第35話 真の火星

「パパー」

「やめてください」


 オレが、行く先の後ろを向いてオールで漕いでいる。

 だから、進行方向へ体を捩ると、密流くんからパパコールがきて煩かった。


「気を引こうとして、また深みに嵌まったら危ないですからね」

「あはは。そんな心配はないよ。だって、もう直ぐだもの」


 はっと、漕ぐ手を休める。

 振り向くと、太陽系第四惑星の火星が間近だった。


「これが、青い星の地球各地より調査を送り込まれた魅惑の星なのですね……」


 赤く情熱的な表情にうっとりする。

 流石の密流くんも茶々を入れなかった。


「大気の殆どは二酸化炭素だそうですが、オレの夢では美味しい空気でしたよ」

「高塔さんは、科学派で魔法派ではなかったよね」

「時計城へきて思うのですが、ファンタジーは魔法使いが現れるのではなくて、空想や妄想を霞のように食べてますよ」


 オールを動かす度に、背中がぞくりとする。

 火星がオレを試していたからだ。


「減速しますね」

「うりゅ。落ちないように、とか言うにゃん」


 オレは、にこにこ、うきうきしてきた。

 薔薇の花道の先に、赤い屋根もある建物が目に入る。


「心掛けがいいですね」

「図星だったんだ。はは」


 銀の船で屋根の端にくると、山門のようだと思った。


「お寺さんみたいですね」


 すうーとホームに滑り込んだ。

 辿り着くと、薔薇の花道も凪となる。


「月のより、豪華だよ!」

「純和風ですね。時代的には、平安時代風でしょうか」


 オレは、わくわくしっぱなしだ。

 密流くんもどうやら同じ気持ちらしい。


「カッコいいね! わあ、あっちもこっちもだよ。語彙なんてほろほろ転がって行ったよ」


 密流くんは、天井や柱を人差し指で一つ一つ確認していた。

 指差し確認ができるなら、将来、乗り物の運転手とか向いているかも知れない。


「先に降りてくださいね」

「えー。手を貸してよ」

「もう。お坊ちゃまには負けます」


 揺らさないように、少しでも船を軽くするため、先に毛布をプラットホームに預けた。

 オレは立ち上がるとバランスを崩しやすいから、屈んで降りる。


「密流様、足元にお気を付けください」


 掌を上に向けて差し出し、礼をした。

 確か、教科書の隅っこに書いてあったから。

 彼の満足するエスコートができただろうか。


「ひひ。くふふふ……」


 チェシャ猫みたいな笑いが気に入らないけど、オレの夢に付き合ってくれたのだから、文句も言えまい。


「密流くん、誰かに見られていますよ。繋いだままの手が恥ずかしいです」

「本気で火星に誰かいたら、僕ならバーベキュー大会するけど。あーははは」


 相変わらずバーベキュー密流だ。

 もう、動物でもなく、食べ物になってしまった。

 ぎゅっと手を繋いだままホームから数段降りる。


「改札はやはりあるんだね」


 朱塗りの山門と同じく煌びやかだ。

 平安時代にフネがあったら、木組みで朱色なのだろうな。

 駅員さんも十二単、現在の五衣唐衣裳いつつぎぬからぐぬもの御服が制服だったりして。

 女性の場合。


「無人ですが」

「誰かいたら落ち着かないし。バーベキューは中止で結構だよ」


 繋いだ腕をぶんぶん振り回して、オレをターンさせた。

 火星でダンスを踊った初の人類だ。


「気紛れ太朗ですね。密流くんの好きポイントが沢山あります。一つから二つ、三つから四つと増えて行くばかりですよ」

「僕もちゅきー」

「オレの愛していると密流くんのが同じものだといいです……」


 密流くんが、俯き加減に顔を真っ赤にしていた。

 やはり、火星人はいた。

 茹で蛸一号だ。


「火星に人類がいたら、そこで暮らせる証拠になりますよ。もし、火星人がいたら、仲良くしたいですね」

「でも、知らない人がいたら、二人っきりになれないの」


 オレの胸を叩かれましても。


「一応、ゴールドパスで通りましょうか」

「うりゅ」


 お互いに繋がられた手の絆があるから、片手のパスを翳しただけだ。


「ボン・ヴォヤージュ」


 よし。

 オレも動じない。

 初めて乗るときもゴールドパスに入鋏した際に聞いたから。


「いい旅行にしましょう」

「ここで終わりじゃないの?」


 改札を出て、直ぐに野原だと思っていたら、駅舎が続いていた。


「それは、選択肢という扉をどう開くか。自分達にかかっていると思います」

「うにゅう。僕は一生二人でいたいのに」


 オレは、お喋りに夢中になっている彼とは別に、駅から出る道を探って歩く。


「さっきのパパ呼びは、やっぱり揶揄っていたのですね」

「楽しいからね」


 オレも相槌程度の会話はするが、少々焦ってきたか。


「中々、駅舎から出られませんね」

「出口を間違えたかな」

「まだ、外に出ていないと思いますよ」


 アルパカ密流くんがぱかぱか駆け出した。

 オレの手がゴムみたいに伸びきってしまう。


「こっち!」


 駆けっこすること、四分五十六秒。

 オレ達は回廊を巡り、ぱっと火星の大地に降り立った。


「うわ! ホームは建物の中だったけど、外は眩しいね」

「自然豊かな火星は、想像を絶します」

「探検しようよ」


 離れたら効率的だと思ったけど、密流王子は手を握ったままだ。

 気候はいいのに、掌だけ燃えるようだった。

 駅から徒歩十九分丁度、密流くんが跳ね上がる。


「こっちからは小さいけど、近寄ったら結構大きめな建物かもよ」


 それって、先住民のものかも知れない。

 早く、早く家が欲しい。


「よーい。スタート――!」


 勝手にオレが駆け出した。

 不意打ちで照れまくりの手も振り切る。


「いつから競争になったの。ぷりっぷりっ」


 文句の余裕がある密流くんがあっという間にオレの横だ。


「あははは」

「きゃはー」


 建物の前に辿り着く。

 十九歳なのに、息切れしていた。


「あれ、時間気にしていませんでした。はー、はー」

「普通はそうだよ」

「オレは変態ですか? はー、はー」


 膝に手を当て、背中を丸める。

 全速力だった。


「あー。卑屈変態仮面だ。卑屈はメンドクサイって聞いたよ」

「呼吸を整えているだけです。卑屈の意味をよく分からないで話してますね」

「え? バレたか」


 大きな建物があった。

 駅舎と同じく、平安時代から抜け出たような美しさだ。

 朱の連続が、情熱を感じさせる。


「火星にある煌びやかな建物ですね」

「うりゅ。中に入ろうよ」

「先住民が建てたと思えます。立派ですね。ホームにさり気なく『火星城』と表示されていたのに気が付きましたか」


 密流くんがウインクで同調してくれた。

 優しさが嬉しい。


「本来の終着駅と考えてもいいでしょう。『月駅』と同じように、ここも地下鉄時計城線の通過駅ですよね」

「まさか、地下鉄が地上どころか宇宙へぽんとは思わなかったよ」


 二人で輝かしい朱色を潜る。

 そこは、別世界だった。


「――行先が『**城』とは、『火星城』が真の姿だと思います。驚かされました」


 これからの二人を祝福するように、火星城がきらきらと瞬いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る