第24話 演劇部に杖

「九十九里浜は、綺麗でした。オレにとっても密流くんにとってもですね」

「澄青のリゾートは千葉なのかな? よく分からないでいたよ」


 ちょっとお惚けな所も可愛かったりする。

 さっきまでは、本当の渚にいたけれども、天守閣に戻ってしまった。


「潮風が運ばれるログハウスを思い出せて、よかったです。宝箱の奥に仕舞い込み過ぎて、忘れていました。あれは、中一のときでしたね。佐祐くんとお散歩中に、あの人と出会って、その彼氏が近くの住まいで、『ホムラ』と『シャク』の二匹の猫を飼っていたそうです」


 密流くんが、猿みたいに笑っていた。

 この子は、正直過ぎるから、あれこれなかったことにできないのだろう。

 日光東照宮へ学びに行かないと。


「ははは。どう考えてもさ、下僕の巫女、焔灼の前世は二匹の猫だ」

「キイ、煩いネ。煩いネ」


 焔灼が苛ついている。

 勢いに任せて、最悪の音がする鞭を振るった。

 バッシッイー。

 オレは痛くないし、密流くんも悲鳴を上げていない。

 天守閣の床にひび割れが走っていた。


「フー、フウー。コシャクネ」

「落ち着くのだ。焔灼」

「ボロは出さないヨ」


 ベネチアングラスを割り散らした所に、鞭で八つ当たりをしていた。

 ガシャッガシャーン。


「命の源なんて、永遠の訳ないネ」


 ガシャガシャ。


「赤き酒で永遠に生きようなど、夢ネ! 魔法ではないヨ? 夢ネ」

「焔灼……! 猫め! 口を縫い絞ろうぞ。月読よ力を与え給え――!」


 天井から球体が降りてきた。

 焔灼を飲み込み、黄色く瞬いて床に飲まれて行く。

 下僕の巫女は残され、大きい口が、開かなくなったようだ。

 突如として、彼女は寡黙になった。


「邪推は禁物ぞ。密流、秘」

「それより、下僕の巫女、焔灼が鞭も落としましたけど」

「元気ないね」


 焔灼は、へたり込んで、憑依されていたようなものが、ふっと抜け出たようだ。


「猫の自認が足りなかったのでしょうか」

「猫パンチとかしないから、忘れてたんだよ」

「違う気がしますけど」


 オレが密流くんに猫パンチ最弱バージョンを当てた。

 キャッキャされてもとは思う。


「オレは、自分の性格について、自認が足りませんでした。密流くん。大学に入って、よく分かりましたよ。でも、本当に気が付いたのは、オレのどこがいけなかったかは、この地下鉄時計城線、密流くんとの旅でです」


 ――入学して直ぐのことを彼に語った。

 オレは優柔不断だ。

 長男なので、弟妹達をみていたが、自分については考えられない傾向にあった。

 五月の連休明けのこと。

 演劇部で、シェークスピアにするか、知られていない台本にするかで意見が分かれた。


「取り敢えず、新入生に経験積ませないと。あらすじでいいから一本書いて」


 部長命令で、オレも書くことになった。

 台本には、夢のような月や火星への想いを綴った。

 そこは、宇宙人の黒い靄が存在していたし、果物は林檎をもぎ取れる豊かな土壌だ。

 林檎が主食で、林檎がおかずで、林檎がおやつだった。

 特別なエネルギーをもたらす実で、食べると異様にある衝動が強くなる。

 男性は女性を求めたがるし、女性は男性を求めたがる。

 また、女性も女性を求めたがるし、男性も男性を求めたがる。

 しかし、BL、GL知識が薄く、燃えるような恋愛を織り込めなかったし、絡みも全くないものしか書けなかった。


「がんばってみました」


 態々手書きで、何枚も原稿を重ねて持って行った。


「んだこりゃ? Cまでしろよな」


 周りは小さく笑っている。

 冷やかされた。


「デリカシーのないシーンを舞台でして、いいことはありませんよ」


 すると、オレの味方は誰もいなかった。


「反発すんのかよう」

「反抗期か」

「未経験なんだよ」

「ああ、ピーがピーか」


 ――これが、最初に受けた、演劇部の洗礼だ。


「高塔さん、面倒だったね……」

「そ、そうですね。面倒ですか。オレも悪いと思いますけど」


 密流くんが、猫パンチ最強バージョンをオレに当てた。

 それなりに痛い。


「どこが悪いの?」

「ことわりきれないからではと、やや思います」


 オレも十九歳なのに、もじもじと手を弄って恥ずかしい。


「半端だね」

「あの、いいんですよ。もう、終わったことです。演劇部には行きませんから」


 懸命に首を横に振る。

 すると、首輪があったことを思い出した。

 痛い。

 鎖もじゃらりと引き摺った。


「大学では、部活なし?」

「そもそも、大学に戻るかも分かりません」


 退学を考えて、雨の中自転車を漕いでいたのは、伝えるべきではない。


「どうして?」

「大学は、義務ではないですからね」


 危機にありながら呑気に話していたとき、天井から気配を感じた。

 棒のようなものが天守閣中央付近から降りてくる。


「妾の召喚したものぞ。受け取り給え」

「これは一体、どうしたことですか」

「月読に、生み出し給えと、一声命じるだけでよいのだ」

「あの満月にどうして?」


 どんどん降りてきて、形がくっきりとしてきた。


「あの明るく丸い物体は、月でもなければ満月でもないぞ。我が下僕となりし、暗い地下鉄を照らす下僕、契約した神よの」


 床に、コトリと小さく音を立てて、真っ直ぐ着地し、威嚇している。


「杖だ! 高塔さん、杖みたいだよ」

「そうですね。ぎらっとした黄色い杖、先が半円になっていて、背の高い人が使いそうな感じです」

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