」

「もちろん、ちゃんと持ち帰ってくるぞ!」

『任せて、リリ』


 いつでも十階層への転移が可能になり、リリも笑顔でダンジョンを後にした。

 ナイトを抱き上げて、ルーファスと手を繋いでダンジョンの外に転移する。

 シオンから受け継いだ魔法の扉と違い、転移扉は潜ることなく、触れておくだけでダンジョンの外に放り出してくれるのだ。


「……魔法、すごい」


 目を瞬きさせている間に、ダンジョンの入り口手前に移動していた。

 手を繋いだままのルーファスがとても良い笑顔で宣言する。


「さぁ、ギルドに戦利品を売りに行くぞ!」



◆◇◆



「たくさん稼げましたね」


 リリはほくほくしながら、手にした皮袋の中身に思いを馳せた。

 ルーファスとナイトは微笑ましそうに、頬を上気させて喜ぶリリを見つめている。


 冒険者ギルドに買い取ってもらったのは、ポーションと肉以外のドロップアイテムだ。

 大量の魔石をすべて、それと不要な毛皮やツノや牙などの素材はギルドに引き取ってもらった。

 ホーンラビットの毛皮だけはしっかり確保してある。皆でお揃いの手袋とマフラーを作るのだ。

 たくさん狩ることができたので、伯父一家の分もある。


「しばらくはお肉にも困りません」


 オーク肉だけでも、相当な量をドロップしたのだ。魔素をたっぷり含んだ魔獣肉はとても美味しいので、調理するのが今から楽しみだった。


「帰ったら、儲けを山分けしましょうね」


 一週間のダンジョンアタックで稼いだ金額は金貨十二枚と銀貨五枚。日本円にして百二十五万円ほどある。

 三人で七日間ダンジョンに引き篭もっての稼ぎだ。命を賭けて挑むので、これが高いのか安いのかは判断が難しいが──


(でも、今回私たちが挑んだのはダンジョンの浅い階層。下層に挑めば、もっとたくさん稼げるんですよね……)


 短期間でこれほど稼げるなら、高ランクの冒険者が金持ちだと言われる理由はよく分かる。

 おかげでダンジョン最寄りのジェイドの街は潤っているのだ。

 

(つまりは、うちの雑貨店も潤うということですね!)


 上級ポーションとレベル上げが目的だったけれど、冒険者として活動できたことで分かったこともある。

 この経験を活かせば、雑貨店『紫苑シオン』にも新たな人気商品を生み出せるはずだ。


「では、帰りましょうか。ルーファスに運転をお願いしても?」

「ああ、運転は俺に任せてくれ。リリィは疲れただろう? 後ろで休んでいるといい」

「ありがとうございます」


 人の少ない物影にまわり、ルーファスが【アイテムボックス】からキャンピングカーを取り出す。

 颯爽と乗り込むと、後部座席に腰掛けてシートベルトを装着した。

 運転手であるルーファスの言葉に甘えて、到着まで仮眠しようとブランケットを手に取ったところで、黒猫が膝に乗ってくる。


「ナイトも一緒に眠ります?」


 くすりと笑いながら、リリが首を傾げると、黒猫は甘えるように小さく鳴いた。

 膝の上で香箱を組むナイトの艶やかな漆黒の毛並みを撫でる。

 

『リリは魔法の扉で街に帰れるのに、どうしてボクたちに付き合ってくれるの?』


 空色の瞳で見上げながら、そんな風に尋ねられてしまった。

 魔法の扉は日本と異世界を繋ぐ、転移の扉だ。

 なので、転移先を登録したとしても、異世界内での転移はできない。

 たとえば、この場所から『紫苑シオン』に行きたかったら、まずは日本の家へと転移して、あらためて異世界にある『紫苑シオン』に転移し直す必要がある。

 二度手間ではあるけれど、少なくともキャンピングカーで移動するよりは早く、ジェイドの街へ戻れるのだ。


「でも、それをすると貴方たちとは別行動になってしまいますよ?」


 ルーファスとナイトがリリと一緒に移動するには、正式に使い魔の契約を交わす必要がある。

 契約にはきちんとした儀式を執り行わなければならないのだと、ナイトが教えてくれた。

 魔法の契約書には特別なペンとインク、他にも媒体として必要な素材や立会人も必須なのだとか。

 

「私たちは同じ冒険者パーティのメンバーなのでしょう?」

『……うん、それはそうだけど』

「なら、お家に帰るまでは冒険なのだから、一緒に帰りたいです。……ナイトは私と一緒は嫌ですか?」


 こてん、と首を傾げながら尋ねると、黒猫はヒゲの先を震わせた。


『ずるいよ、リリ! そんな風に言われたら、嫌だなんて言えないよ!』

「ふっ、ははは! お前の負けだな、ナイト。諦めて、リリィと一緒に眠るといい」


 寛大な運転手にお礼を言って、リリはシートを倒して目を閉じた。

 ダンジョン内の濃い魔素のおかげで、体調は良かったけれど、疲れは溜まっている。

 膝の上の黒猫の喉を鳴らす音と、心地よい重さとぬくもりに誘われるまま、リリは深い眠りに身を任せた。



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