第16話 その先の扉
「ほうら、アダムとアダムだ――! きゃっほい!」
密流くんは、恋愛ごっこをしているとは思えないが。
いや、しかし中学生にチューは悪かったか。
いや、調子よくご機嫌も絶好調なので山頂までリフトで上がろうか。
すると、ボーゲンしかできないオレは、結構できそうな密流くんに先を越されて、離れ離れになる可能性が高い。
アダムとアダムについては深く触れないで、仲良く二人でいることを考えたい。
「あの……。オレは一度しかありませんが、イブに告白したことがありますよ」
「うにゅう! どこの女よっ。キイ」
また、新しい面は嫉妬深い密流くんの般若面だった。
「演劇部の白石さん」
誰にも告げないつもりだった。
けれども、秘密はなしっこだと思い、事実だから話す。
「本当に? 白石ゴリラ二世とかの名前じゃないの」
「百々さんです」
密流くんの顔面が、カッと赤くなり、鬱気味に青くなり、衝撃を受け過ぎて白くなり、白目がチカチカと黄味がかってきた。
信号機並みに激しい。
彼が、百面相の一方で、オレは、顔に出したくなかった。
「ムキイ。密流も可愛いから」
「今度は妬け猿密流くんですか」
密流くんが、両手にはあーっと息を吹きかけて、猫のように前へ伸ばす。
その先は壁だった。
ギイイイ――。
「大谷石は引っ搔かないようにしましょう。おかしくなりそうです」
「だってえ。恋敵だしい」
側溝に足を突っ込んだ感じで、抜け出せなかった。
「当人のいない所で、知らない人に妬けるのですか」
「恋愛に嫉妬は、抱き合わせ販売だよ」
懐柔作戦と行こう。
「頬にちゅーですよ」
「やあん、誤魔化されない」
ああ、手で払われてしまった。
「そんなに気になりますか」
「うにゅう」
出たよ。
ヘッドバンキング首肯。
「オレはフラれたんですよ」
「好きって思った時点で浮気だい」
ご無体な。
「だから、順番を考えてくださいよ。時系列から、先輩にフラれて、雨に打たれて、密流くんと旅をして、密流くんとちゅーしたでしょう」
「ちゅーで、恩着せがましいな」
オレもめげていたら勝てない。
詰め寄ってみた。
「ちょっと耳貸してください」
「や!」
「いいことありますからね」
「ぶー」
彼の頬に唇を寄せる。
「湯上りの赤ちゃんみたいな香りに、きゅんとします」
「うりゅ。湯上りの赤ちゃんの香りって?」
「柔らかくて、守りたくなる。媚薬ですよ」
密流くんが、頬を赤くしているのを想像できた。
強いようで弱い彼が、堪らなく好きだ。
「キスしてもいいですか」
「いいよ」
「ん……」
彼の華奢な顎に手を添えて、幾度も口づけを交わす。
小鳥が愛し合うように彼の心を繕った。
「はあっ。いいよ、もう。ゴリラ二世のことは忘れたいしさ」
ずうーっとちゅーしていたら、勘弁してくれた。
「ありがとうございます」
二人で伸びをする。
結構、疲れるものだ。
「さあて、脱出しましょうか」
「しよ、しよ」
先程のゴールドパスから投影された図面を思い出していた。
入口があったのだから、出口もあるだろう。
「密流くんは、計算というか幾何は得意な方ですか」
「僕は算数ならばっちりだよ。小一から六年間、『あゆみ』は、一番いいのしかなかったし。実は小学校なら皆勤賞なんだ」
意外な側面を聞かされた。
「普通、お風邪を引いたりするけれども、がんばったのですね」
「僕さ……。見せつけてやりたかった。連れ子の僕は無能ではないと。ママの教育は世界一だって」
義父への意地か。
「お母さんを大切にできると、将来の妻にも同じくできますよ」
「ツーマー? 爪楊枝?」
「奥さんとお呼びしたいですか」
呼び方は色々ある。
日本語で自分を示す言葉も多いくらいだし。
「結婚って、じゃあ、アダムとアダムはどうなるの?」
「ああ、仲良くしましょう」
オレが握手を求めて手を伸ばした。
両手で繋がれてぶんぶんと上下に振られる。
「火星に行って、二人で自給自足の生活を送るんだよね」
「いやあ、できたら嬉しいくらいの気持ちですよ」
頭を掻いて誤魔化すが、本当は行きたいけれども、実際は宇宙飛行士にもなれないし、ジオラマ作って、ダギャーンって遊ぶのが関の山な気がする。
「本気で行こうよ。火星で結婚式してもいいんだから!」
問答していても仕方がない。
「話を脱出に戻しますよ。この迷路を抜けないといけないですよね」
「にゅ」
聞く耳は、確か沢山あると話してた。
事情聴取はしないけど、オレの話を聞いて欲しい。
「図面から分かるように、この階段を使っては危ないです。天守閣からダイレクトに繋がっている可能性が高いでしょう。下僕の巫女、焔灼の足音がしていたのはここです」
「意外や意外、簡単なトリックがあるのじゃあ」
密流くんは、狭い空間のダクトみたいになっている所をよじ登る。
「うりゅ。こちらにゃん」
壁をノックしている。
「入ってるにゃ?」
誰の返事もない。
入っていたら、ポーの黒猫だ。
壁から遺体がガラガラガラ。
「扉を開けていいよ。先に高塔さん」
「えええ? 壁ですが」
「だから、この幻惑に勝たないと、この小さな部屋から出られないよ」
「はい。やってみます」
これは壁ではない。
扉だ。
開けばその先は広間だろう。
全くの思い込みでもいい。
行け、幻想の先へ――。
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