第21話 シークレットゴールドパス(お子様注意)

 焔灼は自分用にか、赤き酒をもう一つ用意していた。

 時の方が飲み干すと、直ぐにグラスごと新しいものを差し出している。

 随分と肩書き通り、女給は、女給なのか。


「キャッシュレス? ケッサイ? お金の話なのかネ」

「猫の下僕の巫女は、分からないよね。簡単なんだよ。ピッてやったらお支払い」


 一千万円、出るのかな。

 イメージとしては、クレジット会社などの便利な機能だけど。

 オレも持ってないから、よく分からなかった。


「密流くん、澄青のお義父さんの口座から出るのでしょうか」

「アイツはね、本当は全財産自分のものにしたいの! でも、結婚の条件にあったらしいんだ。ママの口座にいつも一億円は入れてあるんだって」


 桁が。

 気の遠くなる桁だ。

 一〇〇〇〇〇〇……。

 どこまで数えたか、ラビリンス。


「それ、縛られていませんか。正しい夫婦のあり方でしょうか」

「ママは、僕のためにとことわりきれなかったんだよ。僕が、もし、お金のかかる高校や大学へ行ったら、迷惑なんだよ」


 だから、家出をしたのか。

 密流くんは、実は見当違いをしている。

 例外もあるが、母親は傍に子どもがいないと、心配するものだ。


「うりゅ。子どもの事情があるというものなの」


 密流くんは、オレの方に両手を大きく広げる。

 これはおねだりだ。

 心許なくなってしまったか。

 オレも甘やかす方だが、このジャンガリアンハムスター太朗たろうは、全く甘えただな。


「でも、中学生は働いたらいけませんし、時代的に高校は卒業していないと就職も厳しいですよ」

「そこは、ひもで」

「はあ! ひもですか?」


 中学生がなんて言葉を口にするんだ。

 内容も後ろ向きだし。

 密流くんは、コアラのままゴールドパスを引き上げて時の方へ向けた。


「キャッシュレス決済には、相手の情報も必要なんだ。だから、名前を教えて。高塔さんのエロエロキラキラ映像なら買い取りで拡散防止だ」


 オレは、いつだってことわりきれない性格だ。

 六角ボルトを食べろと命じられて食べてしまった。

 密流くんは、食べなかったのに。


「一千万円は、高くないですか? オレのうちは、月三万円のアパートですよ。物価も考えないと」


 時計城の外からひゅっと風が舞い込んできた。

 普通の日本だと思っていたのに、砂の礫が三つ程腕や胸に当たった。

 不思議に思ったが、密流くんには怪我もないようだ。


「大学生は愚かか? 本当にさ」

「どうして」

「頭ばかりで、生きているじゃないか。勉強ができることよりも今日の水を確保することで生きて行くべきだよ」


 ご指摘ご尤も。

 弱いんだ。

 分かっているつもりで、全く羽化できない。

 その前に蛹にもなっていないかも知れない。


「オレ、取り柄ないですから。地味に勉強していましたよ。小学校からなのですが、『学校は須らく児童が勉強をしにくる所です』との教師の態度と言葉をことわりきれなくて、そうなりました」


 言われるがままに、勉強一直線できてしまった。

 模試は偏差値七〇以上はキープしていたし。

 沈んでいたけれども、密流くんに耳打ちされた。


「忘れた?」

「ああ、話を核心に戻します。時の方」


 台風の進路が、明後日の方角だった。


「時の方に、名前はありますか」

「妾は、時を統べる者。故に時の方と呼ばれておる」

「時の方なんて名前は渾名だよね。本当の名前をどうして押し黙っているの。一千万円欲しくないの?」

「要らぬ」


 強く拒まれた。

 名前に極秘情報があるのだろうか。


「それから、姿を見せてよ。そのホログラム、気持ち悪い」

「あら! 密流、カッコイイの間違いヨ」

「猫巫女、口挟まないで」


 活発な意見交換の中に、やはり、オレは入れなかった。


「首輪を」

「はっ」


 本気か。

 密流くんとオレは、鋼の首輪を着けられた。

 鎖は、お互いを結んでいた。


「クククク……。開けたくても、鍵はアタシが持っているって訳ヨ」


 下僕の巫女、焔灼が鍵を放って手で受け、又放って、ニヤッと笑った。


「やめて――! 僕、強引なの大っ嫌いだ。自由が好きなのに。自由を求めて旅しているのに」

「ここは、お主が求めた天守閣ぞ。妾は、時を統べる者。自由な時を旅する者」

「あの……。首輪はやめましょう。この鎖も外してください」


 恥ずかしい。

 恥ずかしいの極みだ。

 気がおかしくなる。


「さて、時の方様のご質問ネ。ゴールドパスをどこで手に入れたヨ。父親が買ったか教えるネ」


 時の方がやっと虹色のホログラムから実体を現したかと思わせて、透けない肉体は下僕の巫女、焔灼が担っていた。

 彼女の腰紐を解く。

 貫頭衣が崩れたかと思ったが、お構いなしのようだ。

 敢えて、ぺったんのお胸が見えそうな感じだったか。

 要らないけど。


「知らないって、そんなの」

「密流! 時の方様にお答えするネ」


 腰紐を鞭のように振るった。

 床でも打てばいいのに、よりによって、密流くんの背を打った。

 ビシッビシッ。


「痛、いアアアアア……」


 苦悶の表情は、眉根を寄せて、瞼を瞑ったまま雫を散らしている。

 明るい密流くんからは考えられなかった。


「やめてください。これから、話しますから。鞭はオレにしてください」

「ほほう――。その方が効果的ぞ。収穫の多い林檎狩りだのう。ほれ、次。打てい」

「はっ」


 ビシッビシッビシッビシッ。


「……ぐう」

「やめて! 高塔さんがおかしくなるよ。やめて!」

「答えよ。密流」

「そうだよ! 嫌だったけど仕方なくだ。キャッシュレス決済のお金は、澄青創建設の代表取締役会長から下っているけれど、このパスを貰ったのは別の人なんだ」


 ビシッビシッビシッビシッ。


「……ふっはあ。んぐ」

「ゴールドパスの行方はいずこぞ」


 密流くんがオレに囁く。

 大切なことか。

 ビシッビシッビシッビシッ。

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