第36話 残りの時間

「平安時代の建物は、寝殿造りが特徴的です」


 密流くんが知っていれば話が早いのですが。

 学校で習っても知らない人もいるし、習わなくても知っている人もいる。

 少しは話に盛り込もう。

 世間話のつもりで。


「どうして、火星に入母屋造り?」

「屋根は流行だったのではないでしょうか」

「火星でも流行りがあるのか。勉強になったよ」


 密流くんの口から勉強とは驚いた。


「密流くんは建築に興味が……」


 あっと思った声を飲んだ。

 オレはやらかしてしまった。

 気働き零点だよ。

 零時と十二時の地下鉄時計城線みたいに極端なこともある。

 グレーはないのかな。


「失言しました。義理のお父さんが詳しいでしょう」

「その辺、メンドクサイよ。むきい」

「悪い。ごめん」


 黙々と歩き出した。

 よくある構造だと四方に門が作られているようだが、オレ達はどこから入ったのだろうか。

 山門を潜ったら、いきなり廊下にポツンと立っていたのだ。


「恐らくですが、火星は暑かったのでしょうか。涼し気な様式なのです。母屋もやを几帳などで仕切って部屋にし、庇に囲まれており、単廊ないし複廊も通路以外に使われたそうです」

「迷うよね。どこへ向かっているの?」


 黙って歩いたな。

 いいもの落ちていないかと、食器とか、大地の恵みである植物の食べ物を本能的に求めていた。

 水も欲しい。


「こちらもおそらく左右対になっているでしょうね。池もあると楽しめますよ」

「池があると、水があるってことだよ」


 オレは、もやもやしていたものがすっきりした。


「密流くん、冴えてますね。水は大切です」

「うにゃん。撫でて」


 一回撫でただけでは物足りないようで、仕方なく、どんぐりぐりぐりの刑を与えておく。


「庭へは階から降りましょう。池の眺めもいいですしね」


 ここを『火星城』だと思ったのは間違いないようだ。

 歩いても歩いても廊下。


「種田山頭火ですかね」

「うにゅ?」


 オレの心の声に引き続いての話では、分かるものも分からないだろう。


「有名な俳句に、『分け入つても分け入つても青い山』がありまして、オレは『分け入っても分け入っても』をどこまで行っても廊下が続いて階がないと感じたのです」


 密流くんの円舞曲が始まった。

 きっと、楽しい気持ちを表現しているのだろう。

 とめることもないので、拍手をした。

 初めての地下鉄へ潜るときとはオレの気持ちが全く異なる。


「広いお城を二人で独占できるんだよ。でも、ベッドは一緒じゃなきゃやーだよー」

「布団しかないと思われます」


 まあ、和洋折衷もありますが。

 畳ベッドならあると思うけれど、密流くんの妄想から外れていたら、残念だろうし。


「いーだ! プリーズ、ベッド」

「ないでーす」


 押し負けられてばかりはやめよう。

 対等なのが密流くんにとっても楽しいとも思った。


「ここでのおデートについて話ましょうか」

「うりゅ。どんな?」


 オレの大好きが一杯詰まっていたので、つい、語りたくなる。

 高塔秘かく語りき。


「内裏ですと、およそ天皇家の住いと後宮の部分に分けられますね。藤壺とか、それぞれ呼び名がありました。天皇と女性達は夜になるとおデートしていたらしいです。涼しい部屋の構造のお陰で、自分の部屋を通過する女性への嫌がらせがあったそうですよ」


 オレも受験の際に、歴史も好きだったけど、古典文学も好きだった。

 んー。

 源氏物語などは、女性が好んで読むのかな。

 この劇があったら嬉しい。

 テレビドラマでもあったら毎回楽しみだろう。

 オレは、アダムとアダムからイブ役になるのか?


「どうして、態々夜にデートするの? 当時だと星空や月を見にかにゃ?」

「そ……。それしかないと、オレも思います」


 しまった。

 中学生の常識で話さなければ。

 大学生って、大学生って、いやらしい!


「オレ達は、月にも行きましたし、火星はこれから暮らすのですよ。夜とかなしに、毎日がおデートでどうですか」


 いつもひっつくカピバラ密流が、すっと静かになった。


「それとも、ママに会いたくなりましたか」


 ここが火星だと実感して、悲しくなったのか。

 大人しい人を騒がしく追い立てるのはよくない。

 話を変えよう。


「先に池に行ってみましょうか」

「うりゃはは。――あれは?」


 向こうに廊下の切れ目があった。

 もしかして、階だろうか。


「庭がありそうだね。でも、火星そのものに水はないの?」

「水の存在は証拠があるのですが、その反対に太陽に近付き過ぎて、一気に干上がった説が発表されました。残念ですが、浴びる程には厳しいですかね」


 それは、科学の話。

 天文の話。

 真の火星へ有人飛行はまだない。

 蛸っちにも会ってない。

 可能性の扉をオレは密流くんのために開けたい。


「お、本当に降りる階段があったよ」

「いい自然ですね。池の上に光が踊っています。あ、あちらでは野菜を作っていたようですよ。他にも草がありますが、入ってみれば豊作ですね」


 ゆっくりと池に近付いた。


「高塔さん、覗いてみようよ」

「密流くん、鏡になりますよ。ツーショットです」


 ビンッ。


「いたっ」

「てっ」

 

 首の金の紐が引っ張られる。

 ビシッ――。


「ゴールドパスが僕の胸元から浮き上がってきたよ」

「あ、オレもです」


 パアッ――。

 閃光が走る。

 二人のゴールドパス、それと時の方の分をオレが持っていたのが全て同じ点へと導いていた。


「池で反応したの?」

「光の道をオレ達に辿れとの指示でしょうか」


 池の方へ向かっている。

 歩くまでもなかった。

 無理矢理ゴールドパスが首ごと持って行く。


「待って、待て待て!」

「池ジャブですが……」


 池に入って行く。

 中に魚なども藻などもなく、澄んだ人工的な水と池だ。

 水そのものが化合したのかと思う位で。


「密流くん、手を取って。オレが支えるから――」

「……ん」


 水飛沫の中、二人の手が繋がったとき、腕から電流が流れた。


「ビビビビするよ? 大丈夫?」

「池から出ましょうか」


 先に密流くんが足を滑らせ、オレが支えようとして腕を握ったが、繋がった手が池に沈む。


「せっ」


 オレは勢いよく引き上げた。

 立ったままで腰をやりそうだ。


「あ――!」

「ええ――?」


 光っている。

 金色に。

 池の水を滴らせて繋いだ手には、ゴールドパスと紐が絡まっていた。

 火星で新しい四枚目のゴールドパスを得た。


「うきゃー」


 オレは密流くんとの時間を気にしていた。

 はしゃぐ彼の陰で、オレは密流くんの目的を達してしまったことに、酷く落ち込む。

 オレの両腕一杯に黄色い薔薇を摘んでこようか。

 数えている内は眠らないように。

 嫉妬と命運が逆立ちして追ってきていた。

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