第17話 ラビリンス脱出作戦
確かに開けた。
オレが、内なる心の扉を開いたのだろう。
だが、出てきた所は、向日葵が鬱蒼と茂り、果てがない想定外の所だった。
黄色と緑が連続するだけの世界だ。
突然だったので、眩しさで目がやられそうだから細目になっていた。
「風を感じませんが、向日葵が靡いた方向へと茎も葉も花も漣となるのですね。詩を読みたくなります」
オレは、扉の次のステップが分かっていない。
ガサガサと前へ進むのだろうか。
他の方法を考えていたときだった。
「高塔さん、音が聞こえるね」
「ざわざわと噂話のようですよ」
二人の話に誰かが飛び込んだ。
「……ヒミツは、時の畔で乾杯」
女性の声が聞えた。
ここの女性は、城主の時の方と下僕の巫女、焔灼しか知らない。
もしいるとしたら、地下牢だろうか。
しかし、オレ達以外いなかったようだが。
「密流くんさ、『ヒミツは、時の畔で乾杯』とか話しましたか。それとも聞きましたか」
彼は、首を横にぶんぶん振っていた。
オレの幻聴ではないと思うが。
ザザザ……。
ザザザザ……。
あたたかいと気が緩む。
それに、小刻みな葉の擦れる音にでさえ、眠気を促された。
「初夏から一気に夏到来ですね。本当の時間が分かりませんが。オレの腕時計イグザスも狂い続けていますし」
ふと、改めてイグザスに目を落とすと、針が止まっていた。
「高塔さん、時計城の地下組織だとして、時の方は、アルルのような向日葵が沢山咲く所が好きだと聞いたことがあるよ」
果たして趣味で花畑作る程ロマンチストなのか。
「アルルですか。後期印象派の切ない画家、フィンセント・ヴィレム・ファン・ゴッホが、遠く日本に思いを馳せて気候風土が似ていると、結局は終の棲家にした所ですね」
「うりゅ。ゴッホって、糸杉とか割と好きだよ」
「密流くんは、できる子ですよね」
この向日葵畑の目的は別にありそうだ。
「ここにいても仕方がないですよ。歩いてみましょう」
彼の腕を掴んで、垣根の向日葵二本分の隙間から分け入った。
「痛いよ!」
「あ、ごめんなさい」
振り返ったら、可愛い御髪に向日葵の葉や茎が散らばっていた。
千鳥格子のハンカチで綺麗に整える。
「腕もだけど、向日葵に引っ掛かるし」
「そうですよね。慌てて強引にすみません」
謝らないと密流くんに申し訳なかったし、バツも悪かった。
「ちゅーで許して、あ・げ・る」
「次回をお楽しみにね」
さくっと切り返す。
そうそう、ちゅーしていたら、チェリーの唇にオレはぶっ倒れる。
「なんて、幕引きすんの!」
「フフ、ハハハ。密流くんに乾杯」
「そこ、最前列でオペラグラスしているの! 爆笑のツボはこれからだからね」
「本当に、次回をお楽しみにするのですか」
フフ。
いつも飽きない。
そこも大好きだ。
ちょっと待ってと彼が立ち止まり、胸元に入れたゴールドパスを引き出す。
ここにもマップがあるのだろうか。
「サイドボタンを押しても図面はもう出ないけど、その代わり、メッセージがあるよ」
「まさか、時の方からのですか」
現在地を知られているのではないかと恐れた。
「それは……。
「ゴールドパスは、密流くんの他に時の方と三人も所有者がいるのですか」
密流くんは猫の顔洗いをして、オレに猫パンチしてきた。
よく分からない子なのは、相変わらずだ。
「うりゅ。正直な所、このゴールドパスは幾つか集めて角を合わせると、完璧なスーパーゴールドパスができるそうだよ。例えば三つだと内角が二七〇度だよね」
「全くもって、現代科学を無視していますね。でも、数学的な所は惹かれるものがあります」
オレの尺度は科学だから、こうなってしまう。
「高塔さん、これは魔法の力みたいなものだよ」
「それで、神原来世さんのメッセージとは」
「うん。『イカロスを見習い、イカロスになるべからず』だって」
「イカロスか」
そして作戦を練るために、ゴールドパスの使い方を教えてくれた。
「この角から回路が重なり合っているの。時計城とリンクしていて最下層だから、さっきはここの回路にいたんだ。今は一段階上がってこの回路。くっきりとした一番上の回路が天守閣なんだ。図面より分かり難いけど投影しなくてもある程度は分かる仕組みみたい。それで現在、光が二つ動かないから、時の方も下僕の巫女も天守閣にいるみたい」
「この隙に、安心して抜けられるますね」
密流くんが、向日葵の茎を一つ手折って考えていた。
「この向日葵畑のラビリンスを僕のゴールドパスで抜けられそうだよ」
「ここって、迷宮だったのですか」
そういえば、段ボールの他に生垣で作られた迷路があった。
密流くんに、肩をちょんちょんと突かれた。
「どうしました」
「本当は、知恵者ダイダロスのアドバイスで、英雄テセウスがさ、クレタ島でミノタウロスのいるラビリンスに糸を入り口に結い、それを垂らして歩けば帰り道が分かったって話があるよね」
ああ、『イカロス』の話か。
「でも、ミノス王がさ、アリアドネ王女がダイダロスの力を借りたらどうかとテセウスに助言したのに怒ったんだよ。八つ当たりもいいとこ、ダイダロスと息子のイカロスをラビリンスに閉じ込めたんだよね」
「有名な話ですが、密流くんは詳しく知っていますね」
それを利用するのか。
「うりゅ? でもさ、ここには糸がない。それに、入り口から入っていないから、手繰るものがないんだよ」
「では、人工の羽を作りますか? ダイダロス親子のように」
「それが早いと思うよ」
オレは、代用品がないかどうか辺りを探った。
「確か、糸と鳥の羽を用いたのですよね」
「両方ともないから、ここの向日葵で作ろう!」
「凄いです。天才ですね」
「やればできるのだにゃん」
頬を膨らませたドヤ顔が、また栗鼠のようで微笑ましい。
「その気持ちなら、おうちに帰っても義理のおとうさんに認められますよ」
「ナイス、フォロー!」
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