第3章 羽ばたく満月

第14話 あいの誓い

「いつまでも、月でも火星でも、僕は愛を誓うよ――」


 密流くんの言葉が、耳元で繰り返されていた。


「平仮名にして二文字の『あい』は、『巡り合い』の『あい』、『会いたい』の『あい』、『触れ合い』の『あい』、『相手』の『あい』、そして、『恋愛』や『愛情』に『情愛』、広く『愛』に展開できますね」

「大学生は面倒だな。この人と思ったら、想えばいいよ。声にして大切だと伝えればいいよ」


 中学生の説教は厳しい。


「愛を誓ってくれるのですか?」

「幾度でも。安売りはしないけどね」


 壁を叩く音が、別の所からし始めた。

 タタン、タタン。


「高塔さんは、僕にとって特別なんだ。各段にだよ? 最初は揶揄うつもりで傘を貸したけど、数年前のことに感じる」

「揶揄われてましたよね。やはり」


 ダダダン、ダダダン。

 壁叩きが激しい。


「嘘! それだから、六角ボルトを流されて食べるんだよ!」

「反省猿です」


 人間として大丈夫か凹んだ。

 お腹に入っていないか心配もあった。


「時間って、勿体ないね。一緒にいたら永遠に続いて欲しいと願うのに、離れていたら早く再会して隣の席をあたためたいと思うようになったよ」

「密流くんは、時々動物化するけど、改めて叡智を感じます」


 タタン、タタン。

 望んでいた言葉を彼から貰ったから、落ち着いてきた。


「オレが友人らといても愛は生まれませんでした。寧ろ、雨の日に、白石しらいし百々もも先輩にビンタされたのが衝撃的です。それで、演劇部を飛び出したのです」

「事情聴取はいつでも。カツ丼頼むか?」

「密流くーん。上手く流しますね」

「うりゅ。僕は聞く耳が沢山あるけど」


 タタン、タタン。


「お母さんは、子どもとして愛してくれたと思います」


 密流くんが、愛を誓うように、オレに愛はあるのか考えていた。


「うううう……。オレ、どうかしていました」

「大丈夫だよ。僕が必ず守るから」


 反省すると直ぐに沼と化す。

 カカカン。


「うりゅ? これかな」


 カカカン、カカカン。

 壁を叩く音が変わった。


「これかも! 脱出するんだよね?」

「どこの壁に異変がありましたか」

「高塔さんとの隔たりの壁だよ。お任せ猫ちゃん。アターック、にゃんにゃん」


 猫だとパワーダウンしそうだが。


「にゃ、にゃおーん。にゃんにゃん」


 ガタ、カカカン。

 ゴト、カカカン。


「開けるとすれば、押すか引くだよね」

「寄木細工のようなものもありますが、石積みだとそうです」


 ガタ、カカカン。

 ゴト、カカカン。


「にゃーん。にゃおん。おんおん」

「すまない。猫語の翻訳ができません」

「うりゅ。がっかりにゃん」


 カカカン。

 隔てている壁から新しい音をさせる。


「少なくとも動くのは一箇所だけか。押しても引いても駄目なタイプみたいだよ」

「オレの方も叩いてみます。密流くんは、休んでいてください」


 タタン、タタン。

 ここでもなくて、あそこでもなくて。

 タタン、タタン。

 手あたり次第の調査は、隣の牢と変わらないことにやっと気が付いた。


「当たりませんね。はあ……」

「気長に調べようよ」


 励まされている。

 素直に受け取るか。


「そうそう、トイレ用かも知れない箱は調べていませんね。こちら側にしかない不思議な箱です」


 奥の暗がりへと行き、中を覗くのはどうしてか憚られた。

 ただ、箱をどかして出てきた肌を叩いた。

 キン――。


「新しい音ですよ」

「見た目はどんな風?」

「触れると、冷たさが増していますね。聞いたことあります。六角ボルトをエロエロに投げたときの音、つまり、六角ボルト同士の音です」


 思い出すと反省猿になる。

 反省。


「多分、僕のゴールドパスで開けられそうだよ」

「密流くんが、そっちだよね」

「こっちの動かないけど音が変な壁が、どうにかなれば、越えられるのにな」


「それなら、こちら側から分かったのですが、これですか」


 カカカン。


「そう、ドンピシャ」

「一気に押し合いましょう」

「は?」

「まあ、やってみましょうよ」


 その一分後だ。


「せーの」

「せーの」


 パン!


「き、消えた! 石が」

「オレの六角ボルトも幻覚の一部かと思いまして、壁も幻覚の可能性を考えていました。不可能が可能になる。この牢の魔法の脆弱さですよ」


 鼻歌が聞こえた。

 これは、行進曲だな。


「うりゅりゅん。いっくよん」


 早速、密流くんが、サーカスか手品かと言わんばかりに、細身の身体を通して、抜けてきた。


「やった!」


 真っ先に、オレの首にぶら下がった。

 会いたかったと押し寄せる波のように泣くので、困ったけれども、彼も心細かったのだろうと頭を撫でた。

 すりすりされたので、マッチにならないか心配だ。


「僕のゴールドパスで現在地を探ってみるよ。多分、深い地下にあると思う」

「地下鉄時計城線の脱線から、ここへ連れてこられたから、地上の可能性は低いでしょう」


 首にかけた紐から、胸元にあったゴールドパスを出す。

 改めて観察しても煌煌として、満月にも勝てそうだ。


「前も話したけどさ。ゴールドパスが僕本体で、肢体や表情に言葉も操っている。城主の時の方に会ったんだ。家出の途中、澄青の持つリゾートが立ち並ぶ海岸沿いの別荘でね。そこで、お金に困ったら売っちゃいなと渡されたのが、このパスなんだよ」


 満月で投影していた虹色のシルエットで揺らめく女性か。

 密流くんにおばさんと呼ばれていたけれども、実際はどうなのか。

 天守閣で会ってみたい気もするが、会ったが最期だ。

 焼いた後、美味しく煮て食べられそうだと思った。


「ここは、会わずに脱出がルートとしてありだと思います」


 密流くんが首肯し、ゴールドパスを額に当てる。


「こちら、焔灼。零か十二か、零か十二か――。天守閣におわします時の方様にお繋ぎ願います」

「こちら時計城。時計城網により、時の方様に光が届き申した」


 下僕の巫女に密流くんがなるのか――?

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