第37話 朝まで生殺し

 四枚のゴールドパスが揃った。


「僕は、時の方の姿をした神原来世さんから、ゴールドパスを渡されたんだ。これが僕らにとっての一枚目だね」

「オレは、時計城で渚を見て、中一の過去のオレから、未来の使者神原来世より二枚目のゴールドパスを得ました」

「その後、倒れた時の方の首から、ゴールドパスを抜いたんだよね。これは、神原来世のいつかの時代のものかな。取り敢えず三枚目だね」

「そして、密流くんとオレで、四枚目を火星より手に入れ、今後どうしようかとオレは悩んでいます」


 火星城の中は静か過ぎて、無音が怖くなった。


「あの池は、火星が泣いてできたのかな?」

「涙……。ですか」


 オレは、自分の心を探られたのかと焦る。


「密流くんは感受性豊かですね」

「もっと愛しちゃった?」

「あああああ、ここで、そんな」


 頬にキスされてしまった。


「だよねー」

「オレだって色々、ブツブツ、色々なのですが」

「卑屈変態仮面、煩いよ」


 密流くんが池の近くにあった野菜畑へとオレを引っ張って行った。

 近くでみると、火星には四季があることを思い出し、あらゆるシーズン旬の野菜が揃っていることに驚いた。

 足元にはクローバーやタンポポもあり、地球での懐かしい風景も思い出せる。


「取り敢えず、バーベキューパーティーしようよ」

「野菜しかありませんが、それでよければ」

「ご馳走だよね。僕、野菜が食べたいな」


 密流くんの素直さが以前よりも心地よく感じた。

 バーベキューに向いていそうなのを収穫しに畑に分け入る。


「ナス! ナスですよ。密流くん」

「ナーイス」

「詰らない駄洒落はオレの十八番なのですが」

「あ、言いたかった? クスクス」


 照れる。


「これ、掘ったらなんでしょうね。多分アレだと思いますが」

「よーし、僕掘っちゃう」

「猫カキですか!」


 いくつも掘るのを楽しんでいるようだ。


「テレテー! タマネギ、サツマイモ、ジャガイモだよ!」

「……割と駄洒落が思い浮かばないですね」


 沢山収穫した。

 密流くんが池で洗う間に、どうにか、刃物を火星城で見付けて、食べやすく切った。

 庭の石を左右と後方に積み、金属の板を渡して、下部に火を入れられるようにした。

 薪があったので、それと、上には松葉などを広げて着火しやすくした。


「火はどうしようか。この板で焼くんだよね」

「今から起こしますよ」


 密流くんとオレとの協力で初めての食事だ。

 わくわくするな。


「焼けた? これさ、焼けたかな」

「食べてみてください」

「むー、もうちょい。サツマイモさんは、まだ寒いって」

「え? お風呂かストーブなのですか? ここって」


 オレって、どうして手を出さないのか分かった。

 中学一年生だからではない。

 キスで十分伝わるから、その先へは行かない。

 オレが扉を開いてしまったら、良好な現状維持が厳しいだろう。


「これ、僕が発見したの。美味しいから半分こしよう。ジャガイモだよ」

「優しい密流くんが好きでたまらないです」

「お礼はキスで勘弁してあげようぞ」


 頬を差し出されてもな。

 さっきから、気になっていた最高のプレゼントを贈りたい。


「えーと。ほら、星空を見上げてください」


 宇宙がよく煌めいているのが分かる。

 空が美しく、心が洗われた。

 火星にきてよかった。

 泣けそう。


「少し、聞いてもいいですか」

「うにゅ」


 お腹空いていないと言っていたのに、無茶苦茶頬張っていると思った。


「密流くんが以前、『ゴールドパスが僕本体で、肢体や表情に言葉も操っている』と言っていたましね」

「うーん、リゾート地でそう説明されたんだよね」


 目の前にいる彼を否定する要素がないと思う。

 ただの思い込みだ。

 だから、これも否定してほしい。


「そのために四枚集めてスーパーゴールドパスとして、先程のイグザスみたいに、目の前の愛しい姿を失わなければならないのでしょうか」


 密流くんが食べていたものを飲み込む。

 続けて、唾をもだ。


「僕――。愛しい?」

「はい」

「素っ気ない。高塔さん、僕が踊るような芸術的感性はないの?」


 イエスは失敗だったな。

 イエスと言えば、聖書を思い出した。


「地球の次にある惑星とはいえ、遠くアダムは降り立ったのでしょうか。正確には、アダムとアダムが降り立ったと考えられます。オレ、イブになるのはアイデンティティが赤信号出しているから無理です。そのアダムからもう一人のアダムへ」


 ――ジュテーム。

 耳に口を寄せ、フランス語で『オレは君を愛しています』とだけ伝えた。

 精一杯だ。

 心臓が揉まれている感じ。


「うん。いいよー」

「はてな?」


 いいよって、味がかな。


「うーん。食べた、食べた。もう、眠たいよね」

「ベッドはありませんが、畳で寝ましょうか」


 火を落として、母屋へ行く。

 几帳なども綺麗過ぎて、誰かが暮らしていそうだった。

 蛸蛸星人でもいるのか。


「横になれるのって、いいよね。月では毛布ぎゅうぎゅうで苦しかったよ」

「オレは、狭くてキックされたのですね」

「身に覚えがないよん」


 小悪魔密流くんは健在だった。

 布団を敷く。

 真っ白だ。


「オレ、樹と葉の弟達といつも同じ部屋で寝起きしていますが、他の方とはないのです。そうだ、背中を向けて寝ますね」

「あり得ない」


 視線が、カピバラトゲトゲなんだが。


「同衾が恥ずかしいのですよ」

「さっき、ジュテームってプロポーズをしたよね!」


 勘違いさせたか!

 弁明しよう。


「えーと。単に言語の違いで、愛していますってだけで」


 オレの両頬は餅扱いされて引っ張られた。

 喋れませんよ。


「火星には、誰がいるの? 僕と高塔さんだけだよ」

「ふぐは、ふぐはは」

「吐くのじゃ」


 吐露すると、煩いとか思われたくなかった。

 でも、信頼関係だ。


「オレ、吐くのはトラウマになっています。あの六角ボルトは、オレが『ことわりきれない』ことを実証したと思っているのです。もう、十九歳ですよね。大学だって入れたのに。まあ、そこで人間関係大破壊をやらかしてしまったのですが」


 密流くんがオレを撫でてくれた。

 頭をよしよし。

 頬をよしよし。

 肩をよしよし。

 背中をよしよし。


「お尻もいいかな?」

「やめてっ。恥じらいはオレにもあるの」

「だよねー」


 密流くんがオレの背中を越えて、正面へ回った。

 蛸?


「最初さ、おどおどしていたよね。でもさ、もっと自信がついたんじゃない?」

「自信? 変わらなく感じますが」


 密流くんが口づけをしてきた。

 いつまでも長く、甘くて、しっとりと濡れる。

 彼の宝石で包まれ、ビクンとする。


「ああ……。ん」

「……ふう」


 ただ、唇を重ねるだけでなく、もっと彼を知りたい。

 ただ、彼との年の差や彼の若さを考えると、オレは欲を静かに制するだけだ。

 せめて十八歳の成人までは、オレはひたすら待つ。

 傷を付けたら、それは愛ではない。


「旅の途中、どこで変化があったかなんて、いちいち挙げないよ。自分で、自分の胸に手を当ててみなよ。心はいつもわくわくを待っているんだよ。ドキドキしたら、愛している。それでいいと思うな」


 胸か。

 確かに――。

 朝まで生殺しですが。


「火星で暮らす人類は、禁断の実に手を伸ばすと思いますか? 本当のアダムとアダムならば。オレはイチジクの葉一つで楽園を追放されたくないです」


 これから、この星で暮らして行きたい。

 望みはそれだけだった。


          【第6章 了】 

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