第58話 使い魔になりたいようです


 日中はダンジョンでの魔獣狩りとリリのレベル上げに励み、夕方になるとセーフティエリアから離れた場所に魔法のトランクを展開して、ホームで過ごした。

 ちなみにルーファスだけはキャンピングカーで夜を明かしている。


 家の中に異世界へと繋がる転移扉を出せば、一瞬で日本へと戻ることができた。

 なので、リリはダンジョンにいながら毎日きちんと伯父家への報告も欠かさなかったし、通販で届いた荷物も受け取っている。


 食材は大量に持ち込んでいたが、手抜きをしたい夜は日本で購入した冷凍食品や従兄がくれた缶詰で簡単に済ませた。

 魔素を含んだ食材を食べると、魔力の回復も早くなるけれど、幸いここはダンジョン。

 『聖域』よりも魔素が濃厚なので、たまに日本の食事で済ませても特に支障はなかった。

 それに──


「おお、すごい魔道具だな、リリィ。もう一度見せてくれ」

「それはいいですけど、重いので頭に顎を置かないでください、ルーファス」


 食後のひととき。

 紅茶を飲みながら、曾祖母の写真や動画を眺めるのがリリたちの恒例となっていた。

 当然のようにルーファスの膝に座らされた状態で。抱き枕ならぬ、ぬいぐるみ扱いに近い。

 不満を訴えるリリを背後から抱き締めた体制のまま、赤毛の大男は首を傾げる。


「だが、リリィの頭の位置がちょうど良いのだ」

「重いです。あと、髪の匂いを嗅ぐのはやめてくださいセクハラです。……処しますよ?」

「わはは。ビリビリするぞ!」


 セクハラ許すまじ。

 リリは遠慮なく『雷撃』の魔道具を赤毛の大男に使ったのだが、痛がるどころか、くすぐったそうに笑われてしまった。


(おのれドラゴン。なんて丈夫なんでしょう)


 ゴブリン相手に全力で使った時には、跡形もなく消し飛んだのに。


 ルーファスにとってはこの魔道具での攻撃は整体の電気治療と変わらないらしく、瞳を細めて愉しんでいる。最悪だ。

 リリがぷんぷんと怒ってみせても、この赤毛のドラゴンは嬉しそうに破顔するだけで。


「そう怒るな、リリィ。俺と触れ合っていると、魔力の回復も早くなるだろう?」

「う……それはそうですけども」


 魔獣のお肉料理を食べた時と同じくらいに、ルーファスをイスにすると体調が良くなるのだ。

 そのくらい、ドラゴンから発せられる魔素は濃厚なのだろう。

 最近では「俺と一緒なら、にほんでも支障なく行動できると思うぞ?」なんて図々しい発言までするようになってしまった。

 魔力枯渇症に苦しめられることなく日本で過ごせるのは、魅力的な提案ではある。


「でも、こちらの世界の人や動物は、魔法のドアを通り抜けることはできないんでしょう?」


 初めて異世界に足を踏み入れた際に『聖域』で開け放したままだったドアは、小さな虫一匹通り抜けることはできなかったのだ。


『ボクたちが異世界に行く方法はあるよ、リリ』


 お茶請けのスコーンを幸せそうにかじっていた黒猫がふと、口を挟んできた。

 口元を菓子くずで汚したままの姿で、ふすんと鼻を鳴らすナイト。


『リリと正式に使い魔の契約を交わせばいいんだ。そうすれば、ボクはリリの所有物とみなされるから、転移扉で異世界まで飛べるようになる』


 所有物という言い方はあまり気分が良くないが、そういう裏技的な意味があるのだろう。

 

「ナイトはそれで連れて行けそうだけど、ルーファスは無理なのでは?」

「なぜだ、リリィ⁉︎ ナイトばっかり、ずるい!」


 わっと叫ぶと、リリの頭にぐりぐりと頬をこすりつけてくるルーファス。とても鬱陶しい。


「だって、ドラゴンじゃないですか。そんな立派な生き物を使い魔になんてできませんよ?」

「俺はリリィの使い魔として一生を捧げるぞ⁉︎」

「一生はちょっと重いです」

「なぜ!」


 ドラゴンの一生って、どのくらいなのだろうか?

 ふと疑問に思ったが、追求すると藪蛇になりそうなので、そっとスルーした。

 見た目は愛らしい黒い子猫姿のナイトだって、二百年以上生きているようだし。


「ドラゴンにとっては、リリの寿命に付き合うくらいは、瞬きするような時間と等しい。人の命ははかないのだから、せめてずっとそばにいたいんだ」

「……少しの間なのだから、使い魔になっても平気ってことなのですね?」

「うむ! 自分で言うのも何だが、俺は強いから役に立つぞ?」


 強いと胸を張るが、リリは知っている。

 ルーファスが泣き虫ドラゴンだということを。


 それに、かわいい黒猫ならともかく、派手な色彩のイケメンを日本へ連れて行くとなると、色々とうるさくなるのは確定だ。

 伯父はともかく、伯母と従兄たちが。


(従兄たち、私に近付く異性はすべて害虫扱いしていたから……)


 ちなみに伯母はイケメンや恋バナが好きなので、きっとルーファスを連れて行けば目の色を変えて大喜びするとは思う。

 歓迎はしてくれそうだが、それ以上に色々と追求されそうで面倒だ。


『ボクもにほん、行きたいなあ……』


 ぽつり、とナイトがつぶやく。

 まんまるの青い瞳は日本から持ち込んだノートパソコンの画面に釘付けだ。

 流れている動画は一族が集まった、曾祖母シオンの誕生日パーティを撮影したものだ。

 たくさんのご馳走を前に笑顔のシオンが映っている。ホールケーキいっぱいのロウソクを吹き消して、楽しそうに笑っていた。


 懐かしそうに、愛おしそうに細められる瞳。

 リリはきゅっと唇を噛み締めた。

 ルーファスの膝から降りると、そっと黒猫を抱き上げる。


「そうね。ダンジョンから戻ったら、一緒におばあさまのお墓参りに行きましょうか」

『……いいの、リリ?』


 使い魔の契約のことだろう。

 お墓参りと聞いて嬉しそうに瞳を細めたが、はっと顔を上げた。

 遠慮がちに見上げてくる。リリに負担を掛けたくないという、いじらしい気持ちが伝わってきて、胸がきゅっと熱くなった。


「いいですよ。むしろ、私の方こそ心配です。私なんかの使い魔になってもらってもいいのですか?」


 こてん、と首を傾げながら腕の中のぬくもりに尋ねると、黒猫は高らかに鳴いた。


『喜んで!』



◆◇◆



 ダンジョンから戻ったら、あらためて使い魔の契約を交わすことを決めた。

 俺も行きたい、と駄々を捏ねまくったルーファスともダメ元で契約の儀式を試してみるつもりだ。


『成功するかは分からないよ? これまでドラゴンを使い魔にした魔女なんていないんだから』

「シオンでさえ、ドラゴンの使い魔はいなかったからな」

『分かっているなら、加減しなよ? リリに負担が掛かるようなら意味がないんだからね!』

「分かっている。ちゃんと考えているんだ、これでも」


 使い魔契約を交わせると決まってから、二人はとても機嫌がいい。

 

(そんなに日本に行ってみたいのかしら)


 シオンの暮らしていた日本という国に、興味津々なのだ。

 お墓参りをしたいのはもちろんだが、多分それだけが理由ではない。リリが時折食べさせてあげている、日本の食べ物が目当てなのだと思われた。


 ともあれ、それもダンジョンから帰宅してからの話である。ダンジョンブートキャンプは一週間を予定しており、残り三日。


 目的は十階層への到達だ。

 目当ての上級ポーションは十階層のフロアボスからドロップするらしい。

 五階層のフロアボスはルーファスとナイトが弱らせて、リリがとどめを刺した。

 ドロップアイテムは中級ポーション。

 何度も五階層のフロアボスであるオークに挑戦して、中級ポーションは五本ほど手に入れてある。


(でも、本命は上級ポーションなのです)


 ようやく七階層に到着したが、レベル10のリリにはそろそろ厳しいフィールドだ。

 レベルアップのたびにステータスの値は上昇したが、七階層に現れるのは頑丈なウロコを持つリザードマンなのだ。


「困りました。魔法のクロスボウでは倒せないみたいです……」


 リザードマンのウロコには魔法に耐性があるようで、魔力でつくりあげた矢では射抜くことができない。

 『雷撃』の指輪で攻撃してみるも、皮膚の表面を少しだけ焦がしただけで、リザードマンはけろりとしている。

 これは無理そうだ。早々に白旗を掲げたリリは素直に二人に場を譲る。


 可愛くて忠実な黒猫はリリの護衛としてそばに残ってくれた。

 赤毛の大男は無造作にリザードマンに近寄ると、大剣を頭上から叩き付ける。

 日本刀と違い、この世界の剣は「切る」よりも「叩く」や「貫く」方に特化しているようで、ルーファスの攻撃により、頭をかち割られたリザードマンは呆気なくドロップアイテムに変化した。

 ドロップしたのはワニのそれと似た皮と翡翠色の綺麗な魔石だ。

 お肉でなくて良かった、とこっそり考えてしまったのは内緒である。



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