007-紹介されました


「ふぅ…っ!」


 喬也の心には【こんな重さでよく歩けるな】という悪態しか出てこない。寝食を共にした看守達が着用していた平時用の鎧ならまだしも、喬也に差し出されたのは明らかに防御性能と重量を増し増しにした○郎ラーメンもかくやと言わんばかりの儀礼用の全身鎧。鎧とその下に着る服を調達してきたおっさん文官は装着を確認すると部屋を出ていったのだが、喬也は出来ることなら彼に一言だけでも【アンタはコレを着られるのか】と文句をつけてやりたいくらいである。ごくごく平均的日本人男性であった喬也には文字通り本当に荷が重すぎる。

 とはいえ、実は喬也の数日間に亘る研鑽によって獲得した【身体強化】を素直に使えば羽根一枚より軽くなることは知っていた。

 では、何故使わないのか。


(慢心は敵、怠慢は敵…!)


 これもまた、数限りなく見聞きしてきた【異世界】作品の知識の賜物である。

 往々にしてどんな物語にもテンプレート的な展開は存在する。転移や転生に際してよく起こり得るお約束の一つが【ゲストキャラが鍛錬を怠って死亡】である。

 なまじ類稀なる才能を持って生まれてしまったキャラクターが鳴り物入りで登場した直後に主人公にあっという間に伸されてしまうパターンや、偶然手に入れた業物の武器をこれ見よがしに掲げたキャラクターが大見得を切ったところで返り討ちに遭ってしまうパターンなど、例を挙げればキリがない。

 つまるところ、この世界でいうところの【界渡り】たる喬也も、魔法という才能を与えられただけの単なる巻き込まれ召喚による当て馬キャラになってしまう可能性を大いに孕んでいるのである。

 ましてや今回は輪をかけて悲惨である。思春期の多感な時期にある未来ある高校生達の前にモザイクなしのネオアームスト○ングサイク○ンジェットアームスト○ング砲を展開し歯磨き粉との完璧なユニゾンを奏でてしまったのだから、彼らから特大の恨みを買っていたとしても何ら不思議はない。


(逃げ切った先で『あの日の汚ねえモンゾウさんの恨みだー!!』なんてやられたらたまったモンじゃねーからな…)


 鍛錬が実を結ぶかは分からない。しかし、結実せずとも自分自身の力は一歩ずつでも増していく。そう考える喬也は自分が支えられる限界と釣り合うだけの強化に留めている。

 そう間を置かずにこの国を出ることになる喬也としては、国境を越えるまでにこの鎧をものともしない体力を獲得することを目標の一つとするのだった。


  *


 自己研鑽のため、鎧の重さとガシャガシャという騒音に悪戦苦闘すること五分。またも看守達に前後をサンドイッチされて喬也が連れてこられたのは、先程の小部屋の時より少しばかり小綺麗な雰囲気のある扉の前だった。

 望むべくもないが、出来得ることなら事務やら会計やらを担当するようなお姉さんがそろそろ着いてくれてもいいのではないかなどと邪なことを考える喬也は黙って着いていくよりほかない。

 鎧を身につけて歩いてくる間にこの国は朝を迎えており、立ち止まったことで少しだけ草の香りが混じる心地いい風を感じられた。


「申し上げます、かの者を連れて参りました」


 看守が扉をノックしてそう告げると、扉の向こうから「入れ」と声がかかる。トサカのついたフルフェイスの兜の隙間からでも聞き覚えのある重厚な声に安堵しつつ看守に続いて部屋に入るが、喬也の視線は部屋の主たる外務卿ゴリマッチョに向くことはない。


(あぁ…)


 少女は、座面に張られた真紅の革が高級そうな光沢を放っているソファーから立ち上がる。


(とんでもねぇよ…)


 大きくくっきりとしているが、お互いの魅力を最大限引き出し合う目鼻立ち。少しだけ目尻の下がった目に更なる潤いを湛え、水底で戯れる魚達を一匹残らず数え切ってしまえるほどに透き通った湖のような淡い水色の瞳。瑞々しさと一目で分かる弾力が、幼さを残しつつも女性らしさを演出する血色のいい唇。純白の生地に金糸の刺繍があしらわれたアルバと青を基調としたストラが一体となって少女の透明感を際立たせる肌。首にかけられたロザリオが前後にとめどなく揺れるほどに大きく、ある種暴力的な曲線美を形作る双丘。


「兵士の皆さん、ご苦労さまです」


 慈愛溢れる微笑とともに発せられた、芯のある可憐さと春の風のような爽やかさが同居する中に年相応のあどけなさが残り、全身に沁み渡っていく凛とした声。


(可愛い、なんてモンじゃねぇ…っ!)


 彼女は、ファーストコンタクトの数瞬だけで喬也を完膚なきまでに魅了した。

 【彼女の剣】たれれば、眼前の全てを斬り払える。

 【彼女の盾】たれれば、我が身が朽ちようと本望である。

 【彼女の騎士】たれれば、それだけでこの世の困難全てを背負ったとて余りある祝福がもたらされる。

 そんな暴論でさえも、自然の摂理でなければおかしいと認識させる。

 そんな極論でさえも、長い地球の歴史の中で完成された数限りない美の概念を根底から覆す。

 この少女が体現するのは、優美さを帯びた気品としなやかで健康的にもかかわらず貞淑さを兼ね備えた、まさに完璧かつ全てを凌駕する美しさ。


「私は、セレスティア・フォード・エヴァンシュタイン」


 喬也の前に現れた、燦然と輝く美の化身。


「これからよろしくお願いいたしますね」


 【件の聖女】、その人である。

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