第12話 禁断の実

「さあて、脱出なんかできないわヨ」

「うにゅう。堂々と逃げてやるから」


 面倒くさいことに、下僕の巫女、焔灼が見張っていた。

 可愛くない。


「ゲームスタートしちゃうワ」


 ゲームだと。

 デスゲームとか、オレは、その類は好きになれないが。

 複数で楽しめるゲームが好きだ。

 お正月に親戚と遊んだ双六風のものは面白かった。

 密流くんは、お年玉でゲームを買うお年頃なのか。

 スマートフォンで遊ぶからいいのかな。


「密流、秘! ほうら、これヨ」


 下僕の巫女、焔がぽっと放り投げた物体を空で再び素早く掴む。

 芸をお披露目したいのか、もう一度やっていた。


「お手玉がゲームですか」

「僕は三つでできる」

「凄いね。密流くん」


 下僕の巫女がニヤッと笑った。


「違うのヨ。よく聞いて、食べ物はこれしかないワ」


 シャクリ。

 焔が牙のある口で丸みのある食べ物を削る。

 赤黒い舌でべろりと舐め上げられた。

 気持ちのいいものではない。

 その齧り掛けの赤い果物は、二つに割って放り投げられた。

 密流くんとオレのそれぞれの牢の手前に落ちる。


「生きたかったら食べなさいヨ」

「また謀ってるだろう? うにゅう! 灼猫め」


 密流くんが、食ってかかった。

 壁のできた牢のせいで、彼に触れることもできないが、声音で分かることもある。

 オレも果実に毒でもあるのかと思った。


「長生きできる食べ物ヨ」

「お腹が空いている弱みを握ったつもりですか」


 オレも応戦した。

 例えココアでも出された物は絶対口にしない。

 曲ぐることなき芯は、持つべきだ。


「くははは。天国への抱擁で、二人して昇天するネ」

「ぼ、僕はね……。僕は好きなんだよ」


 はっ。

 告白のことか。

 無自覚な告白の続きに、オレは、再び頬を染めた。


「も、もう。密流くん、脱線していますよ」

「でもさ、相手の気持ちは分からないにょう」


 さめざめとした密流くんに、胸がちっくんとした。

 彼が告白しようとしていたときのちっくん効果はこれなのか。


「確かに、ちくんときましたよ」

「うりゅ?」


 オレは壁を数回叩いて、向こうにいる密流くんにメッセージを届けた。


「長生きできる食べ物ヨ。ほら、さっさと飲み込むネ」 

「直ぐに逝ってしまう物体ですね」

「蜜入りでなくって、毒入りなの?」


 毒か。

 可能性はあるが、毒と断定した訳ではない。

 焔が舐め上げたものは、どうにも受け付けられなかった。


「近付いても触ってもいけませんよ」

「あー、やだやだ。危険物放り投げ禁止だよ」

「独特な禁止令ですね」


 そのとき、牢に六角ボルトが投げられた。

 オレの所に連続で六つ、それと隣の牢にも幾つか。


「くふふふ。それを実に突き刺すといいネ」


 はてな。


「密流くん、六角ボルトは無視してください」

「ちっさい塊が満月に照らされて少女漫画の瞳みたいに光っているよ」

「独特な言い回しですね」


 本当は、独特密流くんパートツーで、腹を抱えて笑いたかった。

 けれども、オレのいない所で、密流くんが、窮地に陥らないように配慮しなければならない。


「さて、オレはオレで取り組むか」


 牢にあるのは、六角ボルトと半欠けの赤い果物だけだ。

 他には、オレのいる方にはトイレ用の箱もある。

 例えばだが、オレだけが牢を出たとしても密流くんを連れ出せない。

 つまりは、正面から抜け出ることは得策ではないだろう。


「うーん。押すと動く石とかあったらいいですね」

「ロマンチック街道まっしぐらだ」


 壁からは聞こえにくいが、柵の方からよく聞き取れた。


「周囲と色の異なる石はありませんか」

「うりゅりゅん」

「凄く独特な鼻歌ですね」

「気のせいだよ」


 またか。

 独特密流くんパートスリーで、腹を抱えて笑いたかった。

 最悪な牢、隔たれた牢、暗くひんやりとする牢で、空腹をネタに弄られているのに、中学生の密流くんが耐えている。

 それに、明るい雰囲気作りにと、ネガティブ要素を出さないでいた。


「偉いね、密流くん」

「うにゃ――! 高塔さんに褒められちゃった!」


 恐らく踊っている気配がした。

 怪我しなければいいが。

 オレが、隔てる壁に耳をそばだてていると、下僕の巫女、焔が近寄ってきた。


「悪足掻きはそこまでにしなネ」

「どういう意味ですか」

「時の方様に、再びおいで願うヨ?」


 下僕の巫女が手を大きく広げる。

 その輪の中に満月が入った。

 満月がぐっと明るさを増して、下僕の巫女が弾かれた。

 牢の柵から六メートルは跳んで、強かに背を打ったようだ。

 若そうなのに、膝に手を当てて立ち上がった。


「零か十二か、零か十二か――。天守閣におわします時の方様にお繋ぎ願います」

「こちら時計城。時計城網により、時の方様に光が届き申した」


 ええ?

 魔法風の電話か。


「如何した」

「はっ。此度、最下層にあります地下牢にて、二人が赤い実を食べませぬ」

「そのような軽微なことで、手を煩わせるな」

「しかし――」


 ブツ。


「切れたようですね」

「やーい。切られた」


 泣きそうな下僕の巫女が睨んできた。


「アタシも怒るヨ。食べなければ齧らせるからネ」


 思案していたようだが、オレへ微笑みながら頬に人差し指を当てて話す。


「澄青密流は、地面に転がした林檎を食べたヨ。アタシの使命は果たしたワ」


 オレは、自分の信じるものを眼光で伝える。


「焔巫女、密流くんは林檎が嫌いだと話していました。食べる訳がありません」


 オレへともっと六角ボルトを投げてきた。

 使いようもないのだが。


「林檎を嫌うノ? さあ、知らないワ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る