第27話 薔薇の花道
ゴウンゴウン……。
天守閣が唸っていた。
中央で、時の方、いまは、神原来世が倒れている。
二匹の猫が、じゃれるのをやめ、丸くなって寄り添っていた。
「どこからの音かな?」
「ここ、全体が揺れていますね」
ズズズ、ズズズズズズ……。
「地震とは違いますが、時計城の底から揺さぶられる感じがします」
「うりゅ。掴まる」
「怖くないですよ」
密流くんの頭を撫でると、うにゃんと懐いて、大丈夫みたいだ。
時計城は、これから、天からの使者を迎えるのだろうか。
神原来世との約束を果たしに。
「上、上見て! ヒビが走ったよ」
「ああ、酷く崩れなければいいですが」
ズズズズズズ……。
響きよりも上下左右への振りが激しい。
密流くんが、三人見える。
それは、見間違いだが。
「うりゅ。怖くないもん」
「このまま、二人でいたいですね」
いけない子だろうか。
上からの危険物が、あってはいけない。
地震のときは、机の下と習ったものだが、机がない。
オレがその机になろう。
子どもの頃、図鑑で見た神様が這いつくばって大地を支えているように見えたあの図のように。
「密流くん、こっちに入ってください」
「うにゅう。引っ張らないで」
「すみません」
「時々、焦るよね。高塔さん」
ズズ…。
ズズズズズズ……。
とうとう、青い屋根瓦がガラガラと落ちてきた。
オレの背中にも幾つか当たっている。
密流くんを守れてよかった。
首を横にすると、壁は柔軟に開いて行くのが分かった。
「いよいよ、天の道筋を作ったのでしょうか」
「うりゅ。とうとう大きく開いたね。高塔さん、ごめんね。痛かったのは、高塔さんだったね」
ズズ……。
そろそろ、振動の間隔が小さくなり、瓦の方は落ちなくなってきた。
「僕、お守りの屋根から出るよ」
オレは学校の机のつもりだったけど、屋根と思ってくれたなら嬉しい。
「すっかり開きましたね。ほら、天守閣が天文台の望遠鏡のようです」
空には満月。
見紛うことなき、本物の満月。
月読のもたらす魔法ではない。
「多分、神原来世への天からの迎えがきますよ」
「な、亡くなっているの?」
確かに、動かないと分からなかった。
「元々、高齢のようでしたが、実際の年齢は不明ですね。しがみついて生きてきた感じはします」
赤き酒を飲んで寿命を延ばしたと話してたが。
その赤き酒も黒い靄から作られたようで、人の魂だろうか。
ヴァンパイアみたいだ。
「天って、天国のこと?」
「オレには分かりません。ただ、悪意のあるお迎えではないと思います」
冷たい海へ入水したときの彼女の気持ちは、闇にいたことだろう。
彼女に落ち度がないのに。
オレも分からないでもない。
ただ、密流くんが傍にいる世界で、自分からそうすることはない。
哀しむ、涙してくれる彼のためといったら、奢っているが、それでも命を大切にすることは間違いない。
「うっかりしていました。彼女が迎えられてしまわない内に、ゴールドパスを持っているか確認しましょうか」
ホログラムはなくなり、実体となった彼女は、触れることが可能になった。
ビキニ姿は、恥ずかしいが。
「密流くん、どこにありますかね」
「僕らと一緒なら、首に紐がないかな」
オレは、密流くんに首肯し、彼女の長い茶色の髪を手で優しく流した。
首元にきらりと光る金色の紐がある。
「オレが、持ち上げたまま支えていますから、密流くん、紐を手繰って抜いてください」
「うりゅ」
神原来世は、なされるがままだった。
抜かれた紐の先には、密流くんとオレと同じゴールドパスが輝いている。
「ゴールドパスが四枚あると、スーパーゴールドパスとなるのですよね。すみません、一枚の行方が分かりません」
「どうして謝るの? 僕だって、分からないよ」
密流くんとオレが首に一枚ずつ、そして、オレの手にも一枚。
さて、どうするか。
内角が三六〇度ではなく、二七〇度しかない。
それでも、二人分だと半分しかないから、大きくはなっている。
「力が足りないかも知れません、それでも三枚合わせてみますか」
「やってみようよ! やらないと後悔しか残らないよ」
「よし、せーので」
息を合わせる。
「せーの」
「せーの」
ゴールドパス三枚を使って合わせる。
パシッ。
瞬き、中央にカーブが描かれた。
長方形が三枚だから、全体は風車のようにも見えた。
「力が足りなくないでしょうか」
「ほら、ほら! 満月がゴールドパスに微笑んでいるよ」
内角のカーブは満月の姿を模していた。
「次は、どうしましょうか」
「ダイブしよう!」
まさかの気持ちを脱ぎ捨てて、カードへと頭から突っ込んだ。
真っ黄色の世界だった。
下を見れば、神原来世に天のお迎えがきていた。
うさぎの車に乗せられて、遠くへ運ばれて行く。
「あんなところに、折り紙があるよ?」
「行ってみましょう」
黄色い満月で照らされた世界は、酸欠にもならない。
もこもことする雲の上を踏むように進んだ。
「近寄ってみたら、随分と大きなものですね。レア度の高い銀色ですよ」
「風にはためいてるよ」
「そうだ。昔懐かしの舟を折ってみましょう。母から教わりました。そして、弟妹にもよく折って遊んでやりました」
騙し船を一艘折った。
すると、船がパンと膨らんで、天守閣上空の満月への旅を可能とした。
「高塔さん、凄い、凄い! キャー」
「応援、嬉しいです」
賑やかでいい。
「さて、船を流す場所は……。ととと」
もやっと赤い所があった。
天へと続いている感じだったので、二人で船を持ち、近寄ってみた。
薔薇だ。
ピンクの薔薇が敷き詰められた天への道だ。
「漕ぎ出しましょうか」
「うりゅ」
幸せな感覚に浸っていた。
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