第5章 薔薇の花道

第26話 彼女の正体

 ゴールドパスは、四枚でスーパーゴールドパスとなる。

 一枚目は密流くん、二枚目はオレこと高塔秘、他に時の方が持っているだろう。

 しかし、疑問に思っていた、時の方と神原来世との関係が解決されていない。

 それぞれに一枚ずつ持っているのだろうか。


「時の方、シルエットが床でだらけているね。高塔さん」

「杖がないからではないでしょうか」


 猫パンチの容赦しないですよ版がきた。

 さっと躱したら、膨れてる。

 痛そうだったから。


「漫画でもこんなのアリ?」

「そこは、密流くんの説、魔法の世界ですよね」


 彼女を形作っていた虹色のホログラムは、ほぼ消えている。

 徐々に、弥生時代風の貫頭衣を纏った年配の女性が、浮き彫りにされた。

 上は赤で下は白い服を黄色い組紐を帯にし、髪飾りは上品な紫を鉢巻にしている。

 相も変わらず、ホログラムが床に流れながら、近寄ってきた猫を撫でている。

 顔を注視してみた。

 大きく張りのある二つの瞳、細く人形のような鼻、口はおちょぼ口と古い言葉で飾りたい。

 髪と瞳はアンバーだ。

 皺だらけだが、つい先頃会った神原来世の面影があった。


「やはり、肯定されませんでしたが、神原来世とのお名前ではないでしょうか」

「僕も似ていると思うにゃ。お金に困ったらとか心配してくれたのは、動物に優しいお姉さんだわんにゃん」


 わんにゃんに吹きそうになったが、思えば彼女は愛犬と暮らし、恋人は二匹の愛猫がおり、動物に囲まれていたのだった。


「神原来世さん、姫ちゃんのヤンチャな男の子っぽさは、佐祐くんも気に入っていました。彼氏のお家にいる猫ちゃんとのことで、オレはお会いしませんでしたが、こんなに可愛いホムラちゃんとシャクちゃんだったのですね」


 茶と白の猫が二匹、ホログラムになついて仕方がない。


「ミウー」

「ミイ、ミイー」


 彼女の出方を待つことイグザスで確認すること十三分十二秒だった。

 長考に入るのかと思った矢先に重い口を開く。


「……妾の名は」

「はい――」

「うにゅう」


 彼女は、急に咳込みが激しくなり、胸元を擦っている。

 一匹の猫が落ちた。


「ミャアン。ミー」


 懐いているということは、神原来世の彼氏と仲がよかったことが分かる。

 見た目が神原来世に似ている上、あの渚でビキニのお姉さんのオーラのようなものが酷似していた。


「妾の名は、若い頃はカンバラライセと呼ばれていた。遠い遠い昔のこと」

「昔?」

「ほう」


 六年前ではないのか。

 チカチカと時の方の幻影と神原来世の姿が入れ替わっていた。


「しかし、老いが激しく困っている」


 目の前の彼女は、神原来世の推定白寿は過ぎた姿だ。


「或る日、遠出をしようと、電車に乗ったの。どうしてか、乗ったこともない地下鉄時計城線に、グデングデンと揺られていたわ。終着駅から途方に暮れていると、時計城に月読の力で運ばれ、天守閣で未来の技術をもって修復をされたのだったかな。時計城に反り返り、この電車で迷子になる恋人達の不実の愛を吸い取り、赤き酒を造り、独占的に飲み干す。快感が背筋を走ったものよ。一口飲めば、いや、一滴でも若返りが驚異的に感じられたからなの」

「高塔さん、情報が多いよ。あわあわ」

「ゴールドパスが録音しています。再生できますから」


 既に、時の方のホログラムは一切なく、神原来世のビキニルックになっている。

 言葉も妾で始まる時の方を捨てたようだった。


「ホムラとシャクは、偶々時空の操作を誤って、付き合っていた彼氏の住まいを覗くこととなったの。猫に水だけ残して勝手に出ていったようだったわね。飼い主を失った二匹を月読に拾い上げさせ、猫に人形を召喚した所、二匹で一人前程度の人外ができあがった訳なのよ」

「彼氏と別れ、猫をも愛せないと知り、辛かったでしょう」

「うにゅう。ゆるせんにゃ」


 また、沈黙が十五分一秒あった。


「彼氏の家に、私がサプライズお付き合い記念日だからと、猫ごはんを持って遊びに行ったことがあったわ。三日前に、電話で仕事だから留守にしていると聞いていたのに、ショートヘアの女性がベッドで煙草を吸っているじゃないの。全てを察し、終わったと、暗闇に突き落とされ、俯いて部屋を後にしたのよ」

「うみゅううう。最悪な」

「早い内に気が付いてよかったですね」


 ホムラとシャクが神原来世とじゃれ出した。


「九十九里浜へ浜辺から歩いて入って行ったわ。ザブザブ、ザブザブって。直ぐに浅瀬はなくなり、首元まで波が押し寄せ、怖さと冷たさに身を震わせたわ。いつ人生が詰んだのかしら。過去の楽しかったことは思い出せなかったの。ガウガウガウ。浜から姫ちゃんがイヌカキで入ってきたけど、私は、彼を払ってしまったのよ。独りで死にたいと」

「残酷な。でも、その結末は選んではいけませんよ」


 神原来世は、一滴の涙を零した。


「すると、黄昏だったのが、一気に月夜の晩になり、満月から使者がやってくるじゃない。驚いたまま聞いていると、『月読の力を使いなさい。そして、時計城に君臨し、無念を晴らすのです。あなたが愛に触れ、満足したとき、本当に天は迎えに参ります』との言葉を残してくれたわ。月読は、地下鉄で心が迷子の恋人達をどんどん連れてきてくれたから、制裁の日々は思えば八つ当たりだったのかも知れないわね……」


 オレは、もしかしたらと思った。

 満月からの使者は、この状態をどう思われるか。


「天からの使者ですね――」

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