018-質問されました
「いや、私にそんな力はないですよ?銅級ですから」
突如空中から降ってきたレッドドラゴン。
あまりに図体が大きすぎるため喬也が立つ位置からは翼とみられる部分しか見えないのだが、かの巨体は全く動く様子がない。
周囲の聖騎士らの反応からしても、既にその命を終えているのだろう。
(時間が止まってる間に誰かが倒したってことか)
喬也からすれば、恐ろしい話である。
フリオや他の聖騎士たちはあの空間の中に於いて一切の行動が許されず、ましてや【金級が十人でやっと】という脅威度からしてもレッドドラゴンの威容からしても、とてもじゃないがヒヨッコ聖騎士の喬也がどうにかできるような相手ではない。
(やり合おうなんて思うわけねーだろ、プチッとされて終わりだっつーの)
だが、聖女との二人旅を許されるのなら強いのも納得だと思われてしまったらしく、喬也を取り囲む聖騎士らは胴上げでもしそうなほどに興奮して聞く耳を持ってくれない。
(マジで助けてくれよセレスティアさん!!)
熱狂したこの場を鎮めるためには、やはり教会関係者の尊敬を一心に集める聖女の威光が手っ取り早いだろうと考えた喬也は、念話に再度呼びかける。
緊急性が高い今回に限っては、誰かと喋っているとか集中して取り組みたい何かがあるとかを気にしている場合ではない。このままいけば竜殺しの英雄として祀り上げられてしまいかねない。
【魔法の適性がないのに竜をも殺せるド変態】だなんて、何をどう間違ったとて命を散らす結果しか呼び込まないことは想像に難くない。
『セレス———』
その時だった。
喬也の魔神眼は、いわば常時起動スキルである。
魔神眼を利用して観測できる情報があれば、喬也が意識しているかどうかにかかわらず、即座に視界に現れてくれる。
(魔力の繋がりが、消えた…)
魔神眼を使えばセレスティアと繋げてある念話のパスが見えるはずなのだが、僅かに感じられる何かが流れ出していく感覚が喬也の中から消えると同時にパスも霧散してしまったのである。
(何かがあったってことか?!)
実際には魔力妨害を施された部屋にセレスティアが通されたことで、元々消費魔力が少ない念話魔法が繋がりごと遮断されてしまったにすぎない。また、魔力を消費する効率についても毎日コツコツ続けている身体強化と念話魔法の維持により精度を含めて熟達してしまったため、魔力妨害を貫通できるほどの絶対量に遠く及ばないのである。
(俺らを連れてきた理由は分からんが…こりゃ各個撃破される前に合流しないとホントにマズそうだ)
もちろん喬也は魔力妨害という技術を全く知らない。それでも、全身を駆け巡る悪寒という予兆を経てエンツォへの警戒レベルをさらに大幅に引き上げることになった。
(もしかするとこのドラゴンも、あのジイさんの作戦か?!)
エンツォはタイミングを見計らったかのように喬也らが宿泊する宿に現れた。その後顔を合わせないように動線を確保されていたことを考えれば、このドラゴンの討伐に参加させて喬也を亡き者にする計画があったとしても納得できてしまう。
(気をつけないといけないのは【九段の聖女】だけじゃないんだよな、やっぱり)
末恐ろしい話である。
物語の中で最強種の一角として登場することも多いドラゴンが規模の大きい街にまで出現するなど、開始序盤にあってはならない超展開と言わざるを得ない。ゲイオムは辺境都市ではあるが、初めて出会う魔物がドラゴンでした、というのは単純に笑えないと喬也は身震いが止まらなかった。
「鎮まれ!!」
聖騎士らの中にはレッドドラゴンを初めて目撃した者もいたためちょっとした騒ぎになっていたところに、人混みの向こうから覇気を纏う鋭い声が響いた。
「ギルドから探知魔法に大型魔物の反応があったとお前らを呼びにきてみれば、こんなことになっていたとはな」
「各員、整列!!」
二人目の低い声が通り抜けると、聖騎士らは隣の者と間隔を計りながら並んでいく。
「状況を報告せよ」
どうやら声の主は聖騎士らをまとめる上官で、その副官を連れてこの場にやってきているらしい。
「はっ!!」
指された聖騎士は、知る限りの状況を説明した。
といっても彼は残念ながら落下してきたドラゴンの衝撃を知るだけで、一部始終を語ることはできない。
「他に知る者はないか!」
「はい!!」
「副長、恐れながらフリオ隊長が適任と存じます!」
副長からの問いかけに、喬也の隣から返事が聞こえた。
(え、フリオって隊長だったんだ?!)
よく考えれば、聖女の護衛を任される聖騎士にタメ口で堂々と声をかけられる人間がそうそう簡単にいてもたまったものではない。喬也は気づけなかった認識の甘さに改めて歯噛みする。
副長は、先程まで状況を説明させていた聖騎士の推薦を受けて、挙手したフリオに視線を投げる。
人垣が割れて、喬也の目にも二人の姿が確認できた。
(俺、男でよかったよ)
眼前に陣取るは、金髪碧眼の美男子である。
中近世程度の文明レベルしかないであろうこの世界に於いて現代日本でもお目にかかることは難しそうな金糸のような光沢を湛える髪。その圧倒的インパクトに引けを取らない切れ長の目と澄んだ瞳。鼻筋の通った彫りの深い顔立ちは芸術とまで言っても差し支えない。
そのおかげで残念なことに、副長の印象が毛深いスキンヘッドのおっさんとしか認識できないほどだ。
一瞬呆けてしまった喬也であったが、フリオの発言によって現実に引き戻されることとなった。
「団長、副長、このレッドドラゴンは、こちらにいらっしゃる聖女様の側付き殿が討伐なさいました!」
予想されたことではあったものの、フリオはやはりとんでもない爆弾を投下していった。
(俺なわけねーだろぉお!!!!)
こうして、喬也は無事竜殺しの英雄としてもてはやされることとなったのである。
*
状況の報告が終わり、人だかりは解消された。
思い思いの訓練に勤しんでいた聖騎士らはドラゴンの搬出作業に駆り出され、副長が夜闇の中でてきぱきと陣頭指揮をとっている。
その中で少し離れた場所に、団長と呼びつけられた喬也が立っている。
「聖女様がご到着なされたというのに、顔を出すこともせず申し訳ない」
団長は喬也を呼んだ後もしばらく、無言のまま作業を眺めていた。団員が持ち込んだデキャンタから二つのカップに水を注ぐと、一息で飲み干して口を開いた。
「とんでもないことでございます。これだけ大きい街の聖騎士をまとめる団長ともあれば、ご多忙でございましょう」
「お心遣い、痛み入る」
そういうと、団長はテーブルに乗ったもう一つのコップを押し、差し出してきたため、喬也は一言告げて口をつける。
「ありがとうございます」
そういえば今日は午後以降ろくに水分をとっていなかったと思い出させるちょうどいい温度の水は、ものの数秒で喬也の腹に収まった。
「疲れているらしいな。遠慮はいらん、好きなだけ飲め…話はその後にしよう」
【あ、やっぱり詳細確認されるんですね】と内心で独りごちる喬也。
本来であればセレスティアの安否が気になるため、一刻も早くこの場を去りたい。しかしながら喬也が借り受けている騎士証の階級は銅級であり、どう考えても下級である。
団長として聖騎士らを率いる立場の者が下級なわけがないため、恐らく話にあった金級聖騎士やそれ以上の階級にあるのは間違いないはずである。職位も階級も明らかに差がある喬也《セルゲイ》がこの場で【聖女様が心配なので失礼します】などと言えるわけがない。
「そういえば、まだ名乗っていなかったな。私はアシュレイ・フォード・ロスベルク。エヴァンシュタイン教ゲイオム支部の聖騎士団長をしている」
こうして、またも名前について悩む瞬間がやってきた。
少しだけ時間が空いた先程の騒動の間に、ようやく考えをまとめられた喬也は今度こそ決心して名乗る。
「こちらこそご挨拶が遅れてしまい、申し訳ございませんでした、ロスベルク団長。私は、エドガー・フォード・セルゲイと
喬也は、結果的に【お茶を濁す】というスタンスを崩すことはなかった。
というのも、喬也が取れる選択肢はそもそも三種類に絞られるところに帰結する。
一つ目は、正直に本名を名乗ること。
二つ目は、セルゲイの名を借りること。
三つ目は、そもそも名乗るタイミングを避けること。
「———そうか」
「はい、階級は銅級でございます」
本名を名乗るのは論外である。
そもそもセレスティアがここに連れてこられた際、エンツォは【事情を知っている】と口にしたのである。
当然その一言には喬也をいつでも握れるという意図が込められており、そんな中で正体を明かせば大義名分を与えることになってしまう。
教会の中に入ってしまった以上、秘密裏に処断することなど造作もない。【聖騎士の名を騙る不届者である】などというエンドがすぐに確定してしまうのである。
「———まずはドラゴンについて聞こうか」
「かしこまりました」
また喬也は、同様にセルゲイの名を馬鹿正直に借りるのもいい手ではないと考えた。
護衛対象であるセレスティアは何度もこの街と交流を持っており、当然その側付きらもゲイオムの聖騎士らと関係性を結んでいると考えるのが妥当である。
そうなれば、【今回は誰々ではなく君なんだな】【あの人は今も元気に勤め上げているか】などと、喬也が知らない同僚について質問攻めにあうのは目に見えているのだ。結局は本名を名乗った時と同様、バレた時のしっぺ返しを恐れただけである。
「彼らは『君が倒した』と言っていたが、本当か?」
「———いえ、私ではありません」
そうしてたどり着いたのが、【セルゲイという身分を借りている】と告げることであった。
もちろんこれにも相応のリスクがある。
まず第一に、明かす相手が悪人であればそもそも命の危険が増すだけになってしまうことである。
「では、倒した者は見たか?」
「いえ、私の目には分かりませんでした」
喬也はまだ、多くの人からすれば【得体の知れない者】である。得体の知れない者が格式のある聖騎士の身分を使い聖女様と行動を共にしているなどと吹聴されれば、教会の権威もセレスティアへの信頼もまとめて地に落ちる。だからこそ明かす相手は慎重に選ばなければならないが、喬也の勘はアシュレイが善人であると告げていた。
「———そうか、残念だ」
そう口にして再度カップを傾けるアシュレイは、いたずらが成功した子供のような笑顔を浮かべる。
喬也に向けられたその笑みを見て、勘は正しかったと素直に信じられると改めて感じたのであった。
「レッドドラゴンは我々聖騎士団でも死傷者なしに討伐できる魔物ではない。それを誰にも気づかれずに討伐してしまうその手腕、ぜひご教示いただきたいものだ」
喬也の複雑な事情をどこまで知っているのかは分からないが、それでも内情に配慮して早々に切り上げてくれる優しさに目を伏せつつ応じる。
「お役に立てず、申し訳ございません」
そして身分を間借りしていると明かすデメリットは他にもある。
「それは構わないのだが。———セルゲイよ、一つ尋ねたい」
「何でしょうか、ロスベルク団長」
「聖女様や大司教様に、何かあるのか?」
懸念の二つ目は、セレスティアに対する余計な詮索を産んでしまうことである。
得体の知れない喬也を匿う聖女、という醜聞が広まってしまえば喬也一人でその疑念を払拭することはできない。
レーラのように、セレスティアと直接の知己を得ているのであれば彼女の人となりを信じてくれるだろうが、聖女としての称号を知る人々はその限りではない。
「そのようなことは、今のところございません」
某四次元ポケットを自在に操るネコ型ロボットが活躍する長寿作品に於いては、普段いちいち主人公らにちょっかいをかけるガキ大将とその腰巾着キャラが劇場版作品になると途端にいい友達になる点がSNS上で幾度となく取り上げられてきた。
悪いことを散々している者がいいことをし始めると途端に評価が急上昇するように、その逆は凄まじい勢いで信頼を失っていく。
下手なところでバラしてしまえば、喬也だけでなくセレスティアさえも首が回らない状況になりかねないのである。
「安心した。これらは忘れてくれ」
アシュレイはそういうと、喬也のそばを離れていく。
(早々に事情を知ってる人が増えちまったけど、これはしょうがないよな)
喬也が遠目で眺めていると、フリオを含めた隊長格数名を呼び、今後の指示を行っているらしい。
篝火に照らされたフリオの野生味溢れる顔が一段と綻んだところを見るに、今後の喬也の世話は距離感の近いフリオが続投することになったようだ。
「来てくれるか」
アシュレイから声をかけられ、隊長らの前にやってくる。
順に紹介を受け、頭を下げる。六人の紹介が終わったところで、アシュレイが更に説明する。
「側付き殿は、聖女様の密命により動いていらっしゃるとのことだ。隊内に周知することはできないため、隊長にて上手く取り計らうように頼む」
喬也は転移する前までは、ここぞという時の選択で度々失敗してきていた。
しかしながら、今回の選択はなかなかいいものだったらしい。兜の中を見通すように一瞥をくれるアシュレイがあまりにも様になっており、危うく嫉妬の念が浮かびそうになったのであった。
*
アシュレイは副官を連れ、冒険者ギルドにことの顛末を説明しにいくと言ってその場を去っていったことを皮切りに、喬也は宿舎の応接室へ通された。
何でも来客用の部屋があるらしいのだが、しばらく使われていなかったため掃除が必要だという。
フリオの隊がドラゴンの処理から外れ、喬也の居室を整備してくれているのである。
(そういえば、冒険者ギルドが大型魔物の反応があったって連絡してきたんだよな?)
喬也が愛読していた数々の【異世界モノ】作品に於いて、冒険者ギルドという組織は色々な制約や権力争いの火の粉が降りかかる場所である。
悪徳領主が圧政を押し付けてきたり、新興宗教のエセ教祖が冒険者を蔑ろにしたり。異なる組織がいがみ合うことは現代でもよくある話ではあったが、表面的争いが起こることは稀である。
ここは異世界とはいえ、冒険者ギルドと教会との関係性は非常に良好なのだろう。セレスティアが顔を出した際も、喬也の冒険者登録を行なった際も、ファナ含め感じの悪い対応をするものはいなかった。
ひとまず教会の身分を借り受けることができたのは、ヴィルフリートの気遣いのおかげである。
(上モンの酒と一緒に凱旋してやんねーとな)
両親からは【借りたモノはノシをつけてお返ししろ】とキツく教わってきた。恩をもらう、優しさをもらう、拳をもらうなど様々なものを受け取ってきた喬也は、その度に見合った品や方法でお返しを忘れなかった。
あの豪快なゴリラには、一朝一夕では返しきれない恩がある。急ぐ必要はないかもしれないが、できるだけ早く礼がしたいなどと考えていると、部屋をノックされる。扉を開けると、フリオが人を連れてきていた。先程紹介を受けた隊長らの一人である。
「夜に済まねぇ、ちょっと用があるってよ」
「改めてよろしくお願いします、フィッツロイ隊長」
「こちらこそよろしく頼む」
少々気難しそうな印象を与える眉間の皺がどうしても記憶に深く刻まれてしまう彼は、アイゼン・フォード・フィッツロイ。フリオと同格の、隊を率いる隊長である。
「早速なのだが、ご足労願いたい」
「俺は部下の様子見てくるから、アイゼンについてってくれ。できるだけ早く掃除終わらせるからよ」
フリオに見送られ、部屋を出たところで別れる。
要件を聞きそびれたが、喬也としては非常に聞きにくい。
何せアイゼンはいまいち感情を読み取りにくく、常に険しい顔をしているため単純に近寄りがたいのである。
無言のまま連れてこられたのは、またしても練兵場であった。
「中央へ」
喬也が示されるままに進むと、円形に設られた篝火のふちでアイゼンが声を上げる。
「貴公ら、今回は側付き殿をお呼びした」
その一言で、控えめながら歓声が上がる。
「目的は、エンツォ司教の盾たる我々の更なる熟達である」
アイゼンの演説が進むにつれ、喬也の危機察知レーダーが反応し始める。
「竜を屠るその手腕の一端を学び、より高い研鑽とより鋭い剣戟の体得のために貴公らの精励を期待する」
非常に格式ばった説明を終えたアイゼンは喬也に向き直ると、地獄の始まりを告げる。
「側付き殿、同朋に是非修練を」
「え?!」
集まっている聖騎士はおよそ三十名。
彼らの目の輝きを見れば、ほぼ全員と相手をしなければならないのは確実である。
(待って待って待って、俺ってばただの素人!!!!)
聖騎士らの視線に殺意はない。
ただ、間違って振り下ろした剣で命が潰えることがないわけではないのである。
(こんなのあんまりだぁああああ!!!!)
喬也は某金融機関での覇権争いを描いた、
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