第59話 十階層です
七階層のリザードマン、八階層のキラーベア、九階層のラージボアをルーファスとナイトがさくさくと倒してくれたおかげで、スムーズに十階層に辿り着いた。
十階層は洞窟フィールドだ。
ごつごつとした岩肌に囲まれた道が枝分かれしており、文字通りに迷宮のようだと思う。
まるでアリの巣のように複雑なエリアだったけれど、ルーファスもナイトも迷うことなく先を進んだ。
「地図を見なくても、行き先が分かるのですか?」
不思議に思ってリリが尋ねると、ルーファスが何でもないことのように頷いた。
「分かる。フロアボスの魔力を探せばいいだけだからな、簡単だ」
『いちばん魔力が大きいのを見つけるだけだからね。その魔力を目指して進めばフロアボスの間に到着するよ』
「なるほど……」
ドラゴンと大魔女の筆頭使い魔ともなれば、魔力探知も軽々とこなすらしい。
冒険者には【気配察知】という便利なスキル持ちもいるようで、とても羨ましい。
十階層はオークが棲息している。
初めて目にしたリリはそのグロテスクな外見に怯んでしまった。
二足歩行のオークはゴブリンと同じく、魔物にカテゴライズされている。
濃厚な魔素に侵食された野生の動物が変質して魔獣となるが、魔物は魔素溜まりと呼ばれる地から生まれ落ちる特別な種族だ。
オークは人と豚が混じった
頭部が豚で、二メートル近い巨躯を誇っており、刀身が曲がった大剣を手にしていた。
同じ魔物でもゴブリンは腰布を巻いただけの姿だったけれど、オークは革製の鎧のようなものを身に纏っている。
「リリィは離れているといい」
ルーファスがさりげなくリリの視界を塞ぐ位置に立ってくれた。広い背中が頼もしい。
『そうそう。リリは目を瞑っているといいよ。オークは肉は美味しいけれど、見た目が最悪なんだよねー』
肩に飛び乗ってきた黒猫の尻尾が優しくリリの顔を撫で上げる。
二人ともリリを気遣ってくれたようだ。
優しさに甘えて、リリはナイトを抱き締めて、そっとその背に顔を埋めてみる。
ふわふわの毛並みと、やわらかな香りに自然と顔が緩むのが分かった。
黒猫と戯れている間に、オークはルーファスがあっさりと倒してくれたようだ。
「リリィ、肉がドロップしたぞ!」
笑顔で塊肉を抱え上げる赤毛の大男を、黒猫が呆れたように見上げる。
『さすがにそれはないよ、ルーファス』
「……む?」
デリカシーがない、と黒猫に指摘されて、ルーファスはショックを受けたようだ。
お肉は好きだし、ドロップしたのは嬉しいが、さすがにもう少しだけ時間がほしいとリリも苦笑してしまう。
(オークって、もっと獣っぽいのだと思っていました……)
想像していたよりも人の姿に近くて、さすがに躊躇してしまう。
姿を知らないでいた時には、その串焼き肉を大喜びで食べていたのに、我ながら情けない。
(でも、お肉はお肉です)
ルーファスが手にしたオーク肉はどうやらバラ肉のよう。綺麗な赤身と白い脂身が層になっており、立派なブロック肉だ。
(三キロ分くらいはありそうですね……)
じっと眺めながら、鑑定。ダンジョン産オークのバラ肉。上質、美味と読み取れる。
「お歳暮でいただいたイベリコ豚のお肉に似ている気がします」
伯父宅に送られてきたお歳暮なのだ。最上級品であったはず。
それと同等──否、それ以上の肉質に見える。
自然と喉がこくり、と鳴っていた。
(二足歩行のオークには
これほどの品質のバラ肉なのだ。きっと、どんな風に調理しても美味であろうが──
「このバラ肉を使ったベーコンは、絶対に美味しいですよね」
『ベーコン?』
ぼそりと唇からこぼれおちた囁きに、黒猫の耳がぴくりと揺れた。
「きっとチャーシューにしても素晴らしいでしょう。ラーメンにちょいのせ……いえ、オーク肉のチャーシューならたっぷり盛って食べたいです。旨味がぎゅっと凝縮された味に仕上がりそう……」
想像して、ほう、とため息を吐くリリ。
いつの間にか、すぐ近くまで寄ってきていたルーファスが口元を手で覆って感動に打ち震えていた。
「ちゃーしゅー……知っているぞ、それ。リリィが食わせてくれた、にほんのらーめんに添えられていた肉だ!」
『あれ、柔らかくって、でもお肉の味が濃くて美味しかったよねぇ……』
黒猫ナイトも口元から、たりっとヨダレを垂らしながら瞳を細めている。
そう、ダンジョン内でのお昼休憩の時に、袋ラーメンで手抜きランチを出したのだ。
ぱっと作れて、美味しい日本のラーメン。
日本にいた時には揚げた麺は匂いだけで気持ちが悪くなって食べられなかったのだが。
リリは異世界に来て、ようやく味わうことができたのだ。
半熟卵と市販のチャーシューを追加して食べた、チープなラーメンの美味しかったことと言ったら!
リリはラーメンとスープに感動したが、ルーファスとナイトは更にチャーシューにも感動していた。
豚肉を使った普通のチャーシューがあれほどに美味しかったのだ。オーク肉を使ったチャーシューなら、どれほどの味に昇華されるのか。
想像するだけで、お腹が切なく泣き出しそうだ。
「ああ……でも、待って。チャーシューも素晴らしいけれど、きっと角煮にしたら想像を絶する味になると思います」
「かくに」
『それは知らないね。美味しいの?』
食べたことはないけれど、何だか素敵な響きだとナイトのヒゲがぴんと立った。
「豚肉を角切りにして、香味野菜と調味料でじっくりことこと煮込む肉料理です。私も食べたことはないのですが、従兄たちの大好物で、それはもう、ほっぺたが落ちそうになるくらい美味だとか」
「おお……!」
『それはすごく気になるね。リリ、作れるの?』
「持ち込んだ料理本にレシピがあったと思います」
レシピがなくても、日本に帰った際にネットで調べればいい。
角煮。こてこての豚肉料理なため、今まで口にしたことはないが、とろけるような表情で味わう従兄たちの様子から、それがとても美味しいものであることは理解している。
自分では食べられない分、リリはグルメ小説や漫画をよく読んでいたが、登場人物は皆、角煮を絶賛していた。
(オーク肉の角煮、ぜひ食べてみたい)
そう考えながら、あらためてルーファスが抱えたままのドロップ肉を見据える。
先程までは「食べられないかも……?」なんて考えてしまったオーク肉が、なぜか今はとても美味しそうに見えるのが不思議だ。
「作りましょう。角煮にチャーシューを!」
「おお! 作ってくれるか、リリィ!」
『リリ、リリ! ベーコンは? ボク、ベーコンも好きなんだけど!』
「ベーコンの作り方は分かりません……」
あれは素人が手作りできるものなのだろうか、とリリは首を傾げた。
だが、彼女には伝手がある。
「私は作れませんが、伯父の家の料理人に任せれば、きっと美味しい加工肉を作ってくれると思います」
海堂家の料理人なのだ。
五十人を越す客人をもてなすホームパーティでも腕をふるっていた彼なら、きっと美味しいオーク肉料理を作り上げてくれるに違いない。
「そうか。なら、ここでオーク肉を大量に手に入れなくてはならないな」
『だね! ベーコンにちゃーしゅー、かくにのために十階層のオークを殲滅するよ、ルーファス』
「任せておけ」
やる気を出した二人を、リリは頼もしげに見詰める。
忌避感はどこへやら。ルーファスから預かったオーク肉をリリはいそいそとストレージバングルに収納して、自分でもクロスボウを構える。
「オーク狩りです!」
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