009-勇者にされた僕たち


 今思い出しても、すごく怒涛の展開だった。

 僕、葛城かつらぎしょうは私立創新学園高校に通う、それなりに満ち足りた学生生活を楽しんでいるただの高校二年生のはずだった。

 それが今日、八月十九日に一変してしまった。

 同級生の絵里香えりかかなでに、飲み物でも買おうか、なんて話をしながら通学途中のコンビニに立ち寄っただけなのに、目の前がぐにゃりと曲がって渦巻いたと思ったら目の前にはゲームくらいでしか見ないような偉そうな服装のお爺さんたちがたくさんいた。

 でも、僕たちの注意を最初に惹いたのは、そのお爺さんたちじゃない。


「痛っでぇ!!!!」


 視界がハッキリしてお爺さんたちが見えた瞬間、僕たちの後ろから大きな声がした。

 何が起こったのか全くわかっていなかった僕だけど、後ろから悲鳴みたいなものが聞こえたら振り向いてしまう。

 …でも、本当ならあの時振り返るべきじゃなかったんだろうと思う。

 振り返った視線の先には、男の人がいた。僕の場所からは丸まった背中とお尻、そして投げ出された片足が見えた。

 体勢としては、バク宙を失敗したみたいな感じ。背中側から一回転して着地しようとしたのに、回転が足りなくて後頭部をぶつけてしまい、勢いのまま下半身だけが回転したと考えれば納得できるような見た目だった。

 よく小さい子供向けのアニメとかで池とか落とし穴とかに頭から突っ込んで足だけが地面から生えているような絵は見たことがあるけど、まさかお尻が生えている光景を見ることになるとは思わなかったよ。

 でも、本当の問題はそこじゃなかった。

 男の人のお尻はくっきりと割れ目が見えていた。

 つまり、パンツを履いてない。全裸だった。

 極めつけは、痛そうな顔をしながら【前に】転がってきたことだ。

 僕も男だからわかる。このまま体の前側を晒してしまったら、目の前の男性はこの数十人の人々、そして絵里香と奏にも、どデカいキノコをフルオープンしてしまうことになる。

 …まああの男の人のキノコがスーパービッグサイズなのかベリーミニマムサイズなのかは知らないんだけど。

 あの一瞬で【やばいぞ】と考えられていた自分を思うと意外と冷静だったのかな?なんて思うけど、僕の心配は的中することになる。

 予想したより大惨事になっていたことは認めるけど、これ以上説明するのは疲れるから諦めて欲しい。

 そこから十分ほど、僕たちは完全に放置されていた。

 まあ、明らかにどこかの国の偉い人風なお爺さんたちが勢揃いしていて、尚且つ絵里香や奏、その他にも魔法使いのローブみたいなのを着ているお姉さんたちもいた中であれほどのことをやっちゃったんだし、無理もないとは思う。

 その後男の人が連れて行かれると、ようやく僕たちの出番になった。

 ちなみに連れて行かれた後あの男の人がいた場所はびっしょり濡れていたので、絵里香と奏と三人で【もしかしてお風呂でも入ってたのかな?】なんて話をした。あの【白いナニか】の正体については誰も触れようとはしなかったけど。


「召喚早々に騒々しくしてしまったが、仕切り直すとしよう」


 そう言って僕たちの前に立ったのは、内務卿と呼ばれたお爺さんだった。


「私はレイモンド・フォン・ガガヴィー侯爵である。貴君らはこの度、救世の英雄として世界を背負うこととなった。貴君らが我が王、ゴウセル・フォン・グレアム様の治めるグレアム王国を選んだことを嬉しく思う」


 さっきから地味に思ってたことだけど、明らかに外国人なはずのお爺さんたちが日本語で喋ってくれてるのはありがたい。英語の成績はあまりよくないし、絵里香も奏もそれは同じ。まだ英語なら言っている意味が半分くらいはわかるけど、ゴチャゴチャホニャララ言われても訳がわからなくなりそうだから助かった。


「はい…」

「早速ではあるが、この世界は未曾有の危機に晒されて以降幾数百年とその脅威に争い続けておる。その状況の打破と人類の存亡をかけ、貴君らにはその身命を賭して戦ってもらうこととなる」


 戦う、と言われた。ということはつまり、僕らは異世界から呼ばれた勇者様としてこの世界で生きていかなければならなくなった、ということ。

 僕はあまりよく知らないけど、クラスの友達が言っていた【異世界召喚】ってやつに選ばれたってことなんだろう。


「え、ちょっとそれ困るんだけど」

「私たちが戦うって、そんなのいきなり言われても…」


 絵里香も奏も、戦いに役立つ経験なんてしたことはないはず。僕だってそうだ。

 学校の授業で剣道や柔道を多少やったことはあるけど、僕たちは生徒会活動を優先するために部活動には入っていないし、運動は嫌いじゃないけど剣を振ったり人を殴ったりしたことは全くない。

 戦いに関しては、全く知らないんだ。


「我々も貴君らを強引に呼んでしまったことについては心苦しい部分があるが、これは我々の本意ではないのだよ」

「どういうことですか?」


 そこから僕たちは説明を受けた。僕たちからも質問しながら長い間説明されたから細かいところは省くけど、まとめるとこんな感じだった。


 ・とんでもない遥か昔に、とある大陸にとんでもない魔物が現れた。

 ・その魔物は大陸を全て支配して、【眷属】と呼ばれる特殊で強力な魔物を世界に生み出し続けた。

 ・これまでも世界に魔物は多かったが、何倍も強い魔物に苦しめられることになった。

 ・そこである時、大陸を広く覆うように結界を作って、魔物が外に溢れ出さないようにした。

 ・でも、結界の中が満タンになってしまうと眷属は押し出されて外に出てしまうので、減らし続けないといけない。

 ・そうやって何とかしのいでいたけど、しばらくして大陸を支配している魔物が世界各地に種をまいた。

 ・その種は大陸を支配するほどの力を発揮する前に対処されて被害は小さかったけど、魔物を産むようになった。

 ・その頃から、各国に【界渡り】という異世界の戦士がやってくるようになった。

 ・グレアム王国にはここ数十年の間【界渡り】は来ていなかったが、久しぶりに選ばれたのが僕たちだった。

 ・各国にランダムに呼ばれる【界渡り】は戦力が高く、戦争の火種になりやすいので、軽々しく口にしない。


 理解するのにかなり時間がかかったけど、僕たちは結局のところ【この世界が呼ぶことを決めた】だけなので、グレアム王国の皆さんは関係ないんだそうだ。


「じゃ、僕たちって日本に戻れるんですか…?」

「貴君らの国、貴君らの世界への帰還だな。結論から言えば、我々では分からん。記録は少なく、口伝された内容も一貫しておらん」


 僕たちは絶望するしかなかった。

 父さんと母さん、友達にももう会えないかもしれない。

 仲良く活動していた生徒会のメンバーにも、仕事を押し付けたままになってしまう。

 僕たちが運よく戻れたとしても、その時に何年経っているかも分からない。百年や二百年経ってしまっていたら、僕たちのことを覚えている人など誰もいない孤独な世界にまた放り出されることになってしまう。


「先代の【界渡り】がかの大陸の問題を解決できておらぬのだから、この世界を旅立ち元の世界に戻れておることは考えにくい。貴君らの疑問に答えてやろうにも、我々の記録や当時の文献では、先代がそもそも今生きておるのか死んでおるのかすら分からぬのだよ」


 あの時の出来事を語ることができる今ならまだ落ち着いていられるけど、その言葉を聞いた瞬間はこの世界があまりに冷たすぎて泣きそうになった。


 *


 しばらくの間放心状態だった僕たちがそれぞれの部屋に通されて落ち着いた頃、部屋に女の人がやってきた。

 身長は百六十センチあるかないか、という女の人だったんだけど、胸のところが結構大きく開いていてドキドキしちゃった。よく見るとお人形さんみたい、という表現がしっくりくるくらい可愛いし、スカートもかなり短い。おまけにいい匂いがしてくるから心臓が本当にもたないくらいだった。


「これから、翔様に宿る魔力の測定をさせていただきたいのですが…よろしいでしょうか?」


 女の人は、手に持った大きな水晶玉を見せて、微笑みながら近づいてきた。僕はできる限りえっちな気分にならないように、八十歳くらいだと聞いている学園の理事長先生が式典の挨拶をしている場面を一生懸命リピート再生していた。

 実は、僕が思い出せる八月十九日の記憶はこれが全部だったりする。


「…んん?」


 気がついた時には朝だった。眠ってしまっていて覚えてないだけならいいんだけど、僕の制服と下着がめちゃくちゃ丁寧に畳まれてテーブルに置いてあったし、僕の体はあの男の人と同じく素っ裸だったことがどうしても不安なんだよね。

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