005-収監されました


「余の栄華に座し、この不届者の速やかなる放逐を王命として発す。委細は追って沙汰する故、心して待て」


 相馬そうま喬也きょうや、二十七歳。

 前触れもなく彼を襲った怒涛の展開は【国外追放】で幕引きとなった。


「…はい」


 喬也は漸く一人で落ち着くことができたため、十数分前の最終シーンを地下の独房で思い返す。

 何はともあれ命だけは助かった。その幸運にだけは感謝しようと納得する。

 運とタイミングの悪さが限界突破した末路が国外追放ならば、大変不服ではあるものの最悪が回避できたことを鑑みて落としどころとせざるを得ないであろう。

 とはいえ何も対策を講じないままではそう遠くないうちに街のシミになることは確定している。


「ただなぁ…【九段の聖女】だろ?」


 何の九段なのか分からないが、少なくとも私刑を任せるに足ると判断されるほどの執行人が連行を担当することは聞いている。段位がどこまであるのかは情報がなく推測することはできないながらも、もしキリよく十段が最高位であろうものなら間違いなくその聖女はとんでもない実力者だ。

 喬也も彼らがいうところの【界渡り】の一員ではあるため何かしらの力を手に入れた可能性はある。せめて攻撃ができなくとも、防御力さえ確保できれば防ぎながら逃げることくらいはできる。


「防御力だけで最強になったキャラもいたしな」


 転移する前に日本で目にした作品をのほほんと思い返すあたり、本当に喬也は【異世界】慣れしている。しかしながら喬也自身には、断じて一般的な感性ではない自覚はないのだった。


(ん、てことは俺に何かの力があるかどうかは確かめておいたほうがいいか)


 正確な測定方法は全く知らない。

 数限りなく存在する【異世界】物語にはある程度似通ったシステムが登場する。

 ステータス、魔法、魔力、スキル、加護など、RPGに登場するようなシステムウインドウが表示されたりポイントを消費して魔法や剣技を発動したりと、分かりやすく異世界を渡り歩くための能力ギフトが与えられるところから物語が始まるお約束がこの世界にないとはいえないはずだ。

 キャラや物語の質から【大ハズレスキル】や【魔法が使えない加護】など、喬也のお察しアホなおつむでは打開策が見出せない能力しか持ち合わせていない可能性はあるが、できることだけでも試してみようと思い立つ。

 【どうせ国外追放だ、どんな問題を起こそうが知ったことか】と楽観視した喬也は、早速テンプレ展開を期待して行動を開始する。


「ステータス」

「ステータスオープン」

「スキル『ステータス』」

「情報」


 まず確認を始めたのは、喬也の情報を一覧で表示してくれるウインドウが表示されるかどうかだった。真面目ではないものの付近に看守がいることもあって、小声で思いつく限りの単語を並べてみるが結果は惨敗。

 ここまできたら、とスマートフォンの画面を操作するように空中をなぞってみたりタップしてみたり。されど健闘虚しく、喬也の思いに応えてくれるウインドウは現れなかった。


(いつお迎えか分からんし、一旦ヤメとこ)


 埒が開かないと頭を切り替えて、もうひとつの候補に着手する。

 喬也がウインドウが出てくることを期待した最大の理由は【自分の現状で防御に使える力があるか】を確認できると踏んだからである。つまり喬也自身に【秘められた力】が存在してくれていればいい。

 その力を発揮して【九段の聖女】から繰り出される、命を刈り取るための数々の剣や魔法の攻撃を凌ぎきること。それがこのステージに立たされた喬也に課せられるクリア条件である。


(異世界の定番要素、魔力だな)


 【魔力】。

 これもまた作品によって千差万別の扱いを受ける概念である。

 まず呼び名からして無数にある。魔力、マナ、魔素、霊力、妖力、気、地脈の力…代表的な候補はこのくらいだろうが、大抵の場合は【個々人に内包される、不思議現象を引き起こすための力の源】という意味で用いられる単語だ。設定によっては【大気中に存在する不思議なパワー】として取り扱われる場合もあるが、基本的には炎を巻き上げたり突風を起こしたり氷を突き刺したり土壁を出現させたりと超常的な環境の改変を生じさせるために登場する。

 思い出すのは先程までいた謁見の間である。

 あの欲まみれの内務卿ハゲが怒髪天を突いた結果、喬也に対して放った球。あれはもしかすると、魔法だったのかもしれないと考える。

 床と大喧嘩ガチファイトした後頭部の痛みが完全に引いた今でも未だに右肩の辺りには鈍痛が残っており、内務卿のあの行動が魔法を使った何らかの攻撃であったとするならば様々な点からも合点がいく。

 少なくともあの猛々しい深紅の球に込められたエネルギーが赤子すら殺せない生易しさだとは考えられないため、喬也としては【あの攻撃に対して無意識に魔力を駆使して防御行動を取ったのではないか】という仮説があった。確証はないものの、意識的に力を認識することさえできてしまえば盾を張って身を守ることくらいはできそうである。

 喬也はこれまで踏破してきた数多の【異世界】作品の知識を総動員し、まずは己の内に流れる何かを探してみる。


(体…、心…、魂…)


 簡易的な寝床に浅く腰掛け、壁に背をもたれかけて集中を開始した喬也にまず感じ取れたのは、少しだけ離れたところで暇を持て余している看守の息遣いである。時折咳払いや遠く聞こえる足音なども混ざるが、割と鮮明に聞き取れる。

 つい三、四十分前までは歓楽街の喧騒に囲まれていたため少しだけ新鮮な感覚に陥るが、本題を思い出し喬也は更に深く潜ろうと試みる。首元にちくちくと刺さり集中を妨げてくる喬也専用の貫頭衣麻袋の穴を強引に広げると、再度瞼を下ろす。視界を暗闇に染めれば、再開である。

 自然と深呼吸を始めると、肺の中に空気が満ちる感覚と心臓の拍動、そこから全身を巡る血潮にまで感覚が行き渡る。緊張の連続であったせいで精神的疲労は極致に達しており、この瞑想にも似た行動によって肉体が少しずつ緩みだす。

 リラックスして肩の力が徐々に抜けてきているのは感じられたが、呼吸と鼓動と血流以外に見受けられる感覚はない。


「…」


 しかしながら一人黙々と自らに潜るのはなかなかに心地よく、いつしか十分ほど目を閉じて深呼吸を続けてしまっていた。

 すると、奇妙な反応を得た。

 場所は下腹部。もぞもぞというか、むずむずというか。ちょうど臍の下である。少しばかり痒みを感じるが、これが魔力を感じられた証拠なのかもしれないと我慢してその感覚に粘着する。


丹田たんでんだっけか?人体の力が集まるポイント、とか言われてた気がする)


 どうやらこの世界の魔力とやらはある一箇所に凝縮されているようだと喬也は結論づける。

 作品によっては【体内を流れる】だの【日常的に取り込んでいる】だの多種多様に定義されるが、一先ずこれが魔力なら喬也にも備わっていたということである。あとはこれを何らかの方法で取り出し、盾になるよう試行錯誤することが大事だ。

 身体能力を向上させる、俗にいう【身体強化魔法】という手も考えたが、地球人としては至って平均的な運動能力しか獲得しなかった喬也では、何らかの九段を認定された相手に立ち向かえるとは到底考えられない。


(余裕があればやってみるか)


 思考が横道に逸れたからか、先程の感覚を少しの間見失っていた。とはいえ一度手に入れた感覚はすぐに再確認できたので問題ないと思いきや、その場所は少し左上に移動している。


(やっぱちっとかゆいな)


 喬也は【聞いたことのないパターンだったか】と認識を改める。

 流れる、とは聞くものの、その時々で場所が変わる、という設定は聞いたことがない。郷に入っては郷に従えと偉大なる喬也の先人達は教えを残してくれているが、それはそれとして【面倒な仕様にしやがって】と出かかった愚痴を飲み下した。

 そして、この世界の魔力は本当に忙しないらしい。左側の最も下の肋骨の上に乗ったかと思えば、そのまま肋骨を駆け上がり胸筋の下にまで辿り着いた。このまま胴体をぐるりと一周するのかと思いきや、その場で平行移動を開始して鳩尾にやってくる。

 皮膚感覚の移動を追いかけているとこっちまで楽しくなってきてしまったが、ふと喬也は違和感を覚える。


(皮膚…?)


 そう、この魔力は喬也の体表面を動き回っている。もぞもぞ、てくてくとリズムも脈絡もなく、体の上を走り回っているのだ。


(おいおいおいおい!!)


 喬也には、覚えていることがある。

 十年ほど前、ある夏休みに惰眠を貪っていた時の話。

 その頃部屋に設置したエアコンは長年の奮戦虚しく荼毘だびに伏しており、扇風機を強引に回して凌ぐしかない状態だった。

 何とか七割ほどの宿題を終わらせたところでやる気が底をつき下着一枚で昼寝から醒めると、腹の上を這い回る何かを感じ取った。

 寝惚けていたとはいえその姿を確認した喬也はこの世の終わりを想起させる悲鳴とともに飛び起きて、かの有名な【人類共通の仇敵】討伐のための兵器を構えたのだった。

 一瞬にしてそんなトラウマを思い出せたのにはもちろん理由がある。


「いぃいいやあぁあああ!!!!」


 本当に外れてほしい嫌な予感というものは、往々にしてバッチリと当たってしまうものである。

 某有名漫画では人類を駆逐せんとまでしてきた、【一匹見つければ三十匹はいると考えろ】とまで言われ、カサカサと家中を走り回りどこにでも顔を出す存在。【日本人の真の安住の地は北海道】とまで言わしめる、あの黒い光沢が民を戦慄させる【ヤツ】である。

 そんな者が自らの肉体を我が物顔で闊歩していたともなれば、これほどのトラウマを抱える喬也は一発KOである。認識してすぐに自身の持てる最大効率で跳躍し部屋の隅に着地すると、すぐにあの人類の叡智の結晶リーサルウェポンを求める。

 幸いにして喬也のジャンプにより身体から滑り落ちたトラウマ製造機は部屋の中央に佇んでいるが、このままでは魔力だのスキルだのを気にしている場合ではない。


「何だ貴様!騒々しいぞ!!」

「あれ、あれが!あれがぁああああああ!!」


 ここで絶叫を聞きつけた看守が心底面倒そうにやってくるが、喬也はまともに喋ることもできず、かと言ってアレから目を離せば何をしてくるか分からない。

 ともかく何としてでもあの黒光りする生物から離れたい一心で喬也は助けを求めるが、その願いは届かなかった。


「…んだよただの黒虫クロムシじゃねえか、騒がしい」


 そう吐き捨てると、【気にするだけ無駄だった】という態度を隠すこともなく去っていく。遠ざかる足音を聞きながら尚も慄く喬也は、次の瞬間目を見張った。

 黒光りする背が、開いてしまった・・・・・・・のである。

 喬也、本日二度目の走馬灯である。

 今回は筋金入りで、何故か美しい思い出は全く含まれていなかった。怨敵の飛び立つ瞬間が刻一刻と迫りくる中、数々のトラウマと黒歴史が脳内を駆け巡る。

 喬也は宿敵が床から脚を離した瞬間に確信した。

 【こっちに来る】と。


「来んなぁああああああ!!!!」


 ここで喬也は、本来なら自身を不利にする悪手を取った。

 飛び立つ瞬間の黒虫を視界から覆い隠すべく掌を向けたのだ。

 【見えざる敵は討てない】というのがバトル漫画の一つの常識ではあるが、そもそも敵を見ようとすらしないのであればそれは敵前逃亡よりももっと醜い姿だろう。

 視界に入れないように手で覆い隠すくらいならば瞼を閉じれば早いものを、その考えに至ることができないほどに気が動転していた喬也。精一杯の抵抗としてこの行動に出ただけであったはずが、この日この時この場所に於いては、これこそが最適解であることが判明する。

 喬也は心から、黒虫の接近を強く拒み手を翳す。その刹那喬也の体には漆黒のオーラがまとわりつき、瞬く間に彼の両手を覆い隠す。長年積み重ねられた恨みと殺意は身を結ぶ。

 両手に集まった霧はその全てを源にして、その向こう側を決して見通すことが許されないほどの濃く深い黒球を形作ると、球はその意思を受け継ぎ飛び出した。

 主の求めるままに、真っ直ぐに。


 チュンッ


 喬也は、恐る恐る翳した手を下ろす。

 忌々しい黒虫は、どこにもいなかった。

 あの羽音も、足音も、痕跡は皆無。

 黒虫を無事討伐したことに安堵した喬也は、ふと思い返すことになる。


「あれ?」


 喬也は、またしても悲惨な不運に苛まれ、そのおかげで念願の魔法を手に入れたのであった。

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