012-告知されました
「セレスティア嬢、頼めるだろうか」
明らかに雰囲気が変わった外務卿モードのヴィルフリートは、何か含むような目つきで
セレスティアは意図を汲み、ため息とともに応じる。
「…ヴィルフリート様、私も【念話】についてはあまり使い慣れていないのです。従軍の際には意思疎通のしやすさから多用もしますけれど」
「儂はそれ以上に嫌いで堪らんのだ。天幕に於いては伝令の兵が来るしな。どうも頭の中に声が響くのは何度やってもむず痒い」
「私も同意を禁じ得ませんね…ここはいっそそのまま口頭で改めて行程の確認を行ってしまっても良いのではないでしょうか?」
ここまで何度となくヴィルフリートとセレスティアの視線は喬也を捉えている。あからさまな意図に勘づいた喬也は静かに耳を傾ける。
「そうしたいのは儂も同じくだが、少々軍事的機密なども混ざるやもしれん。ここにいるのは儂らだけではないのでな…放逐する者に王国の情報を知られるわけにもいかんのだ。ここは済まんが手伝ってもらえんか」
こうして、三人は無事に共通認識を得た。
セレスティアは短い返事の後、詠唱を始めた。
「【主よ、我々は真たる供として心からの繋がりを欲す】」
セレスティアの身から溢れた無色の靄はこの場の三名を覆うように広がると、やがて三角形を描く。
その光景に見入っていた喬也は、どうやら先程【如何なる状況・如何なる事象】云々と脅し文句を口にしたのはこのためだったらしいと遅ればせながら納得する。
彼はまだこの世界にどんな魔法が存在し、どんな用途があるのかを知らない。【念話】の概念を知らずに取り乱す可能性があると踏んで、分かりやすいように説明をしてくれたというわけだ。
そして更なる意図に気がつけた喬也は、脳内で独り言を呟いてみることにした。
『なるほど、聞かれたらマズい話があるってことですね?』
『恐らくはそうなのでしょう。ここから先は多くの文官や兵士の皆様がいらっしゃいます。キョーヤ様に対しては今後、罪人としての対応をせざるを得ませんから』
『坊主の察しがよくて助かるが、ここからは喋るなよ?お前に聞かせちゃならない話ってことになってんだ。念話も完璧じゃない。盗み聞きの対策ももちろんしてあるが、する方法もあるからよ』
本当に頭の中で二人の声が響いている状況に慣れなさからくるムズムズ感を覚えながら、ヴィルフリートに続いて部屋を出る。
『ではセレスティア嬢、今後の旅程について改めての確認である。何度となく通ったとは思うが伺えるか』
『はい。今回は聖国への洗礼のためですので、徴発の期限に間に合うよう、余裕は十分に設けてございます。今回は私一人ではないので急ぐ必要はあるかもしれませんが、陛下の処断の件もございますから…』
『左様。後ろ暗い出自とはいえ、遠巻きながら護衛の任に就く者がいる都合上、この罪人には万が一にも悟られてはならん。勘付かれてセレスティア嬢に余計な怪我を与えては、聖国に申し訳が立たぬからな』
喬也の頭には矢継ぎ早に物騒な単語が並べられる。
このままでは、国外に出るまでに襲撃があるかもしれないと気づく。言いたいこととしては【常に誰かが見ているから襲撃に警戒しておけ】、【絶対に期日通りに聖国に辿り着け】、【セレスティアには怪我をさせるな】、といったあたりだと判断する。
『この国では少々肩身の狭い思いを強いられることもございましたし、お役人様からは不穏当なご提案をいただくこともございました。ですから、というわけではございませんが…王国の義務に則り私が王国から参加することで、少しでも聖国と王国の関係性が改善することを願うほかございません』
『いやはや、セレスティア嬢は手厳しい。儂としては身に覚えがない話なのだが…どうもガガヴィー内務卿の子飼いが喧しいようだ。手間をかけて済まない』
『これは失礼をいたしました、ヴィルフリート様。これは決して王国軍の皆様に対する発言ではないのです。今回私の護衛をなさるのは軍にご所属の兵士様方ではないとのことでしたから、私にも感じ取れない不安がとぐろを巻いているのやもしれませんね…無用なことを申しました、ご放念くださいませ』
セレスティアがこんなあからさまな毒を吐くとは到底思えない喬也としては、この一連の流れにも何らかの意図があると把握する。
とはいえこの国の名前を先程知ったばかりの身の上では内情まで網羅できているわけではないため、【セレスティアはこの国にいい印象を抱いていない】、【内務卿の派閥が何かしらちょっかいをかけてくる】という情報だけを覚えておく。
二人の念話は喬也に情報を教えるために敢えて細かい事情などを織り交ぜながら続いているが、その口ぶりは一言ごとに重苦しくなっていた。
『心遣い感謝する。…だが、毎度のこととは言えどセレスティア嬢の旅は寂しいものであったことだろう。今回は輪をかけて我が国の罪人を引き連れてもらい、申し訳ない』
『お気になさらないでくださいませ。陛下は恐らく、私を通じて教会の権威が増していってしまえば泰平の治世と国民の平穏に障ってしまうとお考えなのでしょう…陛下の慧眼には、いつも感服するばかりでございます』
政治に対する人々の不満は、その貴賤を問わず、どこからともなく生まれるものである。謂わば摂理とも呼べるそれは、いつの時代も、どこの世界も変わらない。
少し考えれば分かることだ。喬也が入れられていた牢は冷暖房などがあるわけでも、清潔なシーツやタオルなどが手渡されるわけでもない。異世界から呼び出した勇者候補たちと同郷という一点でのみ優遇され、食事こそ多少まともなものを口にできたとはいえ、囚人の取り扱いだけをとってもこの国の文明レベルは推して知るべし。
ましてや国民の間に於ける貧富の差は更に顕著で、現代日本を遥かに下回るインフラと社会保障の完成度も相まって、王城のお膝元であろうと貴族位を持たない市民らは不自由な生活を強いられる。
そんな中でも自身がでっぷりと肥え太るだけの贅沢な食事と妻を煌びやかに彩る悪趣味なアクセサリーをこれでもかと見せつけてくるかの王は、多分に漏れず愚かな為政者だと相場が決まっている。
互いが互いの立場と心労を察している場を後ろから眺めるしかすることがない喬也は、思わず灰色に煤けた背中を幻視する。無理に笑顔を作ろうとするかのような不自然な声音ながら、セレスティアはおどけたように口を開き直した。
『私自身も王国の皆さまから信頼をいただいている自覚はございます。しかしこれ以上に神聖視されてしまいますと、私が気づかぬうちに傾国の旗印に担ぎ上げられてしまうことにもなりかねません。ふふふ、チヤホヤされるのは有難いのですけれど、このままですと私自身を祀る宗派が生まれてしまいます』
『…ハハハ!!そうなれば軍の統率は儘ならなくなるであろうよ!!儂の指揮下の兵には戦で傷を癒してくれたセレスティア嬢のことを崇めておるものも少なくないからな!』
『ヴィルフリート様や兵士の皆さまは日頃から私の身を案じてくださいましたので、王国の一員として徴発に参加すると決まってからは後ろ髪をひかれたものです』
喬也は、彼らの心意気に打ち震えると同時に、二人が抱える陰鬱とした思いを垣間見て、王国の内情が事前に分かったことだけはよかったと考えるしかないと諦観する。
巻き込まれた側ではなく自分自身が勇者として選ばれていたなら、と地下牢で目眩くファンタジックドリームを描いていた数日前の至らなさを一頻り恥じていると、長く感じた廊下の先に光が見え始める。
「罪人よ、放逐の時である。速やかに国を去れ」
歩みを止めることなく光に近づきながら、ヴィルフリートが声をかける。
字面は確かに流刑執行のそれだが、ひととなりを知った今では彼の優しさを感じずにはいられない。
『はい、ありがとうございます』
敢えて口は開かない。
この先、
精一杯打ちひしがれた声色を作ったところで、喬也の声は必ず微笑んでしまう。
それならいっそ返事ができない状態にあるお役人モードの
セレスティアがいつの間にか彼女に繋がる魔力を消していることに気がつくと、ついでとばかりにもう一言を告げる。
『また、いつか酒でも飲みましょう。立派になって奢ります』
叶うかどうかなど二の次だ。言ったもん勝ち、信じたもん負けの精神で文字通り口約束を吐き捨てられたヴィルフリートの背中は、歴戦の戦士の貫禄を取り戻しているように感じられた。
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