第22話 あの人と時の方(お子様注意)
「手を繋いでいて。ゴールドパスをタッチするから、映像を共有しよう」
俯瞰図がみえる。
海そのものは、コバルトブルーでもなく、白浜でもないのだが。
あの街。
オレも行ったことがある。
ログハウスの上の段にあるハウスで、黄色いカーテンを開けたことがあった。
これは、夢か、本当の想い出なのだろうか。
――小さなキスが恥ずかしい。
犬が!
犬がだ!
渚のまだ砂が熱くなる前、空が海とグラデーションを描いていた。
オレのバリバリの雄伝説のある犬、佐祐くんが、あの人のバリバリの雄伝説のある犬、
あの人って誰だったかな。
オレがまだ中学生の頃だった。
中一じゃないか。
密流くんと同じ歳だな。
「胸に……。ちくんとくるものがあります」
九十九里浜の想い出は、高塔家にいる柴犬の佐祐くんとの渚の散歩の光景だ。
佐祐くんも気に入った遊び相手の姫ちゃんについて、あの人は語っていた。
「柴犬さんの赤ちゃんが産まれたからと、お友達から譲り受けたのが、女の子だった姫ちゃんなのよ。でも、段々と分かってきて、名前もこのままでいいのか悩んだのよね」
「取り違えることって、よくありますよ。これからも可愛がって家族になってくださいね。お姉さん」
白い霧に埋もれた朧げな記憶を掘り起こした。
まだ、この渚で起こったことがありそうなのだが。
もう、オレも十九だからか。
密流くんのような花の中学生からは、オレのことは、お兄さんを越えておじちゃんかも知れない。
だから、昔だからかな。
思い出せない。
「綺麗なお姉さんだね」
「そうですね。栗色のくりんとした巻き毛を腰まで伸ばし、前髪はセンターで左右に振って、瞳は負けない濃いアンバーだ。姫ちゃんの飼い主さんは、苺の三角ビキニが甘い感じなのに、ご本人の雰囲気は艶っぽい感じですね」
「よーく観察してんだね」
「いえ、ビキニの紐がちょうちょ結びだったとか。胸元と下のウエアにも揚羽蝶で関係があるのかとか、そこで悩んだりしていませんよ」
「悩んでんじゃん」
密流くんの久し振り、猫キックがオレの尻に刺さった。
コサックダンスのようだよ。
「そうですね。悩んでいると自分でも思います。この危機に直面した真っ只中ですみませんが、少し前のことを考えさせてください」
密流くんの台詞を思い出す。
――最初、「いつまでも、月でも火星でも、僕は愛を誓うよ――」と囁いたとき。
「前も話したけどさ。ゴールドパスが僕本体で、肢体や表情に言葉も操っている。城主の時の方に会ったんだ。家出の途中、澄青の持つリゾートが立ち並ぶ海岸沿いの別荘でね。そこで、お金に困ったら売っちゃいなと渡されたのが、このパスなんだよ」
確かに、『時の方』と呼んでいた。
渡したのは、『時の方』だ。
しかも、リゾートは特定できないが、海辺のこの辺りも安らげる。
――次に、向日葵の広がる部屋へ舞い込んでしまったとき。
「それは……。神原来世、ウエストキュッキュッのEカップ、ビキニに愛らしい苺が不似合いなセクシーお姉さんからだけど」
はっきりと、姓名を『神原来世』と指していた。
ビキニときて、プールの可能性もあるが、海も十分可能性がある。
彼女とは、直に通信をしたのだろうか。
「サイドボタンを押しても図面はもう出ないけど、その代わり、メッセージがあるよ」
彼は、そうとも、教えてくれた。
ただ、メッセージが現在のものか、過去のものかまでは聞いていなかったからな。
神原来世はどこにいるのか。
この時計城か、自宅。
そもそも、神原来世は、どうして、関わりのないゴールドパスを持っているんだ。
買ったのか。
「密流くん。ホログラムの『時の方』が、つまりは、ビキニ残念『神原来世』だと考えられるでしょうか」
「う、うにゅ?」
一番安直だが、それでは、密流くんの混乱があったで片付くのだろうか。
「明文化します。オレがお探しのゴールドパスは、密流くんが一枚、時の方名義で一枚、神原来世名義で一枚、その他に一枚。だから、もし、四つ揃えば、スーパーゴールドパスとなり得るでしょう」
「高塔さん、これは魔法の力みたいなものだよ」
向日葵の所で聞いた、『……ヒミツは、時の畔で乾杯』が脳裏を過った。
ふむ。
活かしてみよう。
時の畔とは、このタイミングか、乾杯とは、祝杯か。
ヒミツは?
もしや、秘・密のことか!
「クククク……」
時の方はベネチアングラスを揺らし、赤き酒をホログラムのまま飲んでいた。
飲めば消えるから不思議だ。
「時刻を教えて進ぜよう。ただいま、零時の時計城線が走り出した」
「そ……。そうでしたね。忘れていました。地下鉄時計城線できたのです」
「うにゅう」
あ。
悪い中一の顔になっている。
動物より手に負えない。
「では、天守閣にきた理由はあるのネ」
「神原来世お姉さんが、ここへくれば僕の新しい苗字が分かるって教えてくれたんだ」
「それで、ゴールドパスで乗車ネ。軽いヨ」
「グルルルル」
グラスがこちらへ向き、僅かな飲み残しを垂らした。
「妾の前で、密流に手を出し給え。高塔秘」
手を出す。
話が分からなかった。
「好きに愛し合え」
「愛し合う? うにゅう」
オレは、首の鎖ごと、密流くんを抱き寄せた。
しっかりと胸に。
「そんなの気持ちがありません! 密流くんにとってもオレにとってもです。相手を宇宙で一番に想うという瞬間でしか、肌を合わせないでしょう」
「うりゅ、うりゅ」
苦しがって、顔を出した。
「さ、一瞬で愛し合いなさい」
「げ」
「やめてください」
話を聞く耳がない。
密流くんなら、取り調べかと思う程沢山聞く耳あるそうだから、心の狭さを感じてやまなかった。
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