第15話 アダムとアダム
密流くんが、時の方と時計城網により光で繋がる。
自身を下僕の巫女、焔灼と名乗って。
「零か十二かとコールして、時の方を相手にどうするのですか」
「天守閣にまだいるかの確認だよ。他にも方法あるけど」
「地下に確認にくることはないのですか」
オレの前に割り入って、箱をどかした石の肌に、先程額に当てたゴールドパスの角を当てた。
直ぐに反応はなく、場所や方向を変えて試している。
「地下へだって? 時の方は、アルルのような向日葵が沢山咲く所が好きだと聞いたよ。天守閣からは、本体の移動はなさそうだけど。それよりさ、僕のゴールドパスで開けられそうだよ」
キン――。
六角ボルト同士の音だ。
ズズズズズ……。
反応があってからは、石が考える力を持ったようで、自然と三つが手前に抜け落ちた。
「さて、脱走の一歩ができたよ」
「頼りがいがあります」
「そういうときは、きゅーんとか、わんちゃんになって」
「恥ずかしいですよ」
オレを無視して、中腰になり、穴から出て行った。
「オッケー!」
「軽いですね。体重ではなくて。躾の厳しい高塔家にきたら追い出されますよ」
「文句は、あとあと。聞く耳は沢山あるよ」
促されて、オレも背中を丸めて穴を通過する。
肩幅サイズだったので、身を斜めに捩った。
密流くんの淡い青のスニーカーにおでこをぶつけ、じりじりと這い出る。
「ちゃーん! おめっとう」
「おめでとうです。よかったですよ、本当に」
彼が、ゴールドパスのサイドボタンを押すと、前面に細かな見取り図が投影された。
「ゴールドパスで探ったけど、現在地は、牢で聞いた足音があったよね。あの階段の下なんだ」
「素晴らしいナビです」
具体的にどこを通ったらいいのやら。
オレは、まだ落ち着いていなかった。
「高塔さん、折角だから、火星へ行けるルートを探そうか」
「は? ここは地球ですよ」
夢見る美少年発動か。
「うりゅ。満月だって自在な魔法世界だよ。火星を引き寄せる、または僕達が近付くのも夢物語ではないよ」
「俄かには、ピンとこないです」
彼はゴールドパスのサイドボタンをもう一度押して、服の中にしまった。
「取り敢えず、満月バッテリーが切れるから、投影は切るね。覚えたよね」
「あれがエネルギー源なのですか。太陽電池もありますからね」
薄暗い中、密流くんが僕の胸にすっと入る。
ここが顔かと思う所を擦ると、あたたかい頬があった。
「少し僕のアイデンティティーを塗り替えてもいい?」
「は、はい」
恥ずかしくて仕方がない中、彼はどうなのだろう。
「以前、高塔さんがさ、『無重力化できる宇宙へ飛んで行きたいですね。密流くんとオレがアダムとイヴとなり、火星に自給自足の基地を作って過ごしましょう』といいましたが」
「それが、おかしいですか」
彼は、オレの背中へ腕を伸ばした。
黒Tシャツ一枚だから、胸が高鳴っていること、汗が止まらないことが伝わったりしないだろうか。
オレは、緊張で自分の心臓を拝む羽目になりそうだが。
まさか。
「誰がイブなの?」
「ごめんね。ちょっとアドレナリンが、心拍、心拍って煩くしていて、聞いていませんでした」
オレの心臓は、もう、ここで手術されている感じだ。
ああ、生きていて人に晒される日がこようとは、誰も思わないだろう。
オレの父だって、カテーテルで済んだのに。
は!
また、脱線していると、密流くんに怒られる。
「もう一回、かいつまんで話すからね。火星へ行ったらアダムとイブと聞いたけどさ。ねえ、どっちがイブなの?」
「そ、それは」
イブは女性側だから、もし一緒に暮らすとしたら、いつかそんな日がくるかも知れない。
でも、それは禁断の……。
オレ、禁断の六角ボルトなら食べた。
「アダムとイブって男と女だよね」
「中学生で、どこまで分かるのですか」
「最低性別は分かるよ」
その程度なら誤魔化すか。
しかし、ひっつき密流くんと暗がりであたため合っていると、オレも変な気になるかも知れない。
こうして、彼の短い髪を抱く。
湯上りの赤ちゃんみたいだ。
弟妹達をみてきたからか、余計にそう思った。
「僕達、力を合わせて牢を出られたんだね」
すりっと甘えられた。
「二人でいることは、大切ですね」
◇◇◇
どうしてこうなったのか、理論的な説明は不能だ。
「は……。うん……。高……。塔さ……」
彼の唇に指で触れる。
いつも離れていたけれど、甘くてふわっとしていた。
「ん……」
カリッ。
「……た。噛まないでください」
オレの指がしっとりと濡らされた。
舐められて。
「が、我慢ができないのですが」
「……ね? 好きにして」
彼の腰を持ち、背中が倒れないように抱き上げる。
「息が近いね……」
「はい……」
頬と頬を合わせる。
「あたたかいです」
「僕も」
感極まった。
友達と愛を語れなかったけれど、密流くんとならと思う。
「生きていて、よかったと思います」
「もう、雫がはらはらだよ」
彼が、オレの頭を撫で、耳を噛んできた。
「密流くん……。たた……。恥ずかしくて、これ以上もこれ以下もありません」
綺麗な顔をもっと抱き寄せる。
「いつまでも、月でも火星でも、オレは愛を誓います――」
十九歳の初夏、初めて開けた扉があった。
想う人に心を打ち明けると、華やいだ気分になる。
相手も想ってくれたなら、裏切らない程愛したい。
人生の扉は一枚ではないだろう。
可能性という生き方。
選択肢という生き方。
どちらを通ってもオレは密流くんと旅をするだろう。
人生の航路は、彼と行きたい。
「いい……。ですか?」
「ん……」
彼がオレを想う優しさが流れ込んできた。
唇には秘薬があるのか。
もう、眩暈で失神しそうだ。
「気持ち……。いい……」
「オレ……。初めてで」
うわあ、脳がとろける。
「僕だって……。口を開けてするもの?」
「分からないですが……」
「分からないよね……」
その質問に答えられない大学生がオレ。
笑いたい。
でも。
「二人がよければ……。と……」
はふ、ふう、ふう……。
はあ、はあはあ……。
「まだ、抱き締めていていいですか?」
余韻に浸っていた。
忘れていることがある。
脱走途中だった。
「ほうら、アダムとアダムだ――! きゃっほい!」
「オレの胸で暴れないでください。可愛いですが」
密流くんは、はっと思い出したようだった。
「ねえねえ、二人で宇宙船からせーのって飛び出す練習しようよ。大丈夫なんだよね? 火星には空気がきっとあるんだよね……?」
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