004-裁判されました


「…はい」


 喬也には、そう返事するほかに選択肢はなかった。

 日本の同好の士オタクなら誰もが一度は耳にするであろう、【異世界】物語。不慮の事故で亡くなり哀れに思った神様から第二の生をプレゼントされるなり、扉を隔てた先が異世界につながっているなり、転生だろうが転移だろうがところ構わず暴れ回り無双する登場人物達。

 喬也も確かにそんな経験をしてみたいと思っていた。剣を振るい仲間を募り世界の困難に立ち向かう、そんな英雄譚の主人公になってみたいと思っていた。

 しかしながら現実は、素っ裸転移という前代未聞の珍事を皮切りに、十分と経たずして貫頭衣よろしく穴開き麻袋に首を突っ込み正座させられた挙句、転移先の国を治める見ず知らずの国王様が自ら執り行う裁判の被告人にされている。


(ギャグにしては盛りすぎだろ、こんなん)


 最も忌み嫌う物語の結末である【夢オチ】を願わずにはいられない喬也とは対照的に、周囲に渦巻く殺意や軽蔑の込められた視線は痛い。喬也からすれば【運とタイミングが異常に悪かっただけ】ではあるが、お偉方はこちらの事情など考慮に値しないと断じるであろうことが容易に想像できた。


「さて。これを処断するにあたり異論のある者は?」


 口火を切るのは豪奢な王にくだるまであった。

 喬也の目にはいかに醜く見えようとも、彼はこの国の玉座をただ一人埋められる権力者。言外にギロチンを匂わせる圧力には、官吏や大臣、無二の腹心であろうと口を挟めるわけもない。この国を背負わせるにはあまりに不適格な振る舞いを見せつけられたという大義名分も相俟ってか、静寂が首をもたげた。

 だが、沈黙は外務卿によって破られた。


「畏れながら、陛下に奏上したき儀がございます」

「ん、申せ」


 王の決定に出しゃばるな、と言いたげな顔をする内務卿には目もくれず、外務卿は膝を畳み首を垂れた。

 王が促すと、重厚な声で続ける。


「申し上げます」


 その時外務卿の言動に目を留めていた喬也は、一瞬だけ目が合った気がした。頭を低くしておりその目は彼の膝で隠れているはずなのに、バッチリと視線が重なったように感じたのである。


「この不埒者に関しましては、斬首ではなく追放とするのがよろしいかと存じます」


 その一言が広間に響き渡った瞬間、集まった全員はその言葉の意味を理解することができず、まさに凍りついた。

 その後、蜂の巣をつついたように飛び交う叱責と怒号が外務卿に襲いかかる。


「その言は王の臣として到底看過できぬぞ、外務卿殿!!」

「歴史と伝統を虚仮にした大罪人を見過ごせと言うのか!!」

「よもや先程の一瞬で気でも触れたか!!」

「あれは外法げほうの類を持つやもしれん、即刻首を刎ねよ!!」


 ありとあらゆる暴言が荒れ狂う竜巻の中で、外務卿は尚も静かに頭を下げたまま動かない。釈明をするわけでもなく、狼狽える様子や気圧された雰囲気もない。外務卿自身が発言の撤回をしないつもりであると理解しさらにボルテージを上げた取り巻き達は、罵倒すら始めている。

 耳をつんざく攻撃的感情の嵐の只中に於いて喬也は、当事者でありながら傍観者としてこの場を眺める。


(あのゴリラ、堂々としてんなぁ)


 喬也に映るのは、責められようが貶められようが、屈せずに動じずに機を待つ、戦士の姿だった。心なしかその姿からは、先程凄絶な怒気を喬也にぶつけてきた内務卿とは打って変わって、濃い緑色のオーラがふんわりと覆っているように見える。まるで勝利を疑っていない、忠節に全てを捧ぐ気高さを感じる佇まいとそのオーラは、喬也にもひとかけらの希望を与えた。

 しかし、希望を見出したのは喬也だけではない。罵詈雑言を並べ立て続けていた彼らは逆に赤や黄色、オレンジなど明るいオーラが揺らめいていたが、一歩前に進み出た内務卿に制されてその色を消していく。


「外務卿、貴殿は王へ不敬を働いたこの不埒者を赦免せよと仰ったな?」

「左様」

「皆、聞いたな?」


 内務卿はそう宣い、玉座の前へ立つと厭らしい笑みを浮かべる。

 人は、野望に取り憑かれれば最後、ここまで意地汚くなれる。それを体現するような大仰すぎる身振りで王へ向き直ると、先程の笑みは消えている。

 その代わりと言っては何だが内務卿ハゲの体からは、今や毒々しい紫色のオーラが鍋から溢れ出すように発せられていた。


「王よ、畏れながら申し上げます。外務卿たるこの者は、忠誠を誓う主たる王ではなく、無礼なこの輩を選びました。これを踏まえ、どうか懸命なご判断を」


 その姿は正しく、忠義の臣。

 王を敬愛し、王のために動く、絵に描いたような為政者。

 あの不健康そうポイゾナスなエフェクトさえなければ完璧である。喬也がこの裁判の当事者でなく冷静な立場にいたとしたら、この光景を見て真っ先に【このジイさんは政治家より詐欺師に向いている】と思ったことだろう。


(こんなん、やってらんねーや)


 喬也は、一抹の希望すら捨てざるを得なかった。

 こんなことになるなら、髭の剃り忘れくらい見過ごしておけばよかった。風呂を済ませてから洗面台に向かっていればよかった。足を滑らせるかもしれないと気をつけていればよかった。

 誰も知らないこの世界に呼ばれて死ぬくらいなら、初めから来たくなどなかった。

 思いを募らせる喬也は、絶望に苛まれていた。


「陛下、この度の奏上は陛下とこの国の御為にございます」


 王の発言を待つべきはずの沈黙は、またも不遜なる外務卿によって破られた。


「この期に及んでまだ蒙昧なる言を口にするか!!」


 憤りを露わにする内務卿を意に介さず尚も続いたのは、この場に於いて喬也も含めて誰一人思い至らなかった可能性だった。


「この度の勇者召喚の儀は、かの大陸の魔物を数多く征討し、国威を知らしめんとする第一歩にございます。精鋭たる我が国の魔法師団が召喚した勇者らは必ずや我が国に躍進をもたらすものと確信しておりますが、その裏で巻き込まれてしまった異界の無辜の民を国が弑したと漏れれば間違いなく…我が国の醜聞となりましょう」


 王の表情は素直だった。

 確かに外務卿のいう通りである。

 民の流言は止めどない。

 【勇者召喚】の儀は秘密裏に決行されている。周辺国家では忌避すべきものとしての風潮が強く、賛同を得るには乗り越えなければならない障害が多すぎたこともあってのことだ。

 対外的には【我が国の移民である】と発表すれば一応の体裁は整うだろうが、情報統制を行えども国の機密はいつの間にか漏れてしまう。

 この国が位置する大陸の民族とは明らかに容姿の異なる勇者が名を上げれば上げるほど、それと似通った特徴を持つ人間の死体が目撃されてしまえば批判の的となる可能性は否めない。


「左様か。しかし外務卿よ、赦免するとて野放しにするならば余の権威は地に落ちるぞ?」


 喬也は【こんな時でもメンツかよ】と頭を抱えたくなるが、仮にもデブは腐っても王である。国家元首として威光に影を差すわけにはいかない。

 【ここで処刑すれば国の威信を損なう】という可能性に気づいた以上は、自国と喬也との関係を悟られないことが最重要事項になった。


「もちろんでございます。追放とは申しましたが、陛下への目に余る狼藉には償いが足りませぬ。そこで、ここは一つ【件の聖女】をあてがうのがよろしいかと」


 王は口髭をちょんちょんと触りながら思案する。

 確かに【件の聖女】ならば、今年の収穫祭は無事に数日前に終えた。この先数ヶ月間に控えている祭事は一つを残すのみであり、お誂え向きに外遊が必要。

 【徴発】は各国共通の義務とされているが、周辺国家の例年の対応にはまだ多少余裕がある。我が国がいち早く行動を開始し、加えてかの大陸で最大の戦果を挙げるというロードマップを思い浮かべた玉座の主はほくそ笑む。


「かの大陸への徴発に際する総本山での洗礼とでも名目を与えておけば…」

「左様にございます。この者がいくら【界渡り】といえど、かの者であれば後れを取ることはありますまい」


 他所に喬也この者を放り込んでしまえば、適切に処理することで解決できる。今回の問題は自国と喬也の関係性を有耶無耶にできさえすれば構わない。

 内務卿は、ここまでの内容を聞いて臍を噛む。

 外務卿と同じく隣で膝を立てて聞いていたが、この先の展開すらも予想できる彼は今度こそ心からの苛立ちを隠すように拳を握り込む。


「重ねまして申し上げます。本来、成果を持ち帰る勇者達については私を含めた軍部全体で育て上げた後、追って洗礼へ向かわせることといたしましょう」


 まさに、絵に描いたような一石二鳥である。

 厄介な男の処分、【徴発】への対応と意思表明、全てが丸く収まる案であり、王も二つ返事で納得する。


「成程、良かろう。外務卿、よく申した」

「はっ…」


 喬也は内心、忙しかった。

 十分前には怯え、五分前には死を覚悟したものの一分前には希望を受け取り、希望を捨てたら命が守られた。


(あーチクショウ、疲れた)


 それでも真っ黒な職場で鍛え上げられた鉄面皮は保っており、その仮面の裏で内容を整理する。


(つまりはアレか?国の中で殺すとマズいからどっかに連れて行って殺すってことだろ…)


 一先ず命だけは助かったらしい。何もできずに終わるのだけは到底承服できないため、せめて抵抗できるのは幸いだ。


(にしても【くだんの聖女】って何だ?何の九段?習字か?)


 語彙力についてはお察しである。

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