第57話 コッコ鳥とゴブリン
タルタルソースに魅了された二人は張り切って、ダンジョン内を闊歩した。
コッコ鳥を狩りたいがために、三階層の魔獣をさくさくと倒していく。
洞窟フィールドにはコウモリの魔獣がいたが、ナイトの魔法の前では敵ではない。
夜空の色の瞳で彼が一瞥するだけで、ぼとぼとと地面に落ちてドロップアイテムに変化していく。
リリにはナイトが何をしたのか、まったく理解できなかった。
おそらくは、何らかの魔法を使ったのだろうが、発動したかどうかも分からない。
さすが、大魔女の筆頭使い魔の名は伊達ではなかったようだ。
ルーファスは薄暗い洞窟内でリリの手をご機嫌で引いてくれ──結局、一度もコウモリの魔獣を倒すことなく、三階層を踏破した。
◆◇◆
四階層は青空の下、草原フィールドだ。
ここに二人の目当てのコッコ鳥が棲息している。
コッコ鳥は見た目はニワトリにそっくりな魔獣だ。ただし、大きさは普通のニワトリの倍ほどある。
鋭い蹴爪やクチバシで攻撃してくる、実に厄介な魔獣だったけれど、このコッコ鳥も二人にとっては『オイシイ』獲物でしかなかったようで。
「ほう、この俺に向かってくるか。面白い」
『肉と卵をさっさと落としてよね!』
殲滅する勢いでコッコ鳥を狩り尽くし、肉と卵を手に入れてくれた。
あまりの張り切りように、リリは二人の後をついて歩き、ドロップしたアイテムを黙々と拾う役割に徹するしかなかった。
相手が魔獣でなければ、弱いものいじめにしか見えないほど、ルーファスとナイトは恐ろしく強い。
(ドラゴンと大魔女の筆頭使い魔だものね……強いのも納得だわ)
リリの前では、彼らは可愛い黒猫と気のいい赤毛の大男。
それが偽りの姿だとは思わないけれど、違う一面は誰しもが持っているものなのだ。
「まぁ、二人が代わりに戦ってくれているので楽ですが、私のレベル上げは……?」
ついつい恨み言をつぶやけば、二人は我にかえったようだ。顔を見合わせて、それからバツが悪そうな表情でリリを振り返る。
「すまない。つい、頭に血が昇ってしまった」
『リリ、ごめんね? ボクも久しぶりの狩りが楽しすぎたみたい』
申し訳なさそうに謝られてしまう。
反省しているようなので、リリは鷹揚に頷いてみせた。
「許します。でも、次の階層は私も戦いますからね?」
「もちろんだ。リリィをフォローすると約束しよう」
『危なくなったら、絶対に助けるからね?』
「よろしくお願いします」
濃厚な魔素のおかげで、魔力が身体中に満ちているのだ。
「今なら、たくさん魔法を使っても平気そうです」
「それは頼もしいな」
『さすが、リリ! シオンさまの曾孫だけあるね』
「余力があるなら、そのまま下層へ行こう」
三階層に引き続き、四階層でもドロップアイテムを拾う仕事しかしていなかったリリは体力も魔力も有り余っていた。
そのまま五階層へと続く階段を降りていく。
「五階層も平原なのですね」
ススキに似た草に覆われた、見渡すかぎりの草原フィールドだ。
かろうじて草が踏み締められた小道があるので、そこを歩くことにした。
地図で確認したところ、まっすぐ北を目指すと、六階層への転移扉に辿り着くようだ。
五階層にはゴブリンが出没する。
緑色の肌をした小鬼のような姿をしており、棍棒で襲い掛かってくるらしい。
魔物図鑑で予習していたので、ゴブリンが襲ってきた時にも動揺することなく、落ち着いて対処することができた。
ホーンラビットを倒したことで、またレベルが上がったリリは魔法の武器であるクロスボウを連射できるようになり、五匹ほどの群れを余裕で迎え撃てた。
地面に落ちた緑色の魔石を拾い上げる。
「ゴブリンは魔石しかドロップしないんですね」
「たまにコインを落とす個体がいるらしいが……」
『今日はいなかったねぇ』
コインがドロップしなかったのは残念だが、魔石も冒険者ギルドが買い取ってくれるそうなので、良しとする。
せっかく頑張って倒したので、少額でも稼げるのは嬉しい。
そこから先も、リリは危なげなくゴブリンを倒すことができた。
魔法のクロスボウのおかげで、さくさくと倒せる。
たまに、すり抜けて近寄ってくる素早い個体も、『雷撃』の指輪で仕留めることができた。
緑色の魔石のドロップが四十を越えたところで、転移扉のあるセーフティエリアに到着する。
「少し早いけれど、お昼休憩にしましょうか」
『賛成! リリ、さっき獲ったコッコ鳥の卵と肉で何か作ってくれると嬉しいなー?』
にゃあーん、と愛らしく鳴きながら、黒猫がすり寄ってくる。
上目遣いで、あざとく小首を傾げてのおねだりだ。演技と分かっていても可愛いらしい。
リリは笑顔で黒猫を抱き上げた。
「いいですよ。私も味見がしてみたかったので」
魔法のトランクの
ルーファスが収納していたキャンピングカーを取り出してくれたので、皆で中に入る。
『ちゃんと片付けているようだね。感心感心』
足取りも軽く、中を確認していくナイトを、ルーファスは憮然とした様子で睨み付ける。
「当然だ。ちゃんと車内は生活魔法で綺麗にしている」
運転席上のベッドルームはルーファスには狭すぎたようで、後部座席のシートを倒したベッドで眠っているらしい。
律儀に毎朝、ベッドからシートに戻して【アイテムボックス】にキャンピングカーを収納していたようだ。
飲み食いはしていないようで、備え付けのミニキッチンは綺麗なままだ。
冷蔵庫には飲み物や生菓子を入れてあったが、そちらも手付かずだった。
「リリィの手料理で充分満足しているからな」
ふ、と口元を綻ばせながら、そんな風に褒めてくる。
『心配しなくてもいいよ、リリ。ドラゴンは本来、魔素を吸収するだけでも生きていける幻獣なんだから』
「なら、私の料理は嗜好品?」
『ニンゲンで言うところの、お酒や菓子みたいなものじゃない? それがなくても生きてはいけるけれど、美味しくて手放せないってやつ』
「なるほど、嗜好品ですね。光栄です」
美味しいと思って食べてくれているのならば、作り甲斐があるというもの。
「では、コッコ鳥のお肉と卵を使った昼食……そうですね、親子丼を作りましょう」
おお、と二人が目を輝かせる。
期待に満ちた眼差しを向けられて、くすぐったい気持ちになりつつ、調理を開始する。
魔法の家のキッチンと比べると、キャンピングカーの設備は心許ない。
備え付けのテーブルを調理台がわりに使い、コッコ鳥のドロップ肉を一口サイズに切り分けていく。
「ルーファスは玉ねぎを切ってください」
「任せてくれ。包丁を使うのも慣れてきた」
あらゆる毒耐性があると豪語していたドラゴンさんには玉ねぎ係を任せた。きっと彼なら、玉ねぎに泣かされることはないだろう。
リリは底の深いフライパンで肉を炒めていく。
ルーファスが切ってくれた玉ねぎも追加して、しんなりするまで火を通した。
メインの味付けは麺つゆだ。それだけでも充分だけど、リリは料理酒とみりんを追加する。
アルコールが飛ぶと、まるみのある甘さに仕上がるのだ。
卓上の魔道コンロでくつくつと煮込むと、頃合いを見て溶き卵を半量、流し入れる。
卵が半熟になった頃合いで、残りの溶き卵を追加して、フライパンの火を止めた。
「うん、いい感じです」
火を通しすぎてしまうと、ふわとろの半熟卵を味わえなくなってしまうので細心の注意を払って、見極めた。レシピは覚えていたけれど、作るのは初めてなので緊張する。
「今日のご飯はレトルトです」
今から土鍋で炊くのは面倒なので、キャンピングカーのレンジで温めたご飯を丼鉢によそう。
ほかほか、つやつやのお米だ。
フライパンの中身を移して、『聖域』で採取した三つ葉を飾れば、コッコ鳥の親子丼の完成です。
「我ながら、良い出来です」
初めて作ったにしては、なかなかのもの。
リリは上機嫌で親子丼をスマホで撮影する。
そわそわと落ち着きない様子にくすりと笑いながら、リリは二人にレンゲを手渡してあげた。
「どうぞ、召し上がれ」
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