第7章 約束の贈り物
第38話 朝チュン革命
火星の一日は、地球時間で二十四時間三十九分三十五、二四四秒だ。
それを火星日と言う。
昼と夜の気温差が百度もあると聞いた。
「密流くん、寒くないですか」
「うりゅ。ちゃっぷいよ」
「布団はいくらでもあったので、かけてくださいね」
月からの毛布も駅舎から持ってきてあり、この火星城は沢山の人が暮らせるように物はよく揃っている。
オレには普通盛りの二枚の布団、密流くんに山盛りの布団をかけた。
「密流くんは雪のかまくらみたいになりましたね」
「どっさりかけすぎだよ。重たいぶー」
確かに、全身が埋もれて苦しそうだ。
「炬燵って知ってますか?」
「コタツ?」
「あっためたテーブルに布団と天板をのせて、足をあたためるのです。かまくらから出て、やってみますか」
「うりゅ」
芋虫みたいに這い出てきて、態々オレの隣に座る。
ただの布団山盛りだけど、持ち上げて彼が足を入れ易くした。
「ほほっ。足だけどあったかいね」
「背中は、毛布をかけましょうか」
くすぐったいとかはしゃいだ後、密流くんがふっと気付いたようにこちらを向く。
「僕は、高塔さんの子どもだから、優しくされるの?」
「え? まだパパ説引き摺っていましたか」
オレもそんな訳ないと思っていた。
あの時イグザスと初めて話し合ったが、いつもオレの腕でオレの脈からか拍動を感じていたのかも知れない。
オレには厳しい映像だった。
それ程オレの心に密着している。
「パパって本当なのかな」
「弟妹への気持ちや父性ではないと思いますよ」
彼からオレの肩に頭をこてんと倒された。
腕も組まれる。
「ええっと……」
「僕なんて、初めて中一でチュウしたんだよ。触れ合ってもいいよね」
「オレもファーストキスだったのですが」
お互い、やはり初めてだったか。
どちらからともなく、ぷっと吹いた。
「ここって、誰もいないよね。あれこれと煩かったものがなくなったよ。バーベキューパーティー楽しかった。僕以外には一人しかいないなんて思えなかった。でも、この几帳とかいうの? それを取ったらまた孤独になるの。スースーするよね」
「旅で騒がしかったですからね。火星城はオレ達の初めての家ですね」
密流くんの吐息がオレの耳元にかかる。
「寂しいからキスしてね」
大胆――。
「オレ、我慢していたのが無駄でしたね」
「我慢? キスを?」
彼の綺麗な瞳を見詰めていた。
「いつか、いつかですよ。神様がこの天使をオレの未来の子どもかも知れない天の御使いを――」
オレは原罪の扉に手をかけていた。
開くのか、開かないのか。
「どうにでもしていいと言われたら、全力で愛します」
密流くんの肢体を布団の中からするっと出して、オレの布団へ寝かせた。
お互い、言葉ではない触れ合いを求めているのが、静けさの中で感じられる。
「頬が柔らかいですね」
「ん……」
頬からキスをする。
「湯上りの赤ちゃんみたいな……」
「は……う」
続けて二つ程キスをした。
彼の香りが凄く好きだ。
「首筋も細くて儚げですね」
「あ……」
キスをしたまま這わせた。
オレは、やはり男性だった。
自覚した。
「唇、触れてもいいですか」
「断る理由がないよ。それとも、ことわりきれないのを気にして、決断できないの?」
決断の二文字が耳を燃やす。
「オレは、オレは……」
どうしたらいいか。
表現が分からない。
でも、ここで彼とキスすることさえ決められないのか――!
「――ことわりきれないを卒業すると決めた!」
オレは真っ直ぐに、オレの心に言い聞かせた。
「拘る必要がない。ことわるときには、ことわるんだ」
密流くんが表情に黒雲を寄せた。
「うう……。うううううう……」
「か、雷でもなりそうだった?」
手で顔を覆って、ぐしぐしと擦り出す。
「どうして分からないの。どうして」
密流くんが頬をつーっと濡らした。
「だってさ、だって……」
「あああ、ごめん。オレが悪かったね」
まだ、ブラックジーンズのポケットにあった千鳥格子のハンカチで、密流くんの美し過ぎる頬を優しく拭いた。
「このハンカチ。駅前で雨宿りしたときのだね」
「洗濯していなくて、綺麗じゃないけど」
密流くんがハンカチを持つオレの手に自分の手を重ねた。
「うううん。寧ろ懐かしい」
「あれから本当はどれ程の日数を過ごしたんだろう」
オレは自分の言葉に気が付かなかった。
「高塔さん。愛し合う僕らに時計は不要だよ」
「それを諫めにイグザスが立ちはだかったんだろうね」
密流くんがくすっと笑った後で教えてくれた。
「高塔さん、ですます調を捨てたみたいだね」
「あ、あれ?」
幾つか前の自分のセリフをリフレインしてみる。
「気が付かなかったの?」
「オレ、家でよそ様と話すときは特に気を付けるようにって叱られ続けてきたから。この言葉で、子どもの頃から笑われてきたんだ。捨てても変じゃない?」
「うりゅ。よきなりよ」
彼のおでこにすっとキスをしたら、首を両腕で輪に入れられた。
「もっとだよ! もっと自由に、僕らはアダムとアダムなんだよ」
小さく整った密流くんの唇をオレだけのものにした。
「ね、もっと」
天使だと思っていたが、小悪魔ちゃんは抜けてなかった。
◇◇◇
「昨日のオレはなんだったんだ――!」
「騒がしいぞ。こういうとき、スズメがいないから、チュンとも啼かないんだね」
ことわりきれないオレ。
ですます調で虐められたオレ。
捨てることができた。
「得たものがあったよ」
「なあに?」
「オレの伴侶、密流くんだ――!」
吹っ飛んでいて、パパ説なんか忘れていた。
起きて直ぐ、大歓迎ハグをした。
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