006-お色直しされました


「…魔法、だ。魔法、打ったんだな…俺」


 非常に不本意な経緯を辿りつつも、お決まりの展開であれば教官や講師のような者が手解きしてくれる過程を思いっきりすっ飛ばして魔法を会得してしまった喬也は、先程の死闘のことなど記憶の彼方へ【スパーキング!!】して感動に打ち震えていた。

 改めて数秒前の記憶を呼び起こす。内務卿ハゲの赤や紫とも、外務卿ゴリラの緑とも異なる黒い霧は、確かに喬也の内から溢れ出したものだと自覚できていた。

 球が出来上がり発射された後の軌跡を追ってはいないため正確なことは定かでないものの、立っていた位置と照らし合わせるとちょうど【ヤツ】がいた辺りには半球状の孔が生じていた。まるで、喬也が遮った先にある場所だけを丁寧にくり抜いたような状態だけが残されている。

 これが、【魔法を使いたい】と考えて使うことができた初めての経験だったため、魔力が体から引き出された瞬間の記憶も鮮明に残っている。

 この世界の魔法とは、【意思や感情の具現化】であると理解できた。

 あの時喬也の脳裏にあった思いは【眼前には憎むべき敵がいる】という認識、ただ一つである。緑にどんな意味があったのかは分からないが、赤が怒りを表し、紫が欲望を表すのであれば、黒は殺意や害意などを表す色なのかもしれない、と現状の考察をまとめると、喬也は再度魔力の取り出しに挑む。

 幸いなことに、魔力が体を覆う視覚的イメージも、魔法として放つ感覚も既にある。喬也は、全身に力が漲り溢れ出してしまっているような感情を作ってみることにした。

 さながら、思い描くのはスーパーサ○ヤ人である。


「はぁぁあ…!」


 大きな声を出してまた看守に文句を言われるのは御免被りたい喬也は、気合いを入れながらも小声を意識してスーパー○イヤ人らしさを演出する。雰囲気が大事な気がしていたため【オラに元気を分けてくれ】でもよかったのだが、本当に元気が集まってしまうと放出しなければならなくなる。

 喬也自身としては何をやってももう大差ないだろうと考えているが、悲しいかな地下牢の壁をぶち抜いてもお咎めナシで済む確証は得られていないため、気合いを入れるフリを選択したのであった。

 すると思った通り、体の周囲を覆うように蜃気楼に似たエフェクトが生まれる。


(お、いーね。これで『シュンシュンシュン』って音までしてくれたら完璧なんだけど)


 本当にスーパーサイ○人を目指そうとするのはいかがなものか、とツッコミを入れてくれる者は存在し得ないが、喬也にはそれよりも気になることがあった。


(にしてもやっぱ色はつかないか)


 喬也はオーラを出したり消したりを続けながら納得する。

 謁見の間の内務卿も先刻の喬也も、感情が先行して魔力を生成していた。【意思や感情の具現化】という魔法に関する考察も、案外理に適っていると実証できたと言えるだろう。この世界の魔法理論についてあれやこれやと考え始めたところではたと気がつく。本来の目的は魔法を使うことではない。

 喬也が最も注力すべきなのは、【魔法による防衛策の獲得】である。例の【九段の聖女】がどんな技や魔法を使えるかは推測のしようもない。そのため考えつく限りのパターンに対して有効な防御術を手に入れておかなければ、今後の襲撃に直感による対処を要求される喬也の精神は一握りの安寧すらままならないものとなってしまう。


(親父、お袋…急にいなくなってごめんな)


 前触れのない転移も、【異世界】物語のお約束。

 喬也が想像できる限界を超えた、文字通り天文学的数値にまで達する物理的距離はもう二度と埋まることはないのだろうと最後の憂いに区切りをつけ、研究を再開した。


 ガンガン!!


 ブツクサと言いながら魔法研究を続けること数日、今日も乱暴に部屋オリが叩かれた。看守である。三交代制のようで、交代する側の看守は毎度食事を持ってやってくる。


「飯だ、手を出せ」


 初めからいた看守は腰の鞘から剣を抜いており、もう一人の男性はお盆を持って僅かばかり近づいてくる。

 この牢は地下にあるので外の光で時間を把握することはできないが、喬也の腹時計はこの暮らしに慣れて正確に食事の時間を教えてくれる。初日は魔法がいきなり使えるようになってからというもの、ゆうに数時間は没頭していたらしく、気づけば二つ目のシフトの前に軽く食べただけで空腹のままシャワーからの異世界ダイブだったため、食事と聞いた途端に腹の虫が騒ぎ出したのも深く納得できたものだ。

 恐らくだが、飯を渡す際に罪人が行動を起こしてもすぐ対処できるぞと示すために剣を抜いているのだろう。平穏な日本社会で生きてきた喬也の身の上では分かっていても怯えは拭えなかったが、流石に毎日この状態なら慣れてしまう。


(もう慣れたな、剣にもパンにも)


 現代の食文化に慣れた喬也からすれば、残念な気持ちは倍増する。喬也の実家では焼きたてパンの販売もしていたが、その見た目に【硬さだけをとっても売れなさそう】と判断するくらいには前歯への負担が大きい。

 見かねたある日の看守が「硬いならスープに浸して食え」とアドバイスしてくれたのは有り難かった。


「ありがとうございます」


 こちらも毎度変わらないメニューで、恐らく【くず野菜のスープ】みたいなもの。現代の多種多様な調味料の恩恵を受け続けてきた喬也にとっては素朴すぎる味わいなのだが、喬也専用の貫頭衣オーダーメイドは着心地の楽さ加減を差し引いて余りあるほどに風通しが良すぎて底冷えする。それを考えれば、ほんのりでも温かいのがせめてもの救いだ。


「聖女様の慈悲だ、『ゆっくり食べていらしてください』とのことだったから急がなくていい」


 受け取ってすぐに口をつけた喬也に交代の看守が言い残すと、目の前の壁に背を預ける。どうやら今日は食事中の囚人を見届けるつもりらしい。微妙に落ち着かない。【硬いパンを柔らかくする魔法】はないだろうか、と思いながら渾身の力でパンをちぎるのだった。


(足りん)


 食事の量は多くないため、すぐにスープは空になる。

 今日は配分を間違えてしまい二口分ほどのパンが残ってしまったため必死に噛んで飲み下していると、目の前の看守から再度声がかかる。


「出ろ、案内する」


 どうやら看守が喬也を見守っていたのは国を出す準備が整ったからだったらしい。断りを告げて独房内に設えられたトイレに立ってすぐ、前後を看守に挟まれる形で連行される。

 階段を上ると小さな窓いっぱいに明け方の空が見えて、やはりここは異世界であると喬也は実感を得る。日本国内、更に言えば喬也の生まれ育ったあの街では夜空で繰り広げられる天体ショーを楽しみたくとも看板と街灯が覆い隠してしまう。あんな登場でさえなければ、喩え勇者や賢者じゃなかったとしてもこの雄大な異世界を楽しむことができたのに、と落ち込まざるを得ない。

 いつの間にか目を伏していた喬也は、先導する看守が立ち止まった瞬間への反応が遅れてしまう。看守の鎧に激突した生え際をさすりながら目を開くと、先客がいた。

 喬也が見るになんとも気の弱そうな雰囲気のある文官風の男性は、細々と口にする。


「貴君は王命に基づき、放逐となる。今代の聖女様が連行する故、支度を整えよ」


 喬也の予想通り【お前がやれ】と押し切られて押し付けられた文官が指し示す先には、看守より豪華な鎧。どうやらこれに身につけろということらしい。

 【鎧を着るのはいいのだが…】という顔をする喬也と【早くこの場を去りたい…】という態度が滲み出る文官。十数秒の無言の時間に耐えきれなくなったのは喬也のほうだった。


「あの」

「何でしょう」

「…脱いでいいんですか」

「…はい?」


 伝わってくれなかった。


「いやその…俺、この下フルチンなんですけど」


 激務のせいで二十歳は老け込んだと影で囁かれている文官が、弾かれるように部屋を飛び出し、平服の準備を始めたことは言うまでもない。

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