第28話 通過駅は月

 漕ぎ出すとはいえ、オールがないと気が付いた。

 満月に二人で行けるのが、楽しみで堪らなかったので、気持ちが先に行ってしまったのだ。


「密流くん、船を漕ぎ出すのに、オールを作ろうと思います」

「ピンクの薔薇を繋いでかな」


 可愛いので、撫でまくる。

 にゃんにゃんって、いつものように全身で甘えてきた。

 再度、可愛いのでと続けると、日が暮れてしまう。


「よく分かりましたね。向日葵のときと同じように、ゴールドパスの力を借りようと思いまして」


 オレがピンクの薔薇を摘んでいると、密流くんもそうした。

 目が合うと、にこっとしている。

 可愛い彼とこれから月へランデブーだ。


「薔薇よ、薔薇よ――」

「高塔さん、オリジナルソング?」

「気分がいいのです。鼻歌みたいなものですね」


 オール状に隙間なく花を並べた。

 沢山あるピンクの薔薇から、三つ程選び、オールに花粉を振りかけ、上からゴールドパスをとんっと叩く。

 川のようなピンクの薔薇の花道だから、艶やかに花が潤っていることも手伝って、しっかりとしたオールができた。

 オールは四本だ。

 使うのは二本だけれど、保険としてもう二本も用意した。


「やったね! 高塔さん」

「お疲れ様です」


 パシン。

 ハイタッチをした。


「うにゅう。そのジジクサイ挨拶はどうしたの」

「いやあ、お疲れ様ですは、よく別れ際に使うでしょう」


 変に睨まれても困る。

 ジェネレーションギャップだろう。

 ここは、深く探らないで、楽しい話題を振った。


「早速、銀の船を出しましょう」

「うりゅ。楽しみだね」


 折り紙の騙し船で作った銀の舟に、オールを四本入れてある。

 それを薔薇の花道に二人で押して行く。


「いっしょ」

「どこどこどこ」

「待って、密流くんの擬音語がおかしいです。ひいい」

「そんなに笑わないで!」


 どこどこどこが、効果的だったのか。

 船は、するりと動き出した。


「さて、乗りますよ」

「うりゅ。身軽にね」


 ついっと船が動き出した。

 沈まないようだ。


「凄いね! 凄いね、高塔さん」

「幸せのピンクの薔薇の花道を――。銀の船で漕いで行く――」

「また、オリジナルソングなの?」

「気分がいいのです」


 出発して間もなくのことだ。

 薔薇の花道に方向指示器があった。


「高塔さん、あれ」

「どうしたの」

「あれさ、月駅って書いてあって、矢印があるよ」


 オレは思い出した。

 最初の方で聞いていた、密流くんの話を。


 ――時計城線は殆どが各駅停車なんだけど、終着駅付近で二駅は下車できないらしいよ。

 特別な事情があるとしか思えないよ。

 僕は、そこで魂魄となるかが関係していると思うんだ。


 オレも返事していた。


 ――オレができることは、祈りだけですね。

 旅にしくじった者の魂魄を鎮魂し、我らが黒い靄とならぬように。


「そうですね。終着駅が時計城だとしましょう。その付近の一駅が『月駅』なのですか」

「うん……。怖いね。トンネルの外は考えてなかったよ」


 オレもだ。

 地下鉄時計城線と名があるので、地下から出る想定はしていなかった。

 でも、在来線でも地上を一部走る地下鉄の路線がある。

 不自然でもないのか。


「そうだ、この星へ行って、密流くんとオレが、迷った恋人にならないようにですね……」

「うりゅ? どうしたにゃ?」


 広い月を独占して、二人っきりでいたい。

 イチャイチャ暮らして、幸せオーラだ。

 食事はどうしようか。

 野菜を育てよう。

 収穫して、健康にいい生活をするんだ。

 あー、妄想爆走だ。


「愛し合いましょうね」

「う……。ん……」


 過去の嫌なことを思い出したくない。

 この天使の密流くんとだけ、仲良くなっていればいい世界に住み着こう。


「泣くことないですよ」

「だって」


 オレは、オールで漕いでいるので、撫でたりは少し待ってほしい。

 語ったり、見詰めたりならできる。

 好きになった相手へ、愛らしいとか、オレは表現力が足りないから伝えられない。

 でも、パートナーだと思っている。


「どうして、泣いているんですか」

「嬉しいんだよ。ぐすっ。嬉し泣きなの……!」


 いたた。

 猫版スクリューパンチ二号がやってきた。

 避けなかったのも愛情だ。

 全て、受け止めたい。


「進路が曲がってしまったので、オールで大きく変えますよ」


 すいーっと、オールを漕ぐ。

 気紛れな薔薇の花道を上手く使って、どんどん高い所へ行った。


「見下ろしたら、分かりましたよ。スイッチバックみたいに、左右に道を振っていたのですね。真っ直ぐ上を目指すと、もしかしたら、転落していたかも知れません」

「スイッチバックって、線路のだよね。――そんなに線路が好きなのかな? このゴールドパスを作った人」


 そこまで、考えていなかった。

 密流くん視線だから、分かったと思う。


「これって、作られたものなのですか? 太古の遺跡とかではなくてですか」

「未来にも見えるけど、人工的な感じは拭えないね」


 いつの間にか、満月が大きく見えた。


「見て! 太陽の光が当たる方だよ」

「リアルに、クレーターとか分かりますね」


 薔薇の花道もそろそろ終わりか。


「いつかの映画で、まん丸い夜空に似合う青の月を背景に、乗り物を漕いで行く少年の場面がありました。感想は、ファンタジックだとかではなく、『オレも行きたい』でしたね」

「うりゅ。ロマンチスト高塔さんだ。満月旅行を決めたんだね」


 思わず二人で声を揃えた。


「ホームが!」

「ホームだ!」


 薔薇の花道の途中に、短いけれどホームがあった。

 『月駅』とある。

 目配せをして、オレから降りた。

 密流くんの手を取って、慎重にホームに降り立たせた。


「板に『月駅』とあり、船一艘分のホームなだけで、無理してここで降りなくてもよかったかも」

「形だけですが」


 ホームの階段から、月面に着地した。

 重力が、六分の一になるとは聞いていたけれど、ふわふわして仕方がない。

 

「月に着いたのはいいのですが、オレ達は夏の姿でしょう。急に寒くなりましたね」


 二人で、身を寄せ合って、今後について、考え出した。

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