010-吃驚されました


「…眩しい、と言ったか?」


 十数秒の沈黙の後、ヴィルフリートは席を立つと重々しく口を開いた。


「この方は【界渡り】でいらっしゃいます。ある種自然なことなのではないかと…」


 喬也が回復魔法を拒んだように見えた時の数十倍の驚愕を顔全体に浮かべたと思いきや、振り返って口にするセレスティア。

 ただ一人この場の雰囲気の理由を飲み込めていない喬也だけが取り残される。

 二人の思いもよらぬ思考停止シャットダウンぶりに居た堪れなくなった喬也は説明を求める。


「…ものは試しか」


 そう言ったヴィルフリートは、そっとセレスティアに頷きかける。

 喬也に歩み寄るヴィルフリートが目の前に陣取っていたセレスティアから場所を代わると、古傷がいくつも残る両手を出す。掌を上に向けると、瞬きをする。


「【恩寵よ、我が根源を顕せ】」


 喬也は目を見開く。


(うおおお!!詠唱だぁああああああ!!!!)


 喬也がこれまで慣れ親しんできた数々の【異世界】作品でほぼ須く登場する魔法。その魔法を行使するためには、往々にしてその魔法を司る何かしらに対して呼びかける意味合いを込めて式句を用いる詠唱という文化が紐づいていることが多い。そんなお約束を間近で目にすることができたため、健全なオタク中学二年生イズムを忘れていない喬也としては興奮を禁じ得ない。

 【真面目な顔して詠唱するのはちょっとばかし恥ずかしいかもな】などと他二名の困惑をそっちのけで魔法行使に思いを馳せる喬也だったが、ヴィルフリートのその一言に呼応するかのように展開される奇妙かつ少しだけ見慣れた現象に意識を戻す。

 決して大きくはない先程の言葉をキッカケにして、色とりどりの霧が生じた。それらは間をおかずに球状にまとまると四つの球体がヴィルフリートの掌の上で回転を始める。

 空の色より濃く吸い込まれそうになる青、夕焼けのような目が覚める赤、セレスティアには及ばないものの眩く厳かな白、そしてヴィルフリートを最初に認識した鮮烈かつ優しく包み込むような緑。

 【アタッ○25の色かな?】と異世界では全く知るもののない概念を持ち出した喬也の顔を見て、少しだけ真剣な表情を崩しながらヴィルフリートが説明を始める。


「これは、我が身が神より授かった恩寵を証明するための基本魔法である。浮かぶ球の数やその色は個人差があるが、この世界では生まれたその時に与えられるものである」


 何でも出産直後の赤子であってもこの色を確認する魔法を使うことができるらしいが、そもそも詠唱を行うことはできない。そのため、産婆が赤子を取り上げて無事を確認するとすぐにこの基本魔法を使って赤子の恩寵を確認するのだという。

 両手を下ろして球を消した後、ヴィルフリートは説明のためにセレスティアに産婆の用いるほうの恩寵魔法を使うよう頼んだ。


「それは構いませんがグランストローム様。人の目に触れる場で恩寵魔法を行使するのは控えたほうがよろしいのではないかと」

「ハハハ、セレスティア嬢はやはりお優しいな。…貴様、セレスティア嬢の言う通りだ。この魔法はこの世界の民の根源を映し出す。濫用はならぬぞ」

「根源…?この球がどうかしたんでしょうか?」


 ただ色つきの球がくるくる回るだけのこの魔法に危険性を感じることはできない。魔法のない世界から召喚された喬也としては至極真っ当な質問である。


「…それもそうか」

「まずは、恩寵魔法をかけてからお話を進めることといたしましょう。【恩寵よ、この者に宿りし秘する根源を、我らが眼前にのみ顕せ】」


 セレスティアが魔法を唱えると、先程と同様に四色の球が回り出す。


「球の数とその色は、その対象者が使える魔法の属性を表します。つまり、グランストローム様は火、水、木、光系統を扱う素質があるという証明になるのです」

「この国の魔法には七系統九属性が存在する。厳密に言えば属性については無尽蔵に作り出せるのだが、基本的に九つで説明がつくと覚えておけばいい。そのうち四つの色が表示されているということは、残り三つの系統についてはそもそも扱えんということも嘘がつけんのだ」


 この恩寵魔法自体には確かに殺傷能力はなく、従ってこれを自分一人で使う場合には何の危険もないのだろう。しかしながら誰かにこの情報を開示した途端、その人の使える魔法と使えない魔法が完全に判断できてしまうため、必然的に自分の首を絞めてしまうという意味だと理解した喬也は、返す刀で質問する。


「え、そんな大事な情報を国外追放する人間に言ってしまってよかったんでしょうか?!」

「良いのだ、儂の魔法は既に知れ渡っておる。儂が使える属性はこの中でも水と木に偏っておるから、色があろうと使えんものは使えんということだ」


 ヴィルフリートは呵呵大笑である。喬也には謁見の間の雰囲気とは明らかに違う、気のいいおっさんにしか見えなくなっていた。

 態度が軟化したヴィルフリートはその後も色には関連性があり、水属性魔法が得意な人は木属性をある程度操れる場合が多く、木属性魔法が得意な人は火属性魔法との相性もいい傾向があると教えるのだった。


(水と木なら植物を育てる関係性から理解はできるけど…火と木は謎すぎんか?スクラップアンドビルドって事?)


 喬也は頭を悩ませているが、実際のところは【個人に与えられた色を基準として使いこなせる魔法の素質が決まる】ということにほかならない。


「グランストローム様が説明してくださったことを踏まえてなのですが…先程の『眩しかった』という私の魔法について、改めて教えていただけませんか?」


 そもそもの本題が自身の『眩しい』という発言にあったことを今更ながら思い出した喬也は、掻い摘んで説明した。眼前に広がった圧倒的純白の世界を語り終えた後、二人の顔は驚きに染まった。


「話に聞いたことはございますが、まさか実際に目にすることになろうとは思いもよりませんでした」

「儂もだ…。【界渡り】とはこれほどまでに恵まれるものである、ということの証左であろうな」


 またもよく分からない眼差しを受けて焦りを感じる喬也だが、今回はすぐに説明が始まった。


「【祝福を受けし者ギフテッドチャイルド】、教会ではそう呼ばれています」


 【祝福を受けし者】。

 それはこの世界を幾度も襲ってきた危機を退けてきた数々の英雄たちの総称であり、それに近しい特殊な体質や力を持つ者を指す敬称である。

 喬也が得た【祝福】とは、【魔神眼まじんがん】。

 魔神眼という呼称が文明の利器にニヤピンしているからといって、この祝福は戦闘や攻撃に絶対的な優位をもたらすものではない。言い伝えによれば魔神眼は有益ではあるものの子供の純粋な憧れを集めるほどに有益なものではなく、【他者の魔力を視認することができる】ことと、【魔力の色から魔法の属性を把握することができる】ことがメインの権能として知られているのだという。


「現在まで語られる伝説には【一切の魔法が発動前に看破された】、【敵や魔物から放たれる魔法が常に相殺されるため鉄壁の防御を誇った】などと数限りなく逸話が残っております」

「マジすかぁあ?!」


 喬也としては、大当たりの特殊スキルをゲットしたことにほかならない。攻撃の内容が事前に察知できるのであれば、属性の有利不利を身につけることで防御力はどこまででも伸ばせる。今後命を狙われることがほぼ決まっている未来に福音が訪れたことで思わず小躍りしてしまい、ヴィルフリートとセレスティアからは獣人の子供が尻尾で風を撒く光景すら幻視したのであった。


「落ち着け全く。貴様、名を教えてもらえるか」

「あ、相馬です。相馬喬也といいます」

「相分かった。…セレスティア嬢」


 魔神眼の持ち主であることを知ってからというもの、難しい顔をして思案を続けていたヴィルフリートはいそいそと手荷物をまとめつつ真剣な声音でセレスティアに語りかけた。


「ことここに至っては取り返しがつかぬところにまで来ておるが、英雄にもなり得る者を処断したとなれば陛下はこの大陸の爪弾き者とされるところであった。偶然が生んだ奇跡かもしれぬが、セレスティア嬢のお蔭で打開の目が残ったこと、心より感謝する」


 そう言って深々と頭を下げるヴィルフリートは、うっすらとではあるが緑色のオーラに包まれていた。嘘偽りなく国を守るために心を砕き、王を守るために力を尽くす彼の姿を見て、喬也とセレスティアはヴィルフリートへの信頼を改めて感じるのであった。


 *


「そうでした。診療のための魔法、まだかけていませんでしたね…すっかり忘れてしまっておりましたので、眩しいかもしれませんが我慢していただいてもよろしいでしょうか?」


 思いついたことがあるようで、ヴィルフリートが支度を終えて部屋を出ようとした時のことだ。セレスティアから声をかけられた。

 申し訳なさそうに上目遣いで尋ねてくるその姿は危うく喬也の自制心を木っ端微塵にするところだったが、すんでのところでヴィルフリートの顔を見てリセットする。

 急に視線が向いたヴィルフリートは勘違いせざるを得ず、「他言することはない、安心せい」と返答して出かけていった。

 ヴィルフリートの中では、まだあの不名誉な称号下半身ユッルユルは有効なようだ。喬也は嘘から出たまことになってしまいそうなくらいに居心地の悪さを感じるが、本当に嘘から出てしまった場合はと呼べるほど結実しないことは自明である。【なるようになれ】と雰囲気に乗ることにした。この魔法は診療のために病巣を探すものと説明されているため、何か別のものが見つかる可能性もあると、喬也は気持ちを切り替えるのだった。


「はいよろこんで!!」


 【居酒屋じゃねーんだぞ】とツッコミを入れてくれる者はいないが、ボケが決まったことで称号による内心の落胆を帳消しにしながら返答する。


「【主よ、我はかの者に巣食う悪を詳らかにせんと欲す】」


 眩しくはあるがそれ以上に純粋な癒しのエネルギーであることが肌に感じられる穏やかかつ全ての病巣を浄化するような純白に包まれた直後、セレスティアの顔は曇っていた。


「…恐らくですけれど、お腹に異常はないと思います」

「…あ、あはは。緊張したりびっくりしたりって時に回数が増えることが多いので、気をつけますね」


 もとは仮病なので忘れてくれるならそのほうがありがたいと流すつもりの喬也だが、称号は両名に対しなかなかにこびりついているようである。


(俺のせいじゃねーのに…ふざけんなよ!!)


 少なくとも称号については妙案を見出せなかった喬也のせいである。そのことに触れないようにしながら、内心で悪態をつくのだった。

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