019-袋叩きされました


「側付き殿のご指導を受けたい者は挙手し申告せよ」


 アイゼンは喬也の心の叫びを気に留めることもなく、冷静に周囲へ促す。


「…志願はなしか」

「あの、今回は聖女様の道行きへ同行するよう命を受けて参った次第ですのでこのような———」

「我々ゲイオムもセレスティア様の御身をお守りする任に就くことは多々ある故、平時から危険を退けてきたであろう貴殿の技を会得したいのである、ご理解いただけるな?」


 喬也はどうあっても彼らの修練を行わねばならないらしい。冒険者ギルドで才能のなさを突きつけられ打ちのめされたところに得体のしれないエンツォが現れ教会に連行されただけでも十分に精神的負担がかかっていたというのに、これ以上はハードワークもすぎるというものである。


「———でしたら、まずお一人だけお願いいたします」


 喬也は諦めるよりほかなかった。

 しかし今回の諦念は決して消極的だけで占められているものではない。


(俺は実戦も経験しなきゃならなかったんだ。ちょいと早まっただけだと思っておくしかねーな)


 喬也は元々、【逃げ延びる】ために魔法を必要としている。【九段の聖女】とやらが襲ってきた時、迫り来る凶刃を躱し降り注ぐ攻撃魔法を防ぐための手段が熟達した魔法であるというだけである。

 それならば、【竜殺しの英雄】として祭り上げられている現状は訓練としては好都合である。


(レッドドラゴンとやらを倒したことになってる俺なら、多少本気で向かってくるはず)


 やがてやってくる本番は、喬也の命を狩るつもりの一撃が否応なく叩きつけられるものである。それには遠く及ばないかもしれないが、【死ねる攻撃】を受ける機会としては不足ないものだ、と強引に決着をつけて精一杯の余裕を醸し出す。


「左様か。ならばマルセロ、貴公がいいだろう」

「はっ」


 マルセロと呼ばれた聖騎士は、一言で言うならば巨人であった。

 それなりに身長がある喬也でも見上げなければならないほどに聳え立つ体躯は軽く二メートルを超えている。高みから見下ろしてくるその双眸に感情はない。


(絶対ピンクオーラのマッチョさんより凄ぇよこの筋肉)


 マルセロの肉体を目の前に鍛え上げられたというよりも、鍛治師の槌で打ったというほうがしっくりきてしまう喬也は早くも戦意を手放した。その内心はまるで彫刻作品を鑑賞する美術商のようである。


「側付き殿、くれぐれもマルセロは銅級であり銀級昇格試験を控えた身である。側付き殿の実力には見合わぬかもしれないが、ご容赦願う」

「———分かりました。私も本日はかなり疲れていますので、ご期待に添えないと存じます。剣のみでよろしいですね?」

「もちろん、側付き殿にお任せする。ご随意になされよ」


 しかしながら、喬也が戦意を削がれたのにはもう一つ理由がある。


(にしてもこいつら、感情隠すの下手かよ)


 喬也の持つ魔神眼で捉えているオーラは、主に三種類である。

 過半数を占めているのが白だ。白は基本的に肯定的な色であるとリサーチできている。憧れや期待など、【嬉しい】【楽しい】などの感情に紐づくことが多く、何よりセレスティアの治癒魔法も純白すぎるほどである。ただし例外もあり、ごく稀だが他人に偉そうに説教を垂れる者にも白いオーラが滲んでいた。これまでの旅路で一人だけ見かけたパターンだったが、今回の状況なら当てはまる者はいないはずである。


(『俺が側付きより強いことを見せつけてやる!』的な人なら最初から立候補してんだろ)


 次に見られるのが、赤と青である。

 喬也が見てきた中で赤は怒りや殺意などの激情に関連することが多いのは認めるところだが、今回はそのタイプではないと推測する。

 というのも、赤には闘争心や情熱なども含まれるからだ。まるで闘牛士の翻す赤い布のような意味合いである。

 どす黒い感情が元になる赤いオーラは、明度が下がるという特徴がある。単純に言えば暗い赤になりやすい。明るさや鮮やかさが増せば増すほど、ポジティブな感情を抱いている可能性が高まるのである。

 そして青についてだが、喬也としても実際にはあまり見かけることはなかった。

 というのも、凡そ街の中では赤と対になって見かけることがあったという程度だからである。

 怒り狂った酒場の客が酔ったまま店員に詰め寄って文句を言っているときや酒場の店員がミスをしてオーナーに叱られているときなど、言い募る側が赤いオーラを纏っている時に高確率で他方が青いオーラを浮かべているのである。

 これから推測するに、喬也のなかでは【冷静】【恐怖】などの感情が青いオーラの根幹となりやすいと考えているのである。


(ま、多分青のヤツらは『お手並み拝見』ってなとこか)


 しかし、喬也をこの場に連れてきたアイゼンと目の前で仁王像よろしく立ちはだかるマルセロだけは、他の聖騎士らとは明らかに異なるオーラを発している。


(お二人とも、真っ黒ってのは中々極まってませんかね?)


 この世界に喚ばれて以降黒い魔力にはいい思い出がない喬也は、兜で表情が読まれずに済むことを幸いに眉を顰める。

 記憶に新しい怨敵との戦いもそうだが、黒いオーラは叛意や破壊衝動など、文字通り黒い感情を如実に表している。もちろん慣用句的に【闇が深い】というときのような、絶望や挫折などが背景にある場合も存在するが、彼らからは人生を諦めたような雰囲気を感じ取ることはできない。代わりに感じ取れるのは、訓練だろうが何だろうが構わず殺してやるぞと主張する悪意である。


(こりゃ間違いなく殺したがってんぞ?実力がバレてるってことかもしれねーな…)


 喬也が元の世界で読んできた数々のバトル漫画では、立ち姿やその佇まいだけで強さを測れる猛者たちがたくさん登場していた。

 喬也自身は肉体の運動機能だけを見れば十分戦えるレベルであると自認しているが、それは絶えず発動させている身体強化の魔法のおかげでしかない。

 戦闘や剣の扱いについては誰からも教えを乞うたことはなく、全くの素人である喬也。虚勢を張っただけでは隠しきれない実力差というものが透けてしまっているのであれば、この場で狩り取ってしまえると判断されてもおかしくはないと自嘲する。


「では側付き殿、マルセロ、抜剣なされよ」


 そう声がかかると、マルセロは黒々とした期待とともに背負っていた大剣を抜き放った。

 ほとんど装飾のない、それでいて実用性が高そうな黒鋼の大剣は、まるでその刀身の傷全てが彼のオーラの意味を物語っているかのように篝火の揺らめきを写し取る。

 数拍遅れて鞘から抜いた喬也の剣は、ヴィルフリートから手渡された教会聖騎士の制式剣である。


(心許ねー…)


 喬也は、純粋に武器の能力を比べた時、勝っていると言えるのは芸術性だけだろうと冷静に諦観する。

 マルセロの持つ大剣に比べれば、その重量も相まって攻撃力も耐久力もまさしく桁違い。ゾウとアリの決闘というフレーズが急に浮かんできてしまった喬也は苦笑を浮かべるが、既に事態は喬也一人の手で収めることができないところまで進んでしまっている。


(大振りせざるを得ない武器ってのは往々にして素早さで対抗するってのが漫画の定石だろ?まずは直撃コースの攻撃を避け続けながら考えるしかねーか)


 喬也は我ながら冴えたものだと感心する。

 実際のところはこちらから攻める手がない以上最高でも体力を浪費し続ける千日手状態にしかならないのだが、身体強化を維持するための魔力が切れなければ耐久できる可能性も出てくるというものだ。


(分が悪いとかいう次元じゃねー賭けだけども、死なないのが第一だ)


 マルセロは体の右側に剣を構える。地面に沿わせるように剣を握っているため、見た限りでは横薙ぎの一閃が待ち構えていそうだ。

 あの巨躯から打ち出されれば、足下の踏ん張りが効かずに吹き飛ばされて即座に決着することもあり得る。一撃目は対処できるが、その先は出たとこ勝負にせざるを得ない。喬也は覚悟を決めると、全力の身体強化を発動する。

 数瞬の後、静まり返り火花が弾ける音のみが響いていた練兵場の中心に死神アイゼンの宣告が届いた。


「———始め」


 初めに動いたのはマルセロである。

 喬也を見据える目は逸らさずに直進。大剣の届く範囲に入るや否や既に走り出したと同時に振り抜き始めていた剣の切先が標的きょうやに迫る。

 一撃目を防ぐべく体の左側面に剣を構えていた喬也の読みはちゃんと機能しており、受け止めることには成功する。しかし、大剣を叩きつけられた衝撃の大きさに目を見開く。


(怖えぇえええええええ!!!!)


 たった一撃かつ、予想していた通りの位置で受け止めたものの、身体強化をかけた肉体ごと叩き割るような鋭さと重さを兼ね備えたその威力は素人きょうやの実力には荷が重く、殺しきれずに体が歪む。その時である。


『聞こえてるよなァ?エドガー・フォード・セルゲイ』


 頭の中に、深い悲しみと激しい憎悪を孕む声が響いた。


『は?!』

『戸惑うのも無理ねェ、こンなの初めてだろォからよォ』


 武器と所持者の無骨な印象とは裏腹に、粘着質に人の神経を逆撫でしようとする意図が垣間見えるその声は、マルセロのものであった。声の抑揚と共に蠢く黒いオーラは、喬也を呑み込まんばかりである。しかし襲ってくるのは二撃目の振り下ろしである。


『お前、何で名前知ってんだ!!』


 初撃を止めたものの避けるだけの余裕はない喬也は、降ってくる超重量級のインパクトに備えて剣の腹を左腕全体で支えるように構えつつ応じたが、返事がない。

 今度こそ衝撃を全身で受け止めきるほかない喬也は、歯を食いしばる。


(ギャイィン!!!!)


 この一撃で身長が十センチは縮んだのではないかと感じられるほどに、マルセロの剣は重い。意識を手放しそうになる意思の弱さを実感した喬也は、再び声を聞く。


『悪ィな。アンタは何か言ってたかもしれねェが、オレのこの力は武器を叩き合わせてるときしか話せねェし聞こえねェンだよ。諦めてちィっとオハナシしよォぜェ?』


 マルセロはそう語りかけながら刃を押し込む力を更に強めてくる。


『名前知ってンのが意外ってことなら簡単よォ。聞こえちまったンだよ、ロスベルクとアンタのオハナシがなァ』

『盗み聞きとは———』


 その先に続く喬也の悪態はまたしても届かない。マルセロが剣を押し込むのではなく引き絞り、物理的距離ができたからだ。

 マルセロの能力はタチが悪い、と渋面を作る喬也。一見するとどのように使えば有効なのかがいまいち思い浮かばないが、適当な使い道と言えるのは間違いない。言いたいことを吐き捨てたと思えばこちらからの反駁はマルセロの任意でシャットアウトできるのだ。言い逃げ上等の憎まれ口がマルセロの戦闘能力を引き上げることはないが、チマチマとした口撃が相手の集中を削ぐのである。


「シイッ!!」


 三度襲いくる凶刃に備える喬也も例外ではない。ただでさえ実力差があるマルセロに対して精神的余裕などそもそもないのだが、この厄介すぎる能力のせいで余計に冷静さが失われていた。


(もう全部避けてやれ!!)


 これ以上心をかき乱されては、怪我をせずにこの場を切り抜けることが本当に不可能になってしまう。ならばいっそ、受け止めることを放棄したほうが怪我も文句もせずに済む。


「だあぁ!!」


 喬也は三回目に飛んできた素早い突きを右に跳んで躱す。

 大柄な得物は威力の代わりに手数を失うことは誰にでも想像できるが、振る動きを伴わない場合はその限りではない。

 槍と変わらぬ大剣のリーチと比べ物にならない重量が加われば、槍のそれをも凌ぐ威力にすらなり得るのである。

 飛び去る方向を右にしたのも三撃目に備えて両手で剣を握り直していたのも単なる偶然でしかなかったのだが、お誂え向きに突きを繰り出した体勢で脇腹を晒しているマルセロに向けて、着地した右脚でそのまま地面を蹴り突き返す。

 こんなときでも、ノシをつけて返す・・・・・・・・のである。

 しかしながらさすが本職の戦士といったところか、マルセロは即座に引き戻した大剣の腹で簡単に受け止める。


『オイオイ、避けンなよォ!オハナシできねェだろォ?』

『うるせーよ、———』


 本来ならば、マルセロの体勢からは大剣で受けるよりも突いた勢いを殺さず前進するほうが無駄がなく、剣術論的な正解であることはマルセロも十分に理解している。

 しかしそれはマルセロの【美学】が許さないのだ。


(また言い逃げかよ!!)


 喬也は大剣の腹でいとも簡単に彼の突きを押し出したマルセロの膂力と彼我の実力差、そしてその無駄口の多さに歯噛みする。

 喬也が攻撃に転じたその隙を逃さず、素早く大剣を寝かせて再びの横薙ぎを見舞うマルセロは、押し出された反動を活かして距離を取った喬也に肉薄し逆方向の切り下ろしを与えた。


『アンタ、その名前と装備はどっから手に入れたンだァ?』


 マルセロは、辛うじて上段から叩きつけられる一撃を防いでみせた喬也に余裕を見せながら話しかける。どうやらこれがマルセロの本題だったらしく、逃れられない強さで喬也の持つ剣を押し込んでくる。


『聞いてたんなら知ってんだろ、そう名乗ることになってるってだけだ!!』

『ふゥン?オレにゃァ教えてくンねェのかァ』

『当たり前だろ、殺す気しかねー相手にリークするほどバカじゃねーんだよ俺は!!』

『リークゥ?なンだそりゃァ?』

『ペラペラ情報を語るってことだよ!!』

『そォかい、聞き慣れねェから知らなかったぜェ』

『俺はこのセルゲイさんについては何も知らねーんだ、知りたきゃテメーの隊長にでも聞いてみろよ!!』


 力を更に増しながらもまだまだ余裕綽々といった声音で着実に体力を削りにきているマルセロに対し、既に満身創痍の様相を呈する喬也。

 この戦いを目の当たりにした聖騎士らは喬也が【竜殺しの英雄】などではないことを簡単に理解してしまっただろう。

 しかしそんなことを気にしている場合などではない喬也は思わず地球の現代語を口に出してしまっていることにすら気づくことができない。


『そンなら、どこで受け取った?』

『言わねーよ!!』

『じゃァ、盗ンだかァ?』

『どーだかな!!』

『聖女は絡ンでンのかァ?』

『知ったこっちゃねーな!!』

『ンならァ、国の指示かよォ?』

『いい加減黙れよクソッタレがぁ!!!!』


 襲いくる超威力の攻撃の数々を身体強化一点張りでどうにか捌く喬也に対して、マルセロは尚も言い募る。


『ンじゃァお前、なァンにも知らねェってかァ?』

『ああそうだ、知らねー!!』

『知ってンなら話してくれよォ』

『期待したって無駄だ、知ってても喋んねーよ!!』

『そォかよォ。なら仕方ねェ、死ンでもらうわァ』

『テキトーこいてんじゃねーぞ、死んでたまるか!!』

『オレだって、アンタが何かを知ってンなら話してくれるまで生かしたぜェ?でも———』


 マルセロの言葉の先は聞こえなかった。


「あ、やべェ。剣離しちまったよォ」


 その瞬間、一段と増した剣筋が喬也に襲いかかった。

 マルセロが風を切る音は先程までの数倍大きく聞こえるようになり、一歩踏み込むごとに砂埃が舞い上がる。

 突き、払い、切り上げ、時には柄や足での殴打。その全てに半ば動物的本能に従う勘だけで食らいついていた喬也は、ふと予感を得ると視界の端に見慣れた姿を捉えた。


(セレスティア!!!!)


 喬也が経験したこの数時間の密度があまりに濃すぎて数週間ぶりに顔を合わせたかのように錯覚してしまう彼女は、肩で息をしながら膝に手をついている。しかしセレスティアの視線もまた、しっかりと喬也を捉えていた。


(よかった、無事だ)


 自らの危機を顧みることもなく、無事を喜ぶ喬也。

 依然ここは敵地であり、油断するのは禁物ではある。

 ましてや喬也は現在進行形で狩られかけており、輪をかけて危険な状態でもある。

 しかしながらそれでも、彼の側で凛とした姿を見せ続けてくれる可憐なる聖女セレスティアがまだ輝きを失っていなかったことに安堵してしまう。

 ただし、状況が好転することはない。


『よそ見だなンて酷ェじゃねェか』

『まだ、喋る余裕、あんのか、よ!!』

『アンタとは場数が違ェンだよォ』

『バレて、たか!!』


 現実で与えられる苦行のせいで念話の中ですら息を切らせつつある喬也の視界には今もセレスティアが映っている。

 マルセロや退路を固めるアイゼンは聖騎士という肩書きがある限りセレスティアを傷つけることはできない。この訓練という名のサンドバッグプレイを終わらせる最強のワイルドカードの一角がセレスティアであるからして、エンツォ自らで彼女を足止めに出向いてきたらしい。


(?!)


 既に退路のない喬也を尚も魔の手は執拗に追い立てる。喬也とセレスティアを結ぶ視界は、不幸中の幸いか彼の敵二名が見える位置にあった。喬也の目はこの瞬間、巨人マルセロではなく頭脳アイゼンを向いていた。


(コイツも動くのかよ?!!!)


 地球にある先進国に於いて、黒はしばしば危険や警告のための配色に用いられる。具体的に言えば、警察組織の指示のもと部外者の進入を防ぐ目的で張られる規制線や、化学品等を扱う工場で作業員の立ち入りを制限する表示など、黄色と黒の組み合わせはその見た目だけで安全が保証されないことを知らせてくれる。

 魔神眼がその意図を汲んだわけではない。しかし喬也ははっきりと、マルセロの後方に相も変わらず腰に帯びた剣の柄に手を乗せたままこちらを見ているアイゼンの黒いオーラに黄色が混ざるのを見た。


(黄色?!何が来る?!!!)


 まばたきすら憚られたこの瞬間、身体強化により鋭敏さを増した喬也の五感は微細な地面の振動を感じ取ると共に、目の前の地面がゆっくりと盛り上がるのを視認する。咄嗟に後ろへ跳び距離を取ったところで、地面の隆起が前面だけでなく喬也を覆うように直径二メートルほどに亘っていることに気づく。


「ラァ!!」


 範囲の中心から少し離れた位置にいる喬也を、マルセロも放っておいてくれない。聖騎士による人垣があるため遠く距離を取ることはできないが、万が一にでも囲いの範囲内から脱出させないよう後方に回り込み逃さない。


『逃げよォったって無駄だぜェ?』

『お前、二人がかり、は———』

『卑怯でいィンだよォ、殺せりゃ勝ちなンだからなァ!!』


 マルセロのラッシュは止まず、応戦を強いられる喬也は地面が塀のようにせりあがってくるのが分かっていながらも退避することができずにいる。

 遂に土の塀が喬也の首にまで達したところでマルセロはようやく追撃をやめ、塀を軽々と飛び越えた。今も伸び続けるその縁から見下ろす形で腕を引き絞り、突きの構えで不敵な笑みを浮かべると、宣告した。


「あばよォ」


 そうして、喬也の視界は暗黒に閉ざされた。

 塀は天辺に空けた口を引き結び、出ることは叶わない。

 喬也にできるとすれば、身体強化で増した肉体強度と筋力でこの塀をぶち破ることくらい。視界を絶たれた以上、一刻も早く飛び出さなければどんな攻撃が来るか分からない。


(クソが!!!!)


 窮鼠が猫を噛めるのは、地球だけの常識なのであった。


 *


「セルゲイ!!!!」


 セレスティア・フォード・エヴァンシュタインは、その光景を目撃するや否や普段からは想像できない声をあげた。

 エンツォ・フォード・エヴァンジェンスは、その光景が想像通りであったことにこの日初めて心から笑った。

 マルセロ・フォード・セルゲイは、その光景を作り出す立役者の一人になったことへの言いしれぬ喜びを叫んだ。

 アイゼン・フォード・フィッツロイは、その光景が自身の歩む覇道の第一歩となることを確信して感動に打ち震えた。


「だぁああああああああ!!!!」


 相馬そうま喬也きょうやは、その光景に自らの意識を乗っ取られ荒漠に打ちひしがれながらもただ一人のためだけに全霊を注いだ。


「最後だなんて、言わせるわけねーだろーがぁあ!!!!」


 誰が口火を切ったのかも、何が皮切りとなったのかも、知る者はいない。

 しかしこのとき、五名・・はそれぞれの一歩を踏み出した。

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魔神勇者と鉄血聖女の覇道録 @shinon_aoyama

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