第11話 告白と牢

 オレ達は、耳を澄ましていた。

 大谷石のひんやりとした牢の中、女給の踏む階段の音も反響する。

 密流くんが、オレのTシャツを握っていた手を強めた。


「足音が多い気がしますね」

「コツコツとスッスッがあるけど、一人分かな」


 二人とも冷や汗を掻いていた。

 密流くんの掌を千鳥格子のハンカチで拭ってあげたい。


「駆け降りている感じはしないよ。まさか、ローブの下はたこ星人?」

「たこ星人ですか。脱線で火星への夢を奇想しました。離れてましたが、波紋が出たかな」

「うりゅ」


 たこ星人発言で一変、密流くんが笑った。

 このナイアガラの滝並みの落差は、どうしたことか。

 密流くんに同調してみよう。


「分かりました。たこ焼き熱々パーティーがしたいのですね」

「うりゅ。たこー」


 足音は依然として近付いてきたが、構いやしなかった。


「たこ焼きは、オレも好きですよ」

「ナイスだね! 生地流して、タコぽいぽい。もっと生地かけてくるっくるって丸めるんだよね」


 楽しそうだ。

 それでいい。

 彼のための旅なのだから、笑顔が咲くとオレも嬉しかった。


「経験者ですね。美味しいたこ焼きを一緒に作れそうです」

「ママとは、家で作って食べたことがないんだけど、桂さんとは、くるくるタコさんしたよ」


 少しだけ幼い所もまた可愛い。

 素顔が真っ直ぐだと表現すればいいのか。


「ははは」

「あはは、あははは。高塔さん、おかしいや」


 オレ達は、牢に響く程笑ってやった。

 高らかに二羽の青い鳥を牢の柵からすり抜けさせる。

 透き通った羽を上から下へ風を送って舞い上がった。

 自由をもぎ取るために。


「僕達って、いいよね」


 どきっとした。

 オレは、瞬間湯沸かし器だ。

 彼からの告白だと思い込み、心の準備に手間取っていた。


「僕達、きっと……」

「ま、ま、ま、ま、ま……。待ってください」


 滝汗の顔面を伏せる。

 手で制止するように前へ出した。


「聞いてよ、僕の話。ちくっとするだけだから」

「密流くん! けっ結婚は――」

「んねえ、高塔さん」

「ちっくん?」


 たこ足配線並みに混戦していたときだった。

 コツコツコツーン。

 牢の前で立ち止まる音で全てを察する。


「うにゅう――? もの凄くいい所なんだけど?」


 彼は、美しい面差しだからこそ、嫌そうな表情が目立った。

 オレ達は、暗がりにいたが、幾分か柵の向こうが分かる。


「ローブの女給さんがやってくるのかと思ったら、灼さんか」


 密流くんが、立ち上がった。

 さっと、オレのTシャツから手を離してだ。

 オレは、勇気ある彼に心を奪われた。


「立派ですね……」


 胸が熱く、涙腺も緩む。

 この暗がりが、弱いオレを隠してくれるだろう。


「フフフ。密流と秘、居心地がいい部屋を用意してあげたワ」


 焔灼という奴だ。

 車内販売員、女給の姿をしてオレ達の旅を揉みくちゃにする。

 オレも立ち上がって、俯きながら密流くんの肩を抱いた。

 ゆっくりと面をもたげる。


「本当の姿は、猫のような瞳と耳を持つ巫女さんなのですか」


 珍しく嫌味を込めてやった。


「ご名答。アタシは、ここの巫女ヨ」


 燃えるような赤い髪を耳の前から房を作っている。

 ふんふんと鼻歌とともに弄っていた。

 独り言ちていたかと思ったら、ぎりっと金と銀の瞳で睨み付けられた。


「やっぱり、アタシを通さないと、ここのイロハはなくってヨ」

「へえ、偉いんだ。バーカ」


 バカ?

 密流くん、小学校の学級会以来だ。

 お恥ずかしい。


「バカって、指さした密流がバカなのヨ」

「バーカ! バカはバカだ」

「やめなさい。子どもの喧嘩ですか。その言葉は、もう使わないようにしましょう。両成敗ですよ」


 オレが落ち着かせたとき、焔の奴の後方が光ったと思ったら、人物が現れた。

 すっと、焔の奴が身を屈める。


「大体、頭が高いのヨ。こちらのお方は、城主でいらっしいますワ」

「灼猫め。掌を返したな。やーい」

「やーいも使わないでください。密流くん」

「うにゅうう」


 このお方だと。

 オレは、風を感じた頬を紅潮させる。


わらわに関心がゆかぬか?」

「誰だよ、おばさん趣味はないんだ」


 佇まいから、オレ達よりは年上の女性が、虹色のシルエットで揺らめく。

 

「ほう。では、理想の女性は?」

「そんなの、い、言わなくたって、男の子は決めているんだから」

「マザコンか」

「なにを! ママを大事にできないのに、誰を大切にできるんだよ」


 密流は、牢の中にあった六角ボルトを投げた。

 城主には当たらない。

 カッと音を立てて転げた。


「時計城の主様、時の方様のシルエットを満月で投影しているネ」

「随分とハイテクノロジーなのでしょうか、魔術のショーですか」

「妾は、時計城をいかようにもできる」


 時の方から、物凄い念派が寄せられる。


「ハア――! 牢に亀裂を!」


 ゴゴゴゴゴゴゴ……。

 ガシ。

 床から壁がせり上がってきた。


「密流くん!」


 手を繋ごうとした。


「あ! 間に合わないよ」


 お互いの指先が触れた所で、壁がゴッと突いた。

 勢いで弾かれ、尻餅をつく。

 天井まで壁が着いた。

 二人は結局、別々の牢にいることとなる。


「あーはははは。壁に愛でも囁いてなさい」


 時の方のホログラムが薄れて行く。


「妾は天守閣へ戻る。焔灼よ、見張っていろ」

「ははっ」


 暇そうにするのかと思ったら、焔の奴が動き出した。


「さあ、ゲームを始めるワ」

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